第10話 魔の狂騒-6-
「やっぱり、このくらいでは効きませんか」
ミーナは暴れる大蜘蛛を冷静に観察しながら呟いた。驚きも焦りも見せず、彼女はナウロの体勢が整ったことを確認し、魔法を解除する。
「超級中位。甲殻は物理攻撃のみならず、魔法攻撃からもその身を守る。糸や毒は用いず、主な攻撃は足を使った突きや殴打。さらに、魔力感知能力にも優れているため、魔法士は特に警戒が必要」
ミーナは、魔物図鑑に載っているシュネルシュ・ピンネの特徴を、記憶から掘り起こして読み上げる。それを聞いたダレクが、険しい顔で尋ねる。
「有効な攻撃手段は?」
「これといった弱点はありません。それこそがあの魔物の脅威です。甲殻の防御力を超える攻撃を繰り出すしかないでしょう」
その身を拘束していた【拘地】から抜け出したシュネルシュ・ピンネは、二人の魔法士に狙いを定めた。森の奥から感じ取っていた膨大な魔力を捕らえんと、巨体を揺らして前進する。だが、その足にナウロの剣が振り下ろされた。剣の衝撃で地面がえぐれ、蜘蛛の足には細かな亀裂が走る。
シュネルシュ・ピンネはナウロの攻撃が自信を傷つけたことが想定外だったのか、不快な高音を発し、揺れ動いた。ナウロの体からほのかに赤いオーラが漂っている。
闘気によって肉体を強化されたナウロは、続けて足の関節部分を切りつけた。シュネルシュ・ピンネは、ナウロの攻撃を無視できなくなり、足で薙ぎ払おうとする。
「私が引き付けます! お二人は攻撃を!」
ナウロは次々と迫る突きや体当たりをかわしながら叫んだ。そしてその合間に、執拗に関節部分を狙って攻撃を繰り出す。
「【炎廊】!」「【怒雷蛇】」
二人からの合図と同時に離れたナウロの前方で、シュネルシュ・ピンネの巨体を炎が包み、雷の蛇が巻き付いて締め上げる。炎は甲殻を炙り、雷が蜘蛛の体に焼き付いて、傷から内部まで浸透していく。巨大な蜘蛛は顰蹙を起こした子供のようにもがきながら、地面を激しく叩き、苦しみの声を上げた。
魔法の効果が消えると、ナウロが勢いをつけて関節部分に剣を叩き込む。罅が広がり、ついに一本の足を失ったシュネルシュ・ピンネはバランスを崩した。
しかし、ここで終わるはずもなかった。シュネルシュ・ピンネは不快な音を立てながら、距離を取る。そして次の瞬間、ナウロを無視して、魔力を喰らって再生するため魔法士たちに襲いかかった。蜘蛛が振り上げた足はダレクへと突き進むが、それをミーナが許すはずもない。
「【障壁】」
すかさず防御の魔法を展開し、蜘蛛の猛攻を受け止める。足を振り下ろすたびに、障壁には亀裂が走るが、その都度ミーナは新たな障壁を張り直し、ダレクを守り続ける。ダレクは怯まずに魔法陣を構築し、完成と同時に鋭い風の刃が複数飛び出した。
【風刃】の同時展開。魔力を存分に注ぎ込んで放たれたそれらは、蜘蛛の体を次々と切り込み、巨体を押しのける。ナウロがその隙を見逃さず、剣で蜘蛛を叩き飛ばした。
「ダレク様、申し訳ありません。そちらに行かせてしまいました」
「気にするな。まだ終わってない、気を抜くな!」
遠くでシュネルシュ・ピンネが再び立ち上がる。
「厳しいですね……致命傷を与えられません。さすがは超級……」
ミーナは深いため息をつきながら、ダレクを見つめる。
「ダレク様、先に逃げてください。私とナウロさんで、どうにかしてみせます」
彼女が取り出したのは、拳大の魔石。それを見たダレクは軽く眉をひそめた。
「逃げませんよ。それに、馬車が逃げてしまったので、どのみちあれから逃げることはできません」
「えっ……馬車が? 私たちを置いて……!?」
「それに、その魔石を使うつもりですよね」
魔石から魔力を取り出し、自身の限界を超えた魔力を扱う技。それを指摘されたミーナは、悔しそうに答える。
「こうでもしないと、私たち死んじゃいますから」
シュネルシュ・ピンネは一本の足を失ったものの、依然として猛威を振るっていた。それに対して三人は、大きな外傷こそなかったが、消耗は激しい。ナウロの呼吸は荒く、ミーナとダレクもまた、連続での魔法の使用による疲れが蓄積していた。
「時間を稼いでください。私が、終わらせます」
ミーナの体から膨大な魔力が溢れ出す。それに反応して、シュネルシュ・ピンネが猛然と突進してきたが、ナウロがそれを正面から受け止めた。身体が悲鳴を上げる中、ナウロは蜘蛛に立ち向かう。ダレクはその隙に精密な魔力操作で、シュネルシュ・ピンネを拘束する魔法を発動した。
「【拘地】」
膨大な魔力の奔流。それを暴走しないように制御するミーナ。着々と魔法陣が構築され、ついにその時は訪れた。
「……終わりました。ナウロさん、離れてください」
ミーナの前の煌々と輝く魔法陣から、凍てつく冷気が溢れ出す。ダレクが拘束を強化し、ナウロは素早く距離を取った。ミーナはその瞬間、魔法名を叫んだ。
「【極寒獄】!」
その瞬間、世界が凍りついた。ダレクは、この時ほど自身の師であるミーナに感謝したことない。美しく、儚く、恐ろしい強大な力を前に、彼はまだ成長できるという確信を抱いた。




