私の恋
私は、幼かった。当時を振り返って見ても当面を見てもそう思う。しかしその幼さは外見的なものではなく、内面的なものである。外面的には成人男性と引きを取らないほどのものであったし、そのように扱われていた。
しかし、内面、精神的なところでいうとそうではなかった。本心では甘えたいという欲求がありながら、体面的にはその強さというペルソナを被っていた。そして、そうでありながら独占欲というものが幼い頃から非常に強かった。いわゆる何でも皆と一緒でなくては嫌という性分であった。しかしそれと同時に皆が持っていないものを欲しがるといった面も持ち合わせていた。つまり、どうしようもない子供だったのである。
彼女と初めて会ったのは保育所の時らしい。らしい、と言うのはなぜならその時の記憶が私にはないからである。彼女を初めて居るというのもおかしいが、認識したのは大分後になってからだ。
一枚の写真がある。二人が写った写真だ。その被写体は私と彼女だ。私達の母同士は職場が一緒で、その縁あってか保育所が一緒なのだ。私はこの写真で彼女と保育所が一緒であったことを知らされた。その時の写真は昼食を返しに来た時のものらしかった。その純真無垢な眼たるやそれはもう愛らしいものであり、彼女は美貌の片鱗を見せていた。
それからというもの、彼女とは同じクラスになることはあったが話し掛けはしなかった。いや、話し掛けられなかったのであろう。もし可憐な花があった時、皆はどうするであろう。それを摘みに行くだろうか、否。それを摘むようなことはせず、眺めるに止めるだろう。しかし私には自信があった。恐らくは、私は彼女と結婚をするだろう。彼女を我が手中に納めることが出きるだろう、いやそうに違いない。私達は将来結婚する運命にあるのだ。しかし、その魂胆とは裏腹にそのまま時だけが過ぎて行き、私達は別々の高校へと進学した。
彼女と出会ったのは彼女とはもう会えないかもしれないと思っていた時であった。その日は総体の壮行会があり、いつもより学校が早く終わった。しかし天気は頗る悪く、電車に乗って帰らなければならなかった。私は友人と共に帰ることにした。その時、何故だか知らぬが、電車を一本遅らせたのだ。それが始まりだったのだろう。電車を一本遅らせたのちの電車に乗り込み、雨水を一杯に吸った靴のジメジメを我慢しつつ乗り換えの駅まで行った。電車が来た。扉が開く。するとそこに彼女は居た。美しかった。只その一言に尽きるという感。私が追い求めたものがそこに居た。直ぐには話し掛けなかった、というよりも話し掛けられなかった。あの謂れのないオーラから来るものが私には充分すぎた。そしてそのまま最寄りの駅へと着いた。私達は並んでおりた。が、まだ話し掛けはしなかった。私にとってそれはとてつもない難題であった。どう話し掛ければよいのか、どんな話をすれば良いのか全くもって分からなかったからだ。私達は降りたあと近くのコンビニへと入った。そこで各々昼食を買うとまたバラバラで出ていってしまった。話し掛けなくては。そう思っていると何かが私の背中を押した。
「久し振り」
「久し振りやね」
こんなギコチナイもので良いんだろうかと思いながら続ける。
「眼鏡掛けとらんかった?」
「大分前からコンタクトやで」
知っていた。中学二年くらいにコンタクトにしていたのをクラスは違うけれど知っていた。話の話題が思い付かなくて咄嗟に出してしまった。
「丹後さんって覚えとる?あの娘書道の大会で賞取ってな」
「優菜ちゃんとはたまに会うよ」
「そうなんや」
どこか辿々しい会話が続く。しかしそれでも続けなくてはならない。これが途絶えてしまったら次がいつになるか分からない。
そのような感じで彼女の家まで話をしながら歩いていった。脳が溶けていくような、そんな感じがした。幸せだった。ただただ幸せだった。そんな時間に限って早く過ぎていく。彼女の家に着いた。
「またね」
「ありがとう」
彼女はこう言った。嬉しかったと同時に自分の中で何かが弾けた。帰ってきてずぶ濡れになった私は心臓をドクドクさせながら居た。どうしようか、この胸の高鳴りを。告白をしようか、どうか。しかし、もう何年も口を利いてないんだぞ。どうせ言っても振られて終わりだ。しかし…。
次の日私は友人のバレーの大会の応援に来ていた。私の友人は皆バレー部に入っていた。
「よっ」
「よっ、応援に来たぞ」
「ありがとう、まさか来てくれるとは思わなかったよ」
結果としては全敗。一つも勝つことが出来なかった。なにしろ学校が出来てあまり月日もたっていないし、その中でのバレー部というと、そんなに強くない。そして私は再会を果たした。
その男は物理を教えていた。33歳。去年まで私はその男から物理基礎を習っていた。そして今年辺鄙な高校へと異動となっていた。その男は女に飢えていた。というか、そういう縁が全くといって良いほどないのである。しかし最近頑張っているという話を聞いていたので、ついにあの方も結婚をなさるのかと思っていた時であった。
「お久しぶりです」
「久しぶりやな」
あの記憶が思い起こされる。
「最近の調子はどうですか。上手く行っていますか」
「もう女については諦めた」
耳を疑った。あれほど結婚願望があったあの方がもうその年で諦めたと言ったのだ。
「どうしてです?まだ時間はあるでしょう」
「いや、俺にはそんな縁はなかったんや」
私ははっとした。その方の姿に自分を無意識に重ねていた。ああ、私もこんな感じになるのだろうか。30歳になってそれほど経っていないこの男のように。そう思われると急に怖くなった。私の相手となる女性は果たして現れるのだろうか。こんなただ待っている状況の中でこの中に手を差し伸べてくれる女性など果たしているのだろうか。
「そうですか。それは残念です。貴方のような方がそう易々と諦められるとは」
「君も気を付けたほうがいい。その年でなんだが、彼女は今のうちに作っておいた方がいいぞ。私は君の年の頃は遊んでばかり居た。しかし、女というものを知らなかったのだ。だから今、その過去が私の首を絞めている」
「そのようなものでしょうか」
「ああ、そうだ。すまない、愚痴のように言ってしまって」
「いえいえとんでもない。貴重な話を伺いました」
「君も頑張って」
「ええ」
私はこの時決心が着いた。言おう。この気持ちを彼女に。
次の日、私は近くの文房具店に行った。彼女に手紙でこの想いを伝えようとしたのだ。どんな便箋ならいいだろうか。そんなに畏まった内容ではないからカジュアルなものがいいだろう。結局、青色の便箋を買った。
「手紙ってどう書いたら良いんだろうか。拝啓か前略か」
「前略
急にこんな手紙を差し上げてすみません。しかしもう逢う機会はないでしょうから差し上げる次第です。先日久しぶりに会った時、貴方への想いが溢れてしまいました。そして今、このままでは行けないと思い告白します。初めて会った時から今もずっと貴方に惚れています。どうか私の側に居て下さい。
匆々」
書こうと思ったら、案外書けてしまうのかこのようなものは。改めて読み返してみても自分が書いたラブレターというものは気持ちが悪い。こんな手紙で良いのだろうか。まぁ、添削を依頼する人もいないし、結果はどうあれこれで良いのだろう。いつ出しに行ったら良いものだろう。明日出しに行くことにしようか。
学校の帰りに出そうと私は決めた。彼女の家の前に来た。ただポスト受けに手紙を出すだけなのにこれほど恥ずかしい気持ちになるとは。これは緊張とはまた違う気持ちだ。一回では到底投函することは出来なかった。一回目は近くの用水路の隅に隠れてしまった。二回目になると大体は落ち着いてきてポスト受けの前に立った。これを投函することは私の中で何を意味するのか、見当はもうついている。私達は結婚する運命にあるのだ。だからこんなことは改まってすると恥ずかしいが、手順というものを踏まないとこの世界は行けないらしい。投函した。胸の高鳴るのを押さえることが出来ない。結果は分かっているのだがそれでも心配なのである。今日は眠れそうにないな。そんなことを思い暮らしながらベッドに眠る。
さて、ここで新たな問題が発生した。私達は学校でクラスが一緒になっても話すことはなかった。とすると必然的に連絡手段を持ち合わせていなかった。出したは良いもののどのようにして結果を聞きにいけばよいものか。
その日は珍しく寝坊をしてしまった。自転車で行くには到底間に合わない。そこで私は通学手段に電車を使わざるをえなかった。駅のホームで切符を買い電車を待っていた。電車が来た。朝の電車は嫌いだ。あの人を人とは思わないような、箱詰めにされる感覚が私には合わなかった。普通であれば電車で行っても不思議ではないような距離にある学校に通いながら自転車で通学しているのはそういう訳であった。電車が来た。嫌々その電車に乗る。すると、3人先に彼女が立っていた。驚いた、こんなことが。これは正しく運命であろう。各駅に電車が停まっていくと1人また1人と電車を降りていって私が降りる駅の一つ手前で彼女の前に私は立っていた。こんなことがあって良いのだろうか。私は彼女の肩に3回触れた。
「おはよう」
「おはよう」
「読んでくれたかな手紙」
「うん、読んだよ。ありがとう」
「だめかな」
駄目だ。こんな弱気になってしまっては。
「考え中」
この言葉を聞いて安心した。あれ程強気に私達は結ばれる運命にあると確信しておきながら、心の奥底では振られて終わりとなるのであろうと思っていたのだ。しかし考え中ということはこれは期待をしても良いのだろうか。
その言葉を最後に私が降りる駅が来た。私達は分かれた。私は降りた駅で考え込んでしまった。考え中ということはどう言うことなのだろう。最低限言えることは何かないのだろうか。考え中ということは、付き合っている彼氏とかはいないということだろうか。そうだ、そうに違いない。そんな思考をグルグル回しながら学校に着いた。
羽坂と会った。羽坂というのは私の女友達であり、成績優秀者であった。常に冷静であり、私は羽坂のことを信頼していた。
「おはよう」
「おはよう」
「なぁ羽坂、お前って口固いほうか」
「うん。そりゃ固いか固くないかで言ったら固いほうよ」
「そうか。じゃあ、これから言う話は誰にも言うなよ」
「うん、わかった」
私は今日あったことを羽坂に話した。
「そうなんや。優しい子やな」
「そうなんよ」
「でも、考え中ってところは引っ掛かるところやな」
「そうなんよ。朝からその事で頭が一杯で何も手がつかんのよ」
「もし彼氏がおるんやったら私だったら、「ありがとう、でもごめん」ってはっきり言うけどな」
「昔からの悪い癖なんよな。はっきりとせんところ」
私は自分の癖と彼女の癖とをすり替えていたのかもしれない。なぜなら、小中学校で余り話したことがないんだから癖なんかわかるはずがない。しかし関わりが全く無かったわけではなかった。
小学6年生の頃であったと記憶する。小学校の時までは給食があってそれを皆が席を向い合わせにして食べていた。その日は席の関係上、彼女と私は互いに背を向ける形で座っていた。その時私の前に座っていた女生徒が私に話し掛けた。
「ねぇ、横山の好きな人って武井さんなんやろ?」
ビックリした。それはそうであるのだが、この時の自分は恥ずかしさで一杯であった。
「違うよ」
背中に彼女の気配を感じながら私は嘘をついてしまった。いや嘘をつくしかなかった。なにしろここで認めてしまうようなことがあれば、それはつまり告白しているも同然である。そして何よりそのような状況が私は許せなかった。
「えー、嘘やん絶対。絶対に武井さんのこと好きやん」
「いや、違うよ」
「じゃあ、他に好きな人がおるん?」
「……」
黙り込んでしまった。他に好きな人なんて考えられなかった。しかし好きな人が彼女であることを告げることなんかは出来やしなかった。この黙認で話は更に盛り上がり始め、この話は下級生にまで及んでいた。
「横山先輩の好きな人って武井先輩なんですか」
「違うよ」
また、嘘を言ってしまった。辛い。自分が幼いからなのだろうか。本当のことを言いたいのだが言えない。言ってしまえば楽になれるのであろうか。しかし、この苦しみを内心楽しんでいたのだ。そして私は嘘を続けていき、この話はだんだんと収まっていった。
「そうなん」
羽坂は軽い調子で私の話を聞く。もっと真面目に聞いてくれても良いとも思うのだが、羽坂にとってこれはただの他人事でしかないのだ。常に冷静沈着な彼女にとってこの話は分析の対象でしかなく情動的な恋に一花咲かせるといった様相から遠く離れていた。
「期待しても良いんじゃないかな。断られているわけではないんやし」
「そうなんかなー。期待しても良いもんなんかな」
「はっきりと断言はできんけど、私だったらこんな曖昧な返事はせんかな」
「そんでさ、ここからが大事なんやけど」
「うん」
「俺、その子は武井って言うんやけどその武井さんの連絡先知らんのんよな」
「そうなん?じゃあ次会ったときにそれは聞かな」
次会ったときに聞いても意味のないような気がするが羽坂が言っていることは強ち間違いではなかった。そうだ、連絡先を私は聞いていない。将来結婚しようとしている女から連絡先の一つも聞き出せていないとは。情けない。
「どうやって聞いたら良いんかな」
「それは会って聞くしかないだろ」
「……」
黙り込んでしまった。そりゃそうだ。私が彼女と話すときどんな風になるかをみれば一目瞭然だ。すっかり紅潮してしまってあまり上手く話すことが出来なくなってしまう。
「でも、相手は電車通学なんだよ。次いつ会えるかなんて分かんないじゃないか」
「それは自分が帰りに電車に乗るしかないんじゃない?投資よ、投資」
そんな偶然に頼って居られるか。そう思いながら羽坂との会話は一旦お開きとなった。どうしたものだろうか。しかし、この偶然に頼らなければいけないのもまた事実だった。彼女の帰ってくる時間など私には知るよしもなかった。そこで私は彼女の家に直接聞きに行くことにした。直接聞きに行くのもなーと思っていたのだがこれしか方法がない。次の日曜日に彼女の家に行こう。そして、全てを決しよう。
日曜日になった。午後に彼女の家に向かう。ああ、とても緊張する。そりゃそうだ、これで全てが決まってしまうのだから。彼女の家のドアの前に立つ。しかし、また一回ではインターホンを押すことが出来なかった。またしてもあの用水路の隅に隠れてしまった。さぁ、二回目。今度は30秒ほどかかっただろうか。それでも押すことが出来た。
「はーい」
低い声がマイクから鳴り響いた。私は動揺してしまった。誰が出てくるのであろう。武井じゃないのか。そんなことを考えているとドアが開いた。
「どちら様でしょうか」
出たのは彼女の父親だった。ああ、この人が彼女の父親か。優しそうな壮年の男がそこにいた。
「あの、武井さんっていらっしゃいますか」
紅潮した青年が勇気を振り絞って言う。
「あー菜那ね、いま出掛けとんよ」
「そうですか」
「ごめんよ、なんか用事があったん?」
「いえ、何も。じゃあ、横山が来たって伝えてくれますか。」
「分かりました」
そういうと男はドアを閉めた。何度も言おう。とても緊張をした。変な男だと思われていないだろうか。将来お義父さんと呼ぶようになる男とはどのようなものかと思っていたのだが案外大したことはなさそうであった。しかしこれでは問題を解決したことにはならぬ。まだ私は返事を聞いていないのだから。
次の日私は羽坂にまたしても相談をしに行った。
「聞きに行きましたよー」
「電車であったん?」
「いや、家に直接行った」
「やるじゃん」
「でさ、インターホン押して待っとったら父親が出てきたんやけど」
「あらまー」
「変な奴って思われてないかな」
「そんなことないよ。恋愛なんか二人だけのことなんだから親関係無いし。」
「そんなもんなんかな」
こう言ったのには訳がある。将来お義父さんと呼ぶようになる人に対しての初対面での印象というものは良いものであって欲しいと願うものだ。しかしそんな事情を知らない羽坂は続ける。
「そんなもんよ。向こうからしたら、娘に男がって言う感じだろうし。」
「それは違いない」
「次はいつ聞きに行ったら良いんだろうか」
「明日に行ったら?日にち空けるのもあれだし」
「明日かー」
そうして明日また聞きに行くことにした。明日であれば学校の終わった時、家にいるだろうから会えるかもしれない。
私は学校の帰りに彼女の家へと向かった。二回目なので今回は一回でインターホンを押すことが出来た。
「はーい」
女の人の声だったが、彼女の声ではなかった。出てきたのは彼女の母親であった。
「あっ、一昨日来てくれたんやね」
「その節はすいませんでした」
「全然良いのよ」
「あの、武井さんっていらっしゃいますか」
「あー菜那は今日熱で休んだのよ」
とても心配になった私は、すごい勢いで容態について聞いた。
「大丈夫なんですか」
「コロナは一年前くらいに一回かかっとるけんそれではないと思うんやけど……」
「そうですか。それなら良かったです」
安堵した。彼女が大事に至らないのであれば、それは良かった。しかし問題は未だ解決していない。早く返事を聞かなければならない。そんな時、彼女の母親は続けた。
「いつもはこの時間帯は塾に行ってて、菜那家におらんのんよな」
「じゃあ、いつ来たら会えますか」
「土曜日とかどうだろう。その日だったら休みやけん家におると思うけど」
「土曜日ですか」
「何か用事でもあった?」
「いえ、用事はないんです。そうですか、では土曜日にもう一度来ます」
そう言って私は彼女の家を後にした。何分か自転車を漕いだところで私は連絡先の交換をしていないことに気が付いた。いけない、羽坂に言われたんだった。そう思って彼女の家へと引き返した。紙に自分の電話番号を書いたものを彼女の母親に渡そうとした。再び彼女の家のドアの前に立つ。インターホンを鳴らすのには一寸の時間もかからなかった。
「はーい」
インターホンから声がする。彼女の母親の声だ。
「あら、どうしたの?」
「あの、これ武井さんに渡しておいてもらえますか」
「全然いいわよ」
やった。問題は未だ解決していないがその第一歩を踏み出した。私は自転車で駆け出した。少し置いて携帯電話を見ると彼女からのメッセージが届いていた。
「電話番号登録しました。菜那です」
嬉しかった。私の携帯電話に彼女の連絡先がある。何て返信すれば良いだろう。一応お見舞いのメールは送っておくか。
「横山です。お母さんから聞きました。熱だそうで。今日はお騒がせしました。ゆっくりお休みください。」
こんな他人行儀な文章だかこれでいいのだ。土曜日に全ての決着がつくのだから。
土曜日まではそれ程時間が経つのが遅いようには感じられなかった。一瞬のように感じられた。
土曜日になった。約束は午後であったため私はこの日着る服を買いに服屋に出掛けた。そこであの男と再び再会した。男は1人らしかった。
「こんにちは」
「よ、こんにちは」
「最近どうですか」
「いやー、毎日が普通って感じよ」
「そうですか」
会話をする内容のあることなんてないから辿々しいものが続いた。
「ところで横山は彼女とかできたんか?」
唐突に聞かれて焦った。彼は私が今日しようとしていることが分かっているのだろうか。
「いや、残念ながら」
「そうかー、彼女は作っておいた方がいいぞ」
「そうですか」
何か前にもこんな会話をしたような記憶があるのだが放っておこう。
「俺さ、やっぱりもう一度頑張ってみることにしたわ」
「頑張ると言いますと?」
「そのあれや、女のことや」
「あー、成る程。そうですか。いや、そうでしょうね。貴方のような方が早々に諦められるなんて勿体無いです。」
「そう言ってくれるんはお前だけやわ、横山」
これは私は褒められているのだろうか。そんな他愛のないことを考えながら私は本来の目的を思い出した。
「先生も服を買いに来たのですか」
「ああ、一応な。最近の女ってどんな男が好きなんだろな」
「そうですねー、僕も良く分からないですが、清潔感とかですかね」
「そうやったら、服以前の問題やな」
男の服装はお世辞にも清潔感のあるものとは程遠いものであった。人は好い人なのだかそこが欠けていては元も子もない。
「お前も服買いに来たんか、なんやデートかいな」
「いえいえ、そんなのでは」
「はっはっはー、そうかそうか。まあお互いに頑張ろうや」
「そうですね」
どこか一緒にはされたくないような感じもしたがあの方が言うことだしまぁ、そういうことにしておこう。
私は服を買って店を後にした。緊張をしてきた。それは必然的といえば必然的だ。なぜなら彼女の家へと行くのだから。家に帰って早速買った衣類に身を包む。身支度が済むと私は彼女の家へと向かった。梅雨明けのじめじめとした空気が気持ちが悪い。しかしその反面背筋が凍るようなそんな気がしてその日の気温の割には涼しくいた。自転車を漕ぐその風が何故か爽やかに感じた。
彼女の家の前についた。脇に自転車を立て掛け、インターホンの前へと向かう。もう大丈夫だ。一回でインターホンは押せる。押すとインターホンから声がした。
「はーい」
女性の声だった。私は少し身構えた。もし彼女が出てきたらどうしよう。身なりは変ではないだろうか。しばらくするとドアが開いた。出てきたのは彼女だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
「急にごめんね、押し掛けてしまって」
「いいよ、全然」
もう本題に入っていいのだろうか。まだ世間話をこの玄関先で続けたほうが良いのだろうか。そうこう考えていると彼女のほうから喋り始めた。
「今日はありがとう。来てくれて」
「いやいや、こっちから一方的に話つけてきてしまったんやし」
「あのね、返事のことで今日は来たんだよね」
「うん、そうやね」
「返事なんやけど」
「うん」
「ありがとう、これからも宜しくね」




