7 たこやき
「結局来てしまった。」
翌日。
行くとは明確に答えてないし、昨日の出来事は不思議だらけで夢だったんじゃないかって思えるものだった。だから、この喫茶スズメに来なくても良かったんだけど…
誘われた手前、無視ということが出来なかった私は今喫茶店のドアの前に立っている。
ま、まあ、ここのカフェラテ美味しいし!飲んだからすぐに帰ろう。うん、それがいい。
私はドアを開いた。
「いらっしゃいまーせ!待ってたよ!」
ドアを開けると同時に飛んできたのは威勢のいい声。
ここは居酒屋だったかと勘違いしてしまうくらいには、ハリのある元気な声。
店内では、陽一さんがやたら可愛いエプロン姿で銀トレイを持っていた。
「こ、こんにちは。」
「さあ、座って座って。」
店内を見る限り、お客さんは私一人のようだ。
そして陽一さんは私をカウンター席へと案内した。
「まもりちゃん、どうぞ。」
陽一さんは私にほかほかのおしぼりを渡した。
「今日はなんでも注文してね。全部俺の奢り!」
「いえ、私本当に大したことしてないですし、今日はカフェラテだけいただこうと思っていて…。」
「ふむ、お昼のオススメはオムライスだよ!桃さんの作るオムライスは絶品なんだ。今ならもれなくオムライスに特別メッセージをつけてあげよう!」
この人…話を聞いていない。
「陽一さん。うちはそういう店じゃないわよ。」
フライパンでトントンと肩を叩ながら、カウンターの奥から登場したのは桃さんだった。
「その胡散臭い営業はやめてもらえるかしら。あと私のエプロン勝手に使わないの。」
「すみませーん。」
陽一さんはキャッキャと子供のように笑った。そしてエプロンを外しながらカウンターの中へ入り、桃さんにエプロンを渡した。
桃さんはそれを受け取りながら、私が来店していることに気づくと、笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。」
「ど、どうも。」
私はペコリと頭を下げた。
「まあまあ、桃さん。今日まもりちゃんをここに呼んだのは、桃さんも原因の一つなんだ。」
「まもりちゃん?」
桃さんが陽一さんを見た。
「まもりちゃんはこの子の名前だよ。」
陽一さんは私にウインクをした。
私は、もう一度会釈をして、口を開いた。
「早瀬まもりです。」
「あら、自己紹介ありがとう。私は桃沢すみれよ。」
あ、桃さんって下の名前だと思ってたけど、苗字だったんだ。
「桃沢さん…。」
「堅苦しいのは好きではないから、桃で良いわよ。皆そう呼んでるわ。」
「そうそう。常連はみんな桃さんって呼んでるよ。まもりちゃんもこれから常連になるんだし。」
横から口を挟んでくるのは陽一さんだ。
「じゃ、じゃあ、桃さん。」
「はい。まもりちゃん。よろしくね。」
挨拶が済んだところで、桃さんは陽一さんを見た。
「それで、陽一さん。私にも原因ってどういうことか説明してもらおうかしら。」
「それを今から説明するよ。」
グゥー…
そこまで陽一さんが言ったところで、タイミングが良いのか悪いのか、店内で大音量で私のお腹の音が鳴ってしまった。
そういえば、時間はお昼時。今日は朝からなにも食べていなかった。
「その前に何か食べようか。」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。私は顔を真っ赤にして俯いた。
陽一さんは、カウンターを挟んで私の前に来ると、メニューをパラパラとめくる。
「ジャーン。俺のイチオシ、喫茶スズメの特製オムライス!どう?美味しそうでしょう?」
開いたページには、可愛らしいイラストが描かれている。なんとも食欲をそそる。
私の正直なお腹はもう一度グゥーと音を鳴らした。
恥ずかしすぎて私はさらに顔を真っ赤にして、両手でお腹を押さえた。
「卵が苦手とか、そういうことはない?」
私は陽一さんの顔を見ずに、質問に対してコクコクと頷いた。
「よし、じゃあ桃さんオムライス一つ、食後にはカフェラテをお願いします!あ、オムライスは俺の分もお願いします!」
「はいはい。」
桃さんの返事が聞こえる。
私はもう恥ずかしすぎて、さっきからずっと木製のカウンターの木目ばっかりを見ている。顔を上げられない。
「陽一さん、オムライス作るのにそこにいられたら邪魔だから、カウンターから出てね。」
「わーお、桃さん物言いがストレートだね!オッケー出ます出ますー。」
陽一さんはカウンターから出ると、私の隣の椅子に座った。
「まもりちゃん。ちょっとこっち見て。」
「なんですか。」
今羞恥心が凄すぎて顔を上げたくない…でもずっと下を見ているわけにもいかない。
私がゆっくり顔を上げると、陽一さんは窓ガラスの方を指差していた。
そのまま窓ガラスの方へ視線を移すと、窓の隅で、茶色い丸っこい何かが見える。
それはモゾモゾ動いたと思ったら、ゆっくり振り向くように方向転換をした。
あ、もしかして
「スズメ?」
「正解!うちの看板娘ならぬ看板鳥。スズメのたこやきです。」
「え、たこやき?」
「うん、見た目そっくりでしょ?」
確かにさっきみたいに丸まってる姿はそっくりだけど…。ネーミングセンス。陽一さんが名前つけたのかな。
「ちなみに名付け親は俺じゃないからね?」
「なっ。」
読まれた?私はギクっと肩を上げると、陽一さんはハハっと笑った。
「なんかそんなこと考えそうな顔してたから。」
「どんな顔ですか。」
「うーん、可愛い顔かな。」
アハハ、と付け加えて笑うと陽一さんはスズメに声をかけた。
「おいでよたこやき。君のことを紹介したいんだ。」
スズメはこちらをじーっと見つめると、パタパタと飛んできた。