1 路地と青年
「お世話になりました。」
深々と頭を下げて退職したのは数日前のこと。
退職後っていうのは意外と忙しいもので、手続きやら何やら、やることがいっぱいだ。
そんなゴタゴタした日常に一区切りをついた今日。
外は快晴…じゃなくて曇天。いや、むしろ雨がぱらついている。
今日こそはこれまで頑張ってきた自分にご褒美をあげるんだ、そう決めたんだ。
そう思って出かける準備をして、家を出たはいいものの、雨だと何となくテンションが下がってしまう。
やっぱり家に戻ろうか、いや、でも今日は外に出ようって思ってたんだし…。
なんて考えていた時だった。
ふと目の前を一人の青年が横切って行った。
不思議なことに、青年が通った後に、ふわりと鼻を掠めたのはお日さまの香りだった。
私は何となくその青年が気になって目で追った。
姿勢が良いスーツ姿の青年。彼はスタスタとテンポよく歩いていき、路地の中へ入って行ってしまった。
そういえば、この街に住んでもう数年になるけど、あのあたりの路地って意外と行ったことがないや。
せっかくだから行ってみようかな。…今は退職もして時間がある身。普段はやらないようなことにもチャレンジしてみようか。
私は彼が入っていた路地へ足を進めた。