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カラオケは楽しいし、人付き合いは気遣いじゃない

 一か月後。夏の暑さもいよいよ厳しくなってきて、制服も半袖になった。夏特有の青春じみた爽やかさや綺麗さが漂ってくるようになる。梅雨明けはもう宣言された。

 音楽室でのことについて、蒼は忘れつつあった。また、凛香の家に通うことももはや日常と化している。それでも一回服を着るごとに、蒼は甘い高級な砂糖菓子を食べたような気分になる。

 そんなある日。晴斗が蒼に話しかけてきた。

「なあなあ。夏休みの予定ある?」

「え、あ、はい。いや、えと、大体、ないです」

 だから不意打ちはてんぱるから止めてください! と内心で叫びながら蒼が答える。すると彼は目を輝かせ、

「じゃあ、一緒に勉強会と夏祭りと海行こうぜ!」

「え」

 中学では考えられなかった誘いに、蒼の心が動く。行きたい。素直にそう思って、しかしすぐ断ろうと口を開いた。夏祭りと海。嫌だ。

「あの……。嬉しいんですけど、えと、あの、……」

 そこで、気づく。予定がないのに断るということは、貴方が嫌いですと言っていることと同義では?と。

「あ、別に全然断ってくれていいから。もしどれか一つでも行けそうならそう言ってくれればいいから」

 悪意など全くない明るい笑みに照らされて、蒼の頭は前向きになった。

「……七月は、基本的に課題します。八月の初め、二泊三日で母と父の実家に帰省します、けど」

「……ってことは」

 先程より輝く顔色。

「えと、はい。勉強会なら、七月でも大丈夫です。八月も初め以外は空いています」

 仄かに笑みを香らせながら、蒼が教科書を揃えた。机でトントンと軽い音が鳴る。

 晴斗は、それはもう嬉しそうにっっしゃあ! と声を上げた。右手に力を入れている。近くにいた男子生徒――学級委員だ――に話しかけた。

「勉強会、教師一人確保ー!」

「マジ?」

「マジマジ。月待が来れるって」

「あれ? でも月待君成績ヤバくなかった?」

「いや、単純にやることがあっただけだって。中学は成績4か5しかないって、丁寧に証拠付きで説明された」

 聞こえてくる会話に、蒼は落ち着きなく何度も教科書を揃えては置き、それを持ち直しては揃えた。

「あ。月待、日付は決まったら言うから」

 突然降った言葉に、蒼は慌てて反応しようとした。

「え、あっはい!」

 声が裏返った。即座に赤くなった顔を隠すため、俯いた。

 なにはともあれ、あれほど不安であった高校生活も、無事に一学期を終えられそうで良かったと、そう、心底蒼は思った。同時に、夏休みが思いの外楽しくなりそうだな、と思った。楽しみだ。そんな期待一色の感情に、蒼は頬を緩めた。

 時が過ぎるのは早く、気づけば終業式も間近に迫っていた。そして今日、高校初めての一学期が終わった。

 まだ日の高い時間にバッグを提げて、生徒がぞろぞろと帰っていく。そんな中、蒼はその流れから逆らうように立っていた。今日はこのあと、晴斗や茜音、その他二人と一緒にカラオケ行くという約束をしているのだ。いっぱいの人と話したいと言ったら二人が遊びに誘ってくれた。

 両親には連絡済み。わくわくしながら二人と待っていると、別のクラスの生徒らしい女子一人に茜音が、男子一人に晴斗が手を振った。

雨宮未空(あまみやみく)です」

「雨宮空良(そら)

 女子が未空、男子が空良と名乗った。二人の名前を顔と共に刻み付け、蒼も返した。

「えっ、あ、僕、月待蒼です。宜しくお願いします!」

 明るい笑みの未空と涼しい顔の空良に比べ、声がひっくり返り慣れない様子の蒼。蒼は内心苦笑いした。

 落ち着きなく並んで、カラオケへと向かい始めた。

 他愛ない話に聞き入りながら、蒼は浮足立った様子で足を進めた。

 蒼はカラオケに行き慣れていないし、そもそもどこにカラオケがあるのか知らなかった。反対に、茜音、晴斗、空良、未空の四人は慣れた足取りでずんずん進んでいる。蒼はそれについていくのに苦労した。

 未空と空良は双子らしい。どうりで顔が似ている。

「私が姉!」

 未空が胸を張ると、茜音はあははと笑った。

「そんな堂々と言うことでもないでしょ」

 ……かわいい。

 複雑な気持ちで茜音を見やる。四人とも話が上手いのか、会話が小気味よく進み、聞いていると楽しかった。時々、蒼も相槌を打ったり聞いたりする。笑顔で快く答えてくれる。それが無性に心地よい。

 あっという間にカラオケにつき、店員に部屋に案内された。

 カラオケなどいつ振りか。蒼は記憶をたどり、やがて諦めた。覚えてもいない昔の光景に比べ、照明が強く、人気のしないところに思えた。

 部屋の中は、五人であれば充分広く感じる程度の大きさがあった。マイクが液晶のそばに二本ある。茜音、未空、空良の三人、晴斗、蒼の二人に分かれて座った。

 茶色いテーブルに置かれたタブレットを引き寄せながら、茜音が問いかけた。

「先陣切りたい人ー」

「空良いけば?」

 空良はあまり口が軽い方ではないらしい。勝手に親近感を覚えている蒼としては、晴斗の声に大丈夫だろうかと少々心配になる。蒼なら絶対に嫌なので。

「え……。いや、お前行けよ」

 さらりと返しているところを見るに、蒼の心配は杞憂そうだ。そりゃまあそうか。晴斗の声がこちらに向かないことを祈る。

「いや待て。女子二人は?」

「私は歌下手なので……」

 未空は手をそっと振って拒否。自然と茜音に視線が集まる。

「え、いいの? じゃあ歌うねー」

 けろりと笑ってタッチパネルを操作し始める。

「……あ、そっか。ピアノやってるから」

 納得したように呟いた言葉はしかし、意外に響き、全員の耳に届いてしまった。蒼は目を合わせないように液晶に目を向けた。

「あー、あー。……あ、マニアックなの選んだかも」

「はい。お願いします」

 茜音が歌い始めると同時に空良が備え付けの電話に手を伸ばし、何か注文した。

 蒼はというと、茜音の綺麗な歌声に引き込まれていた。なにせ、とてつもなく上手いのだ。歌手として通用しそうである。少なくとも新人歌い手よりも上手いだろうと思われる。いや、もちろんうまい方もいらっしゃるだろうが、その道のアマチュア以上レベル、という意味だ。

 一曲茜音が歌い終わった後、さっそく空良に絡んだ。

「ねえちょっと! なにも私が歌い始めた瞬間に電話取らなくてもよくない?」

「……月待が、さっき、フードメニューに釘付けになってたから」

 理由になっていないが、空良は蒼の方をちらりと見た。……お昼時だな、とは、確かに思った。蒼もそれは自覚している。が、露骨に態度に出ているとは思わなかった。顔が熱い。

「あ、俺それ見たかも」

 晴斗にまで、バレていた。心がとろけそう。そう思って、蒼は頬をさらに赤くした。

「……なに頼んだのー?」

 奇妙な沈黙を未空が破り、空は淡々と答えた。

「からあげとポテト」

「どっちも太るじゃん」

「美味しいから」

 話が嚙み合わない。双子の会話をスルーして、晴斗がタブレットを手に取った。

「流行りのやつ」

 晴斗は完璧に歌えているが、マイクを向けられても蒼は覚えていない。なんとなく歌おうとして、下手になった。でも真面目だから続ける。茜音は最初のイントロでピンときた様子で上手に歌えていた。未空は一人でしゃらんしゃらんとタンバリンを演奏し始めた。空はぼんやり。

 カオスな空間が広がり、曲が終わった時に楽しそうだったのは茜音と晴斗と未空。次私歌いたいー! と未空が言って、タブレットは未空に渡された。

 下手と言いつつ普通だった。未空が歌い終わったら、未空がタブレットを空に渡し、それを空が蒼に渡した。

 無難な曲を選んで、マイクを離して、そうして歌っているうちに、少し楽しくなってきて気持ちよく歌っていると、その瞬間扉が開いた。いい匂い。刹那、声が止まる。液晶の字幕が一人進んでいく中、店員の声が響く。非常に気まずい雰囲気だが、茜音はありがとうございます、と言ってテーブル中央にからあげとポテトを置いた。扉が閉じると、真っ先に茜音が口を開いた。

「あ、月待君の曲終わっちゃった」

 蒼が見ると、もう画面が変わっている。安堵しつつも名残惜しさを感じながら、空良にタブレットを回す。

「ど、どうぞ。えと、僕は、歌ったので」

「あー、ありがと」

 言いながら空良は、未空にタブレットを押し付けようとする。

「え、私が選んでいいのー?」

「……」

 無言で取り返し、しばらく固まっていた。

「あ、あの、大丈夫、ですか……」

 勇気を振り絞ったらしい蒼がぎこちなく聞いた。

「え? あぁ。……」

 少し困ったように眉を寄せる。

「歌が下手だから」

 すぐ、思いついたようにあ、といった。

「じゃあ、月待も一緒に歌って」

「え」

 晴斗からマイクを渡される。茜音が上品な動きでポテトを口に運ぶ。明るい目を蒼に向けている。

 蒼はマイクを握りなおした。

「分かり、ました」

「多分月待も知ってるやつにするから」

 空良がタブレットを操作する手を、蒼はじっと見つめた。

 やがて、曲が流れ始めた。

 空良は言葉通り上手くはなかったし、蒼も歌は上手い方ではない。が、下手であっても、楽しい。そんな空気感が広がっていた。

 蒼もやけくそになって、吹っ切れて、それが頭に沸騰させるような熱を帯びさせた。

 タブレットはどんどん回されていき、中央の皿は徐々に減る。空になれば追加で注文され、華やいだ歓声が絶え間なく飛び交っている空間を彩った。

 すっかり日が暮れるまで遊び倒して、解散の雰囲気になる。自然と、各々帰路を辿った。

 一人地面を眺める。蒼は考えていた。今日のこと。……いや、入学するまでのこと。入学してからのこと。全て。

 高校に入ってから、想像以上に楽しい日々を送らせていただいている。時々、ドキッとして、自分視点で見ると浮いてるように感じることもあるけれど、特に今日は、楽しかった。……。

 今日は、純粋に。

 人と関わるのって、こんなに楽しいことなのかな。知らなかったな。……また、遊びたいな。そっか、勉強会も夏祭りもあるんだ。楽しみだな。もっといろんな人のこと、知りたいな。

 始まったばかりの夏休みに期待を膨らませ、味わうような足取りで家へと帰っていった。

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