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バレンタイン

 学校全体がふわふわとしている中、茜音と蒼も浮ついていた。

 茜音は昇降口でチョコ雪崩の被害にあった。一つ一つ丁寧に教室に運ぶ途中で、自分に話しかけたそうな男子を見つけると、素早く話しかけに行く。そしてまた一つ、チョコを増やす。

 そんなつもりではなかった。ぼんやりと話しかけたそうだ、と理解しただけである。

 大量のチョコに顔を引きつらせつつも果敢にチョコを渡してくる人もいた。

 ありがとうと言って、告白されたら断ってチョコも突き返し、これだけでもとすがられたら受け取る。

 教室に着くなり、予想してましたとばかりに出てきた巨大な保冷バックにチョコを収納してロッカーに入れた。机の中のチョコも、だ。そうしてやっと、蒼に話しかけた。

「おはよう。……なんか、その、いい天気だね!」

「え……え?」

 想像以上のチョコの量に、脳みそがショートする。

 蒼はもっと、つつましやかなイメージだった。ここは校則がとても緩いくらいには高偏差値で、勉学に勤しむ人間が大半を占めている。比較的勉強ができない晴斗や黒井、平井なども、平均以上の学力はあるし、サボっているだけで地頭は良い。

 そんな人々が、なぜ恋愛にうつつを抜かすのか。

 食べ物にしなくてよかった、と蒼は心底思った。

 帰りに渡してあげることを決め、そこで初めて嫉妬が体に回ってくる。

 いっぱいもらってずるいってわけではない。好きな子がチョコレートの山を抱え、それを大事にしていたら、誰でもやきもちを焼く。

 いや、茜音は別に蒼のものでもなんでもないのだが。それは分かっているのだが。

「……あ、いい天気だね」

 辛うじてそれだけをいうくらい頭が回り始めた。視線が少々じっとりとしたものになっているのはご容赦願いたい。

「おお、やっと再起動した」

 ごくごく普通の会話をしつつ、ちらちらと見あっている。……二人とも、自分がみられていることには気づかないのだが。

「あ、月待くん。これ友チョコっ!」

「わあ! ありがとうございます。えと、お礼にこれを……」

「ええっ。くれるの? ありがとう!」

 蒼が女の子とチョコを交換している!

 相手もなにも疑問を挟まず!

 ショックで唖然とした茜音をよそに、貰ったチョコをどこにしまおうかとあたふたする。

 今度は茜音が蒼に粘度の高い視線を向ける番だ。

「あ、月待君、これ。……その、友チョコ?って感じで、深い意味はないんだけど」

「あ、少しいいですか。バレンタインなので、文化祭、ひかりを演じていただけたお礼をしようと思いまして、このクッキーを」

「月待君、ね、ね、これ!」

「月待さんっ。これ、チョコレートですっ! 未空ちゃんと一緒に作ったので、是非!」

「えと、その……これ」

「アタシ今皆にチョコ配り中。勘違いしないでね。はい」

 全員が友チョコという驚異の友チョコ率。

 そうは分かっていても、こう、全員が蒼に強い感情を持って渡している。

「……ま、まだ来る」

 晴斗たちもそこそこ貰っている。晴斗は一年生ながらバスケ部エースだし、黒井はこう……三年生の先輩方から、主に悪戯好きっぽい性格ゆえに人気らしい。一人称もそういう層の人気を底上げしている感覚がある。

 ……スポーツ漫画の、主人公のライバルか親友キャラ。

 母の推察はあっていたのかもしれない。

 蒼は遠い目をした。

 平井は黒井と晴斗宛のチョコしか貰わなかったそうだ。……つくづく、運がない。

 そんなわけで、いつもより騒がしい一日だった。

 互いにやきもちを焼いては焼かれて……と忙しい二人だった。

「あ、あの」

 蒼の緊張を帯びた声に、茜音はここぞとばかりに誘った。

「私、行きたいところがあるんだ。予定ないなら、いいかな?」

「!う、うん!」

 人の気持ちを察する能力がこれほど輝いたことはない。

 蒼は、ほんの少し戸惑いを滲ませて、小さく聞いた。

「……茜音ちゃんは、僕と一緒に過ごしていいの?」

「うん! 蒼とがいい」

 かわいい。反則だ。にっこりと笑う茜音に降参し、蒼はぎこちなく照れ笑いを浮かべた。

「そ、そっか。え、えへへ。嬉しいな」

 ……かわいい。ずっと見ていたい。これ以上はヤバい。

 茜音は目を逸らした。

 互いが互いのかわいさに心をぶち抜かれた。

 出会って間もない頃から不思議な部分での一致をする二人だった。

 ウィッグと化粧だけをして、買い物をした。

 蒼としては冷や冷やするしかないのだが、茜音はバレないバレないとにこにこだ。

 手を引かれるうち楽しくなってきて、声も変えてかわいいかわいい言う女の子になった。

 解散前に、カフェで蒼はプレゼントを渡す。

「これ、その、バレンタインのプレゼント」

 差し出されたそれを、茜音は手に持って、包装を綺麗にはがす。

 それは、小さいオルゴールだった。

 どうも、茜音と蒼の思考回路は似通っているらしい。

 くすくすして、茜音が受け取る。

 蒼はその笑顔で、心の底から溶けていった。

 かわいい。

「私からは、これを」

 茜音は、CD二枚とスノードームを渡した。

 蒼が振って吹雪が舞うのをにこにこ眺めるのをみたかった。さらにいえば、はしゃぎまわっているのをみたかった。

「わあ……!」

 茜音の期待通り、目を輝かせると頬を桃色に染めて、ずっとそれを眺めていた。

 ありがとうありがとうと何度も言って、るんるんで肩を揺らしていた。

 かわいい。

 そうだ、蒼はかわいい。

 再確認して、茜音は言った。

「考えたよ」

 いの音を出す形、への文字の形、その中間の口をして、なんでか悔し気に、茜音は続けた。

「蒼は、全部かわいい」

 突如として褒められ、びくっと肩を震わせた。目を点にして茜音を見る。茜音は蒼の手を取った。

「かわいい。ずっとかわいい。蒼はかわいい。そして私はかわいいに弱い! 私を分かってくれる人に弱い……。だから好きになっちゃった」

「……え?」

 ぽんと、爆発しそうなくらい顔が熱を持つ。

「……あ、あの。あのあの」

「蒼のためなら、なんにでもしたいんだ。私は、蒼が傷ついてほしくない。そのために、蒼のことを全部知りたい。それで、助けになりたい。好きなものを好きだと言って、誰になんと言われようと、のびのびと笑って過ごしていてほしい」

「えと」

 照れてなにも言えない。

「多分、私も、蒼のことが羨ましかった。だって、馬鹿みたいに優しいから。痛みを辛かったねって実感のこもった声で言ってくれるから。私にはできないから」

 お揃いだね、なんて茜音は笑った。

 きめ細やかな白い両手に包まれた、自分の手を見つめていた。

 真摯な目が、僕をじっと見た。

「……なんで僕は、泣いてるんだろう」

 浮かんだのは、泣き笑いだった。

 泣き虫だ。感情全てを涙で発散しようとする。

 最初は、羨ましかった。自分の体が嫌いだったから。外に出て、かわいいと褒めてもらえても、それは女の子ってわけじゃない。体は一生、変わらない。

 普通の女の子になりたかった。なんで僕はこれで生まれてきたんだと思った。性格が特別いいわけでもない。自分を肯定するものなんてなにもなかった。

 でも、女の子を諦めきれなくて。

 可笑しいのは分かってるのに。

 それで、茜音ちゃんをかわいいと思って、嫉妬して好きになって、嫉妬してるのに好きで。

 知るたびに助けたくなりたいなんて分不相応に思って、でもやっぱり羨ましくて、頭がぐちゃぐちゃで。

 それを今、やっと前に向かって歩み出す活力にできそうだ。

「好きです。付き合ってください。……合ってるかな。これで。告白って、照れるね」

「……その、こちらこそ、宜しくお願いします」

 付き合ったところで驚くほど何も変わらなくて、ただちょっと、照れやすくなって、笑いやすくなった。

 恋人繋ぎして照れたり、食べ物をシェアして照れたり、二人でいる時間が増えたりした。

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