ドキドキリ
バレンタインバレンタイン……。
蒼は考え込んでいた。
そもそも蒼が渡していいのかという疑問が一つ。渡すとして手作りか市販か、どちらか、だ。
手作りは重くないだろうか。市販は茜音なら食べ慣れてしまっている気がする。
というより、茜音だ。どうせきっと友チョコにしたっていっぱい貰うんだろうし、そう考えると蒼のなんて要らないんじゃないかと。
ぐだぐだ悩んでいても仕方ない。他の人の意見を聞いてみよう。
「バレンタイン? 私は……爪と血が入った友チョコか、十円で売っているそこらのチョコか、くらいしか貰ってない。渡したことなんて一度もない」
樋口は……予想がついていたが、参考にならなかった。
「手作りにするなら、絶対自分の体の部位入れるな。不味いし捨てられる可能性の方が高い」
妙に迫真のそれによくよく頷いて、凛香の方に行ってみることにした。
「バレンタインか。どちらにしても、気持ちがこもっているものが嬉しいな」
例えば、と例を上げる。
「私が渡したかった相手は、甘いものが嫌いだったから、私は手作りした。懐かしいなあ。中学の頃、鞄にこっそりと忍ばせて、渡したんだ。結果は惨敗だったがな。確か、包装も自分でして。まあ結局自分で食べたんだけどな」
蒼は酸っぱい、と口を噛む。
「いい思い出だな。ああ、だから、手作りにしろなんにしろ、相手のことを考えるべきじゃないか? あと、絶対に渡せ。後悔する」
高校のときにそれで後悔したんだ。付け足して、凛香は力強く言い切った。
その次の日。茜音がなぜか、蒼の友達かそれに準ずる人に会いたいと言ってきた。
意味が分からないが、蒼は承諾した。凛香と樋口がいる。二人ならいいだろう。……多分、きっと。
約束の日、凛香の家に行くと、蒼は固まった。
茜音も止まる。
「樋口さん……?」
樋口が。あの、ミリタリーロリータじみた服を着ていた。
「……え」
着替えとかでなくてよかったが、気まずい。
「り、凛香さん。あの、蒼さんと女の子が――」
「あーそうだったー樋口ちゃんごめんなー私が予定を被らせてしまったー」
非常にぎこちない言葉を言いながら凛香が出てきた。
「そちらが、月雪茜音ちゃん? 可愛らしいお嬢さんだな」
「ありがとうございます! ……蒼蒼、この時間になったらもう一回来て」
「え、あ、うん」
樋口と蒼が何も言えず硬直している中、蒼はいそいそと凛香の家を出た。
茜音は樋口に向き合って、挨拶を済ませる。
「初めまして、樋口陽菜さん。月雪茜音と申します。……お二人に、その、蒼のことを教えて頂きたくて、本日は参りました」
樋口は蒼が消えたことで、ようやく冷静になった。
「ああ、蒼さんの好きな子」
「……え? 知れ渡ってるんですか?」
「あいつ茜音ちゃん茜音ちゃんうるさいんだよ。それで、蒼さんのことが知りたいって?」
推測が当たったか?と樋口は密かに期待する。
「はいっ! 凛香さんも樋口さんも、蒼のことをよく知っているそうで! 私、バレンタインに蒼になにかプレゼントをしたいし、……その、蒼のこと、もっと知りたいんです!」
質問攻めにされた凛香と樋口はそれぞれ、喜々として答えるか、鬱陶し気に答えるかして、茜音を大いに満足させたのである。
茜音は二人と蒼に礼を捧げて、晴斗の家に帰った。
かわいいものが好き。それから、茜音のピアノを好きでいてくれるらしい。録音してCDに焼くのはちょっと自意識過剰かもしれない。ではオルゴールなどはどうだろう。間の取り方などは茜音が作れば再現できるだろう。……いや、それも少しナルシスト。じゃあいっそ、かわいいものに振り切ろうか……いや、本人でほしいものは買っているだろうし、服は凛香さんが作っているだろうし、小物も同じだ。文房具は表立って使いたがらないだろうから意味ないだろうし……。
いずれにしろ、贈りたいものはおおよそ見当が付いた。
そこでふと、茜音は気が付いた。
蒼は、茜音が自分を好きで嬉しいのだろうか、と。
友達としてでも好きだと言ってくれて嬉しいらしい。
しかし、付き合ってとは思っていないらしい。告白のとき、確実にそう言った。
どうしよう、と初めて考えた。
自分以外の人には好かれる自信があった。たとえ、紛いものの愛であっても。
もしかしたら蒼は、自分に好かれることを望んでいないかもしれない。その考えがずっと消えず、日が沈んで、昇った。
学校で、登校するなり机に額をつける。ふわりと黒髪が広がる。ぶらんぶらんと机の周りを毛先が揺れる。
「ど、どうしたの?」
友達と会いたいと、突然言い出してきたこともそうだし、なにか最近の茜音は変だ。
嫌ではないのだけれど、心配になる。
蒼はそーっと黒髪を触ってみる。サラサラ。
黒の塊に向かって、もう一度、どうしたの?と問いかけた。
戸惑う声に、茜音は蒼の方を向いた。
星がかった青い瞳。
茜色の目が困って揺らいでいる。なにか言おうと言葉を探して口の開閉を繰り返す。
目を合わせられなくなった。
いつから好きだったんだろうな、と思うが、多分もう分からない。
文化祭から? いや、クリスマスから?
分からないからもう、諦めよう。
なってしまったものは、望まれておらずとも仕方がない。
が、ドキマギする。なるほどそうか、蒼は告白した後こんな感じだったのかもしれないと知った。
目を合わせると顔が熱くなる。
まさか自分がこうなるとは思っていなかった。
でも嬉しい。ほしいものが手に入っている。
そうしたら、蒼のこともほしくなった。
が、蒼に伝わることのないまま、ぎこちない茜音の動きは、蒼に不安感をいだかせる要因になった。
一週間がたち、明日にバレンタインを控えた二月十三日になった。
その日の放課後、蒼はとうとう聞いてしまった。帰ろうとしている茜音を空き教室まで誘導して、
「最近、冷たい、よね。ぼ、僕、なんかしたかな」
虚を突かれたように、足が止まる。途端、茜音がまくしたてた。
「違うよ。冷たいんじゃない。本当。蒼はなにもしてない。私が少し変なだけ。明日になったら多分、もうちょっと普通だから。安心して。蒼のこと嫌いになるなんて天地がひっくり返ろうが世界が終わりを迎えようが蒼がどんなことをしようが、絶対変わらないから。なにされてもいいから。私はその、妙な話をするようだけれど、迷惑だとかもう、考えないようにしたから。だから、こうなっているだけ。蒼に気を許してるからこそ……いや、それは少しばかり語弊が生まれるんだけど、つまりその、私が蒼のことが嫌いなんじゃなくて……むしろその、逆であるから困っているというか……。いや、言いたいのはこういうことじゃなくて、もっと無難な……無難なっていうとあれなんだけど!」
「わ、分かった。そっか。嫌われてないのか。よかった」
にへらと不安を崩した。
茜音はそれを見て、安心すると同時に心臓がどくりとした。
かわいい。
なんというかもう、かわいい。
昇降口まで歩くと、どちらからともなく別れた。
「それじゃあ、また明日」
「うん。ま、また明日」
その一言に互いにかわいいと思い、また心臓がドクドクと激しく脈打つ。
両片思いの典型を行くような二人だった。
その日の夜、蒼はきっと喜んでもらえるはずだ、と自分を奮い立たせながら、贈り物の包装をした。それが終わると、早く寝ようとベッドに滑り込んだ。
そして茜音は、緊張で自室でうろうろ徘徊していた。
一応、プレゼントは用意できた。……蒼が持ってはしゃいでいるのをみたかった私利私欲で選んだものだが。
それに、CDもある。ピアノもそれ以外も、ピアニストとしての月雪茜音は家にほとんど置いて行ってしまったが、一枚だけ。一枚だけ、幼い頃、父と一緒に弾いたものを鞄に入れて持ち歩いていた。蒼なら気に入ってくれるだろうし、もう一枚だけお気に入りの曲を、軽く十曲くらいスタジオで入れた。父からお金は来ている。よって、茜音は惜しむことなくお金を使えた。
やっぱりお菓子の方がいいのかな、と今更不安になってくる。
リビングで水を飲もうと階段を降りたところで、突然目を触られる。
「だーれだっ!」
「美咲さんっ?」
せいかーい、と愉快そうな笑い声。
手を外されたので後ろを振り返る。
「こういうのは晴斗がするべきだと思うけどさ、あいつ起きないから、あたしがついてきちゃった」
音もなく、それができるのか。茜音は限界まで存在感を消していたのだし。……流石だ。聴覚が鋭いのだろう。
「どうしたの? なんか悩み事?」
「……好きな子にプレゼントを渡したくて、用意したんですけど、自信がなくて、寝れなくて」
すんなりと話せてしまう。蒼もそうだが、美咲もそんな力がある。
「そっか」
暗がりの中、読めない笑みで茜音の肩をとんと叩いた。
「そんなに考えたんだったら、伝わるから大丈夫だよ。不安がんなくたってさ」
胸が詰まった。
「ありがとうございます。……そうですよね」
蒼は気持ちを見てくれる人だという確信があった。
ならきっと、大丈夫だ。
「もう寝ます」
「うん、おやすみ。まああたしは深夜のゲームを楽しみますがね」
おやすみなさいと言い、茜音は階段を上がっていった。
布団にもぐると、すぐに眠れた。




