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フラグ

「蒼、その、今、いい?」

 珍しく緊張気味に茜音が話しかけてきて、告白前の雰囲気を醸しだしている茜音に、男子生徒が目を不安に染め、女子生徒が頬を赤に染めた。

 昼休み、お昼ご飯を確保しようと動き出していた蒼は、その視線と、それ以上に蒼い瞳にたじろいだ。

「え、あ、どーぞ」

 固まりつつ返すと、茜音は遠慮なく手首を掴んで蒼をどこかに運ぼうと動く。

 蒼は混乱に目を回した。

 え、え、なに?ナニボクナンモワカンナイヨ。出来るなら今すぐ叫びたかったが、蒼でも誰でもそんなことできない。

 混乱するままに音楽室に入って、茜音を向き合った。なぜか立ちっぱだ。

 どことなく気まずい沈黙が流れ、意を決したように茜音が発した言葉は。

「……もうすぐ、二学期、終わりだね?」

 世間話であった。

「う、うん、そうだね」

 蒼としては合わせるほかない。

 茜音は後ろで腕を組んで、仄かに頬に桃色が差している。全力で目を逸らして、ニコッとした。

「え、えっと、私! お母さんから逃げおおせました!」

 お母さんは熊か何かなんだろうか。

 奇妙なことを一瞬真面目に検討し、蒼はすぐ気を持ち直す。

「ど、ど、どどどーゆうことでい?」

 いつの時代の人だよ、と頭の中でセルフ突っ込みをしつつ、蒼は茜音を見下ろす。

「ほら、親と喧嘩……喧嘩?をして、今晴斗君と居候してるって言ったでしょ? だからね、私、クリスマスと年末、予定消滅! わーいわーい」

 ピースを決めたあとに拍手。相手を惚れ殺す気なのだろうか。

 頓珍漢な考えで、蒼は驚きを収めた。

「で、皆のクリスマスの予定聞いたんだけど、まず、想像はしてたけど晴斗君は予定埋まってた。午前中は部活で、午後は彼女といるって。で、平井と黒井は部活。雨宮君は雨宮君で、一人でしたいことあるし、男子ほとんど無理だから嫌だって。伊藤ちゃんは藤井ちゃんと過ごすらしいし、かむも徹夜で友達とカラオケ。未空はバイト」

 全員予定入ってる。……あれ?

「待って待って、鈴木君て彼女いたの」

「そだよ。一人抜け駆けなんて酷いよね。小さい頃、約束したのにさ。どっちかが勝手に恋人作って結婚はなしだよ、ってさ」

 ませてるなあ、なんだかませてる子供だったんだなあ。小さい頃から晴斗は晴斗で、茜音は茜音だった、と思うと、蒼が胸を張ってみたくなる。

 まあそれはどうでもいいじゃん。茜音はパンと手を叩いた。

「つまり、私と蒼しかいないんだよね。クリスマス予定ない人。それで、よかったら、一緒にクリスマス、過ごさない?」

 きゅっと口を引き結んで、蒼を見上げた。

「いいよ、というか、お願いします」

 即答すると、その途端ふっと茜音の空気が揺らいだ。

「あはは。そのために私ね、頑張ったんだよ。年越しも、皆に予定聞いてさ、去年受験で帰省しなかった分、今年帰省する人とかいなくて、年越しはまだ予定入ってなかったから、ねじ込んで」

 幼い少女の顔をして、褒めて、とでもいうように、指折り自分の功績を数えた。

「……なんか、変だな。私。体育祭のときもこんなんだったっけ。ほんとに、変だなあ」

 変だな、変だな、と繰り返して、その後に、蒼の手を取った。

「まあいいや。それもこれもね、蒼のおかげなんだよ」

 蒼に言われたこと、晴斗君にも、同じようなことを言われた。そのとき、私酷いこと言った。それは、晴斗君が家族に恵まれた人で、自分に恵まれた人で、憎らしく思ったから。だから私は私が嫌いになって、晴斗君の言葉も受け止められなくて、晴斗君の愛を無視して、音楽と名誉を愛するお父さんとお母さんに愛を求めた。もう二度と、前を向くことなんてできないと思った。

 淡々と進んだ。

「でも、蒼のおかげで、少しだけ、自分を愛せた気がした。気持ち悪くても、愛してくれる人がいるんだと、信じられた。だから、ありがとう。蒼が私を好きで居てくれたおかげで、私は私を、好きになれた」

 つい最近、凛香に言った言葉とそっくりだった。

「ね、クリスマス、予定空けといてね。好きな服で、いいからね」

 照れくさそうに頬をかいて、茜音は音楽室を出ていった。

 僕の心はノックアウトされた。


 ふざけたことを抜かしていても仕方ない。蒼はいそいそと洋服を漁った。凛香の家で。どれもこれも凛香が作ってくれたもの、アレンジしてくれたものだ。

 もはやモデルとしての名分もないが、それがなくとも、凛香と蒼は繋がっていられる。

 凛香が、蒼に歩み寄ってくれたからだ。

「できれば上を暖色に……。でもそれじゃ女性的に見えるかどうか……」

 唸っていてると、急に視界が暗くなる。まるで影の下みたいだ。

「なにしてんの―?」

 後ろからひょいと軽く覗かれていた。手に持っていた服ごと振り返って後ずさりをした。

「あはは! そんな怯えないでよ、ね、あたし怪しくないからさあ?」

 蒼にとって美咲とは、色々テンションとデリカシーのブレーキがぶっ壊れている人である。

 たとえそれが好きな子――勿論人間的に――の前なのではしゃぎまくってテンションがおかしくても、蒼は知る由がない。

「な、ナンパみたいな……」

 一回酷い目に遭っただけに全く笑えない。

「やあ、何してんのかなあと思ってさあ! 凛香丁度いないから暇だし」

 後半が本音ではなかろうか。

 未だに距離を取りながら、蒼は控えめに答えた。

「クリスマス、友達と一緒に遊ぶときの服を考えてます」

 嘘ではない。嘘ではない。茜音にとって蒼は単なる友達……友達よりは上かもしれないが、恋愛対象でないことだけは確かだ。

「ふんふん。それで、女性的ってのは? どーゆうことなん?」

「えーと」

 まあ、いいか、と蒼は話すことにした。

「ぱっと見の印象で、V字型だと男性的に、A字型だと女性的に見えます。あ、そもそも、色には収縮色、膨張色、というのがあってですね」

「収縮色だと小さく、膨張色だと大きく見えるんだっけ?」

 知ってるとこ来たぞ! と目を輝かせて美咲が言った。こくんと頷いて、蒼は補足した。

「厳密にいうとちょっと違うんですが、今はこの認識で問題ありません」

 ふんふん、熱心に聞いているので、蒼は続ける。

「収縮色は冷たい色……寒色系で、モノトーンとかもこっちです。膨張色は反対に、暖色系とかです。この色の効果を利用すると、上を収縮色に、下を膨張色にすることで、A字型の印象を与えられます。上が小さく、下が大きく見えますから」

 ここまでで、話が飲み込めてきたらしい。

「つまり、上をあったかい色にしちゃうと、上が大きく見えちゃうから、V字型に見えて女性的に見えないってこと?!」

「そうです。その通りです」

「あたしが目、見えないだけかもしれんけどさ、そんなの考えず好きな服着ればよくない?」

「でも、それで変だったら、僕は嫌です」

 少し、むくれた口調になった。おそらく、自分に対して。

「そんな考えてるんだから、変ってこたあなくない? ちょっとくらい変でも、誰も気にしないと思うけどなあ。好きな服着て好きな子といて、わーいって楽しんだ方がよくない?」

 それにさ、と語気を強めた。

「ひぐっち、めっちゃくちゃじゃん。あの子アーティストにでもなれんじゃないの? じゃらじゃらしたチョーカーとか鎖とか、全部人を選ぶファッションしてんじゃん。バチクソ似合ってるし。って凛香が言ってた。だからさあ、気にしなくていいって。なんなら、ひぐっちに聞いてみれば?」

 ひぐっちが気になったが、それ以上に納得をした。

 樋口は本当に凄い。ダーク系でまとめられてはいるものの、パンツルックともスカートともいえない、まるでコスプレみたいな私服をバチっと嵌めて着こなしている。それでいてかわいさもカッコよさも備えている。凛香ですらあの独特のファッションセンスは意味不明だと放り投げた。

 クラシックロリータ、ゴシックロリータ、ミリタリーロリータなどの方面のロリータ衣装を着た写真を凛香に見せてもらったが、服に着られていないどころか普通に押し勝っていた。どちらも殺さずにそれぞれの魅力を最大限生かした凛香も、あの服を着こなせる樋口も凄い。

 そんなことを瞬時に蒼が考える程度には、樋口はヤバい。

 とはいえ、蒼が真似できるとは思わない。

 納得したのは、一度樋口に聞いてみようと言う部分だ。

「はあ? 何言ってんのお前。馬鹿じゃねえのお前。マジで何言ってんのお前?」

 思った以上にボロボロ言われた。が、困惑を滲ませた声に安心もした。樋口は平常運転だ。……いや、その、前に家に上がったとき、やけに優しかったので。普段から樋口は優しいんだけれど。優しいんだけれど!

「そりゃ私にもこだわりあるから気持ちわからなくもねーけど。あ、ごめんやっぱわかんねーわ。そんなに考え込む必要性が分からん。好きな服着て好きな化粧して、そんで終わり。んな深く考えたこともないわ。収縮?なにそれ。そんな言葉あること初めて知ったわ」

 ……こうなるんだろうな、という予感はした。バッサリ言って背中を押してほしかったのかもしれない。蒼はそう結論付けて、服を決めた。

「ありがとう。じゃあ、好きな服着る」


 もうすぐクリスマスだね、などと会話がそこら中で行われるようになったある日、蒼は晴斗の質問に動揺した。

「月待ってさあ、好きな子とかいねえの?」

 休み時間。いつものように仲良く話していた中でのそれである。

「僕もそれ思ってたんだよ。月待君って、そういうイメージないからさ」

 面白そうだと会話に混ざってきた黒井に好奇の目を向けられ、逃げ道が徐々に塞がれていく音がする。

「えと、あの」

「え、なんですか? 恋の話ですか?!」

 伊藤がいつになく生き生きして、また蒼の机が囲われていく。

「どしたの、これ」

 村上がピンクの瞳で蒼を見ると、化粧の濃い顔で笑みを浮かべた。

 席を立ち上がれなくなってしまった。

 未空と茜音がいなかったことが幸いだ。

「いないよ」

 ここで蒼の演技力が日の目を浴びることになるとは。ピカっと光るそれは、蒼を好奇から守ることに成功した。

「いーや! 僕は信じないね! 月待君はしれっとした顔で彼女作るんだ! 女なんて興味ないよ―僕友達がほしいだけで彼女なんていらないよーって顔してしれっと!しれっと彼女作るんだっ!」

「お前なんか怖いんだけど。なに、友達に恋愛面で裏切られでもしたの?」

 くそお……、と勝手に悔しがる黒井から、晴斗はそっと距離を取った。

「まあそうだよな。お前そんな性格してねえよなあ……」

 それはそれで、どうなのだろう。どういう意味で受け取ればいいのだろう。

 蒼は悩んだ結果、とりあえず曖昧に笑っておいた。

「夏休み前もヤバかったけど、クリスマス前だから今回も告白ラッシュ来るんじゃね?」

「あっ! そのときは皆に教えてくださいね! 私達、言いふらしたりしませんから!」

 晴斗と伊藤以外からも無言の圧力を感じ、すっと顎を引いた。

 告白か。いっそその方が、互いのためなのかもしれない。なんて思いつつ。

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