終わりは始まり
翌日。全体的に面倒そうな雰囲気の学校で、蒼は黙々と片付けを進めていた。最初の方は。
なにせ蒼の隣には茜音がいて、蒼と同じように装飾を、天井や壁から外していっていた。昨日、特別な音を奏でたその指先で、学校から『文化祭』を締め出しにかかっている。少々手元をお留守にしがちなのも、仕方のないことである。彼女はある程度まで外し終えると、別のところを手伝おうと移動しかけ、ふと思いついたようにその動作を取りやめた。蒼の方へと引き返してきて、残りわずかとなった装飾を外しつつ、蒼に問いかけた。
「もうすぐ今年も終わりだねー。早い」
「うん。あっという間」
嬉々として答えて、蒼は茜音が届かないであろう装飾を取って、ダンボールへ放り投げた。ちょっと調子に乗ってみた。
「蒼は年越し、どうする予定?」
「特には。多分、いつも通り家族で年越しそばを食べながらテレビ見てるかな」
「私は、皆で年越しも楽しそうだよねって思ってる。ほら、勉強会した時みたいに……というか、その前にクリスマスだねッ!?」
突然茜音のテンションが壊れた。びくっとして、蒼は茜音をまじまじ見つめる。
「私は多分、お母さんかお父さんの知り合いの前でピアノ弾いてるかなー。……年越しもそうかな。あ、だったら私、年越し皆と過ごせないや」
淋しそうに下がった顔に、蒼は手をうろうろとさせた。
「蒼は?」
「え?」
「ほら、クリスマス! 好きな人とか、いないの?」
からかうような響きのそれに、心臓が強く鳴る。蒼はおろおろとした挙句、滅茶苦茶に視線を逸らし、汗だらだらで、答えた。
「い、いない、よ?」
「絶対いるじゃん」
ころころと笑われると、蒼はただ身を縮めるほかにない。より笑いの気配が濃くなって、秋色の空気に透き通っていった。
「ねえねえ、好きな人ってやっぱり男の子なの?」
まだ続けるのかと唖然とした目で茜音を見て、へらりと笑う茜音になんだか全部どうでもよくなって、頬を薔薇色に染めたまま、俯いた。
「……えと。あの……、えと、えと」
「いやいや、無理しなくていいけどね? でも、蒼はこう、男子に好かれそうな性格してるよね」
「ど、どこらへんが」
「大人しいし、……あ、そう。素直でさ、一回落としたらずっと尽くしてくれそうな感じ」
「え」
「私、蒼に好かれるのものすごく簡単だった」
今自分は貶されているのだろうか、褒められているのだろうか。蒼は曖昧に首を振った。
それから――と、少々恥じらうように頬に人差し指の先を押し当てて、茜音は蒼を見上げた。
「もし、私か蒼が男の子だったら、私は蒼のこと、好きになってたかもしれない。それくらいね、文化祭前日のとき……いや、それより前から、ずっと。ずっと、救われてたんだと、思う」
いつ自分がそんなことをしたんのだろうとか、それは好かれるための嘘じゃないんだよね、謙遜せず胸張っていいんだよね、とか思うことはあったけれど、なによりも、茜音がそう言って笑ってくれたのが、幸せだと思った。
「……よし、終わり! 私他のところ手伝ってくる」
言い残して、彼女は去っていった。感覚の薄い足を動かして、装飾がたっぷり詰まったダンボールを持って、蒼は茜音と反対の方向へ進んでいった。開いた窓から入ってくる風で、多少顔の熱が冷めた。
片付けが終わって、ついつい頬が緩んでしまいそうになる幸福感を覚えながら、蒼は自室で両手で顔を包んだ。ホッカイロにふれたみたいに手が温まる。
同時に胸からドクドクと血液が溢れている様な気もした。男の子だったら、という言葉が、蒼はどうにも気に食わない。気に食わない、ではないか。単純に、落ち込んでいるのだ。蒼は気づいて、机に倒れこんだ。
「でも、茜音ちゃんは僕のこと、女の子だって言ってくれたもんね。いいもんね。仕方ないんだから」
言い聞かせるように何度もひとりごちて、目を伏せた。
「あー……。こういうところが子供っぽい。めんどくさいやつー」
そう言ったのは、確かあの子だ。親友だった子。蒼だけがそうだと思っていた子。
『蒼君はうだうだ悩むとどんどん苦しくなってくるでしょ? 悩んで解決するわけじゃないし』
あの子の、そういうところが、僕は好きだった。人間として、どこまでも。
自分にはそうやって合理的に考える部分が、ちょっと足りない。感情任せに生きている。傲慢な感情で、人を傷つけたことだってある。
「そ、か。そっか」
人を傷つけぬよう、意識すべきではある。変わろうと、変えようと努力する必要はあるだろう。でも、変われない自分自身は、卑下しなくとも、いいのではないか。どうあがいたって、蒼は女の子で、女の子を好きになってしまった。その事実は変わらないのだから。
こんな僕でも、好きな子を掬うことはできたのだから。
我ながらすっきりする結論が出た、と得意になってベッドに寝転がった。今日は、深く寝れそうだ。




