文化祭二
次の日。継続的に響く音で目を覚まし、支度を終えて、声出しをしてみたり、立ち回りを自室で再現してみたりしているうち、学校に行く時間が来て、そそくさと家を出た。
ある程度まで寒くなったはずなのに、教室の扉を開ける手は汗だらけだ。
今日はクラス部門と団体部門だ。団体部門は、バンドやミュージカルなど。クラス部門はお化け屋敷などもあるし、何をやってもいいらしい。
一組――蒼のクラスが体育館を使えるのは、午後の方だ。それまでは昨日と同じようにあちこち見て回れる。
蒼たちは、村上と平井、茜音を除いたいつものメンバーで集まった。
「なあなあ。あっち行かね? メイド喫茶やってるらしいぜ」
「おお! 行こう行こう!」
未空と晴斗が基本的に行き先を決めた。伊藤はそれに嬉々としてのっかって、空良は呆れつつも乗って、黒井はそれにケラケラ笑って、蒼は全部ひっくるめて楽しくて、笑みをこぼした。
途中で空良と未空は担当の時間に抜けた。冷やかしに行こうと皆で行くのを、蒼は止められなかった。いつもの九人ではなく、人数がだいぶ減った四人だったのはまだ良かった。
突撃先の彼女らのクラスは、未空の四組はお土産屋さん?で、空の二組は男装・女装喫茶。空は普通に厨房だったから見れなかったが。未空は元気に店員さんをやっていた。おすすめを案内したり、混雑状況を整理したり、といった具合にだ。商品は、この高校のシンボルマークの入ったいろいろ。
部活のときは売店と作品が中心だったのだが、比べて今日はクラス全体なので、当然毛色が異なる。お化け屋敷然り、メイド喫茶然り。
というわけで、飽きが来ることはなく、充分に満足できたが、クラスを回れば回るほど、それに反比例して劇の時間に近くなる。ので、蒼の心拍数はどんどん上がっている。素直に笑うのすら上手くできなくなってきて、皆に笑われてしまった。駄目だ駄目だ。茜音の分まで楽しまなければ。……意識すればするほどどぎまぎしてしまって、もう駄目だあ。
そこでタイムアップ。そろそろ準備に取り掛かる必要がある。妙にすっきりしない気持ちも、手が震えて足がガタつくほどの緊張に比べれば、大したことはない。
メイクを直して、服装も整えて、声を変える。その場で動き回って動きを確認したりする。舞台裏はピリッとした独特の雰囲気に満たされていて、いつも関わっている人じゃないみたいだ。
ぽんと肩を叩かれて振り返ると、晴斗がいた。
「大丈夫か?」
「え?」
「いや、顔色悪いから」
大丈夫か、と聞かれれば、はいとは言えない気がする。
「た、体調は全然悪くないよ」
緊張でお腹が重い気がするけど。首を振って答えると、晴斗は疑いの目で蒼を検分した。
「も、ものすごーく、き、き、きき緊張、し、てる、だけで」
「声震えっぱなしだな」
けらけらと気軽に、晴斗は口の端を上げた。
「台詞飛んだって、まあなんとかなるって。大体、たかが高校の文化祭だぞ? 中学ならまあ、保護者も多いだろうけど、高校だから。保護者とかあんま、来なくね?」
「そーそ。僕の親も来てないよ。というか、封印してきた」
黒井がひょいと顔を出すように混ざった。
「つか、そんな本気にならなくてもどーせ皆明日にはほとんど忘れてるし」
村上が壁にもたれかかって、腕を組みながら続いた。
「わ、わたしもっ。めっっちゃ緊張してるから安心してくださいっ!」
こちらはむしろ心配になる震えっぷりだ。
「ここにいる皆、仲間ですし」
平井の言葉と、同調するように頷くクラスの皆で、蒼は堪えきれなくなって笑った。なぜ笑うのか、分からないのにつられて晴斗が笑うと、その笑いは伝染していった。
中学の頃は、今よりずっと冷たく感じた。人が違うこともあるだろうが、なにより蒼自身が変わったのだろう。あの頃は、本当の自分――女の自分なんて、どうせ出せやしないのだから、人と関わっても辛いだけなのだと、諦めていた。今は、半ば成り行きだとしても、その場で笑いあって、思い出を作ることができた。
一人は楽だけど、楽しくはない。
きっと、舞台の観客席には凛香と樋口、それに美咲もいるのだろう。
震えが大分弱まった。もう大丈夫だ。きちんと演技できる。今、演奏しているだろう茜音と、並べるくらいの演技をできる。
「ありがとう、もう平気です」
先程とは一変して和やかな空気が浸透した空間に、本番五分前の合図が届いた。まもなくブザーが鳴る。前に向いた勇気と共に、蒼は舞台に立った。




