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文化祭

 翌日。やけに早起きをした蒼は、昨晩のことを思い出し苦笑した。

 あのあと、帰ってきてまず叱られた。学校帰りにどこか寄るなら連絡しなさい。高校生だから、そんなにあれこれいうのはどうかと思うけれど、蒼のことだから帰りが九時を過ぎたら心配になるの、と。謝り、蒼はレンジで加熱されたほかほかの夜ご飯を食べ、お風呂に入り、疲れのためかなにか考える暇もなく眠った。

 パジャマのまま洗面所で顔を洗って、歯磨きをする。自室に戻って着替えると、リビングへ行って朝食を摂った。母と父の分も作っておいた。

 準備を諸々済ませ、母や父にご飯の感謝と激励を貰い、覚醒した意識で扉を開けた。

「いってきます」

 学校へ着くと、やはり鮮やかな飾り付けが蒼を出迎えた。文化祭当日かあ、と実感に手を震わせて、一歩一歩教室へと向かう。教室にはほとんど人がいなかった。頭の中で台詞を反芻しながら、落ち着きなく席に座って待つ。

 そんな風に始まった文化祭当日だが、宣伝も兼ねて、なぜか蒼が「緑川ひかり」の服装で回ることになってしまった。

 きっかけはそう、衣装を着て大丈夫か、もう一度だけ確認しよう、と思い立ったことだった。運よく体育館が取れ、そこのマイクなどの部品と合わせて使えるので、教室は仕切りに包まれていた。自由に使えることになっていたのだ。

 で、いそいそとセーラー服を着てしまったのが間違いだった。文化祭のときは制服か学校指定のジャージにクラスTシャツが原則なので、その上から着ればよかった。

 それをクラスの女子生徒数人と男子生徒数人のグループに目撃された。彼らのテンションが高かったのも不味かった。半分悪ノリでその姿のまま徘徊しろとのお達しである。蒼が断れるはずもなく、押し切られて決定してしまった。宣伝にもなるしね、という村上の言葉で一気に傾いたのだ。

 そうこうしているうちに約束の時間になり、蒼はある場所へと急いだ。

 皆で約束していた。来れる人は集まろう、と。今日行われるのは部活部門と個人部門だけだ。当日は特に働かない、という部活もある。

 集まったのは、伊藤と空良と未空だ。平井と村上は実行委員として生徒会本部といろいろやっているらしい。晴斗と黒井は部活の方へ参加している。

 ちなみに来れた人については、未空の部活は自由参加制で、放送も明日が出番である。空良は幽霊部員なので勝手に空良抜きで話が進んでいたらしい。ラッキー、とのこと。伊藤は美術部だが、展示する物は前日に準備完了、その場には希望者のみとどまるそうで、回る。

 蒼は待ち合わせ場所について、案の定服装について指摘された。宣伝、と答えると、三者三様な反応を返してきた。伊藤は苦笑し、未空は褒め称えて、空は気の毒そうな目をした。

「じゃあ、回ろっか。まずは……晴斗くんのとこからにするー?」

「はいっ。賛成です!」

 未空の先導でずんずん進む。晴斗のところでは唐揚げを買った。さくさくしておいしかった。

「次々―!」

「未空うるさい」

 写真部の写真展示。

「あ、僕、演劇見に行きたいです」

「え」

「いいよー! ああ、空良は待っとく? 暗闇、怖いんでしょ?」

「い、いや、平気だけど」

 演劇部の演劇。空は隣の蒼の制服の裾をぎりぎり握りしめていた。外に出たらちょっと涙目になってた。

「あ、ここ行きたーい!」

「え……。反対側だろ、ここから」

「いいじゃないですかっ! 行きましょう行きましょうっ!」

「僕、少し疲れてきました」

「じゃあ、ここで休憩しよー!」

 書道部の文字に見とれたり。

「あ、皆。これさあ、貰ってくんない? マジでダルくて」

 また別の場所で、

「あ、これ貰ってくれませんかー? 僕もう限界で……。学校内、三周はしたんですけど。……え? 村上さんに貰った? そんなあ……」

 パンフレットを配り歩いている実行委員二人に会ったり。

 ありとあらゆるところで蒼のメイクや服装を褒めてもらったり。知り合いであればすげー!か、かわいい!だった。知り合い以外――たとえば誰かの兄弟とか、中学生とか、そういう人にはかわいい!とだけ言われた。こそっとしているつもりかもしれないが、全部聞こえている。蒼は照れ照れである。

 そんなこんなで、気づけば午前が終わっていた。

 個人部門ではマジックやギターの弾き語り、声真似や、なんと落語まで、見ていて全く飽きなかった。

 午後になると晴斗や黒井なども仕事が終わり合流し、一層楽しい時間になった。

 コンクールがあるので仕方がないのだが、蒼は、茜音と一緒に文化祭を楽しみたかったな、と淋しく思った。

 と、その心を読んだかのように、その夜、茜音から電話が来た。

 ビビりまくって転倒しかけ、お風呂あがりのため頭にかけていたタオルを落とし、スマホを握りしめて指をスライドした。

『ごめんね、急に電話かけちゃって。時間大丈夫だった?』

「ぜ、全然! ぜんっぜんへーきだよ! 用事は?」

 必死であることには触れず、茜音は音を出した。

『ちょっと、緊張してきちゃって。それに、そっちの様子どうかなーって』

「……えと、とっても楽しかった。明日が演劇本番なので、頑張る」

『そっかあ。写真とか撮った?』

「うん。あ、後で送るね」

『ありがとう』

「あとね、昨日言ってた録画の件、先生に聞いてみたんだけど、フラッシュと観客に迷惑かけなければありだって。両親に頼んどいた」

『えっ。ありがとう! それを楽しみに頑張ろうかな―』

「その、いまいち、コンクール?が、僕、どういうのか分かってないんだけれど」

『あ、えーっとね、二日に分けて行われるんだけど、三人三人でそれぞれの日にちに割り当てられてるんだよね。私は明日が本番で、今日は猛特訓?っていうか、とにかく、練習』

「そっか。その……、お、お互い、がんばろーね」

『ふふふ、そうだね』

 いくつかなんでもない雑談を混ぜたあと、切る直前に茜音が笑った。

『それじゃ、おやすみ』

 じんわり頬が熱い。

 切れたあと、スマホをしばし夢見心地で眺め、茜音と電話をしたという事実を噛みしめつつ、アラームを設定してベッドに潜り込んだ。茜音のおやすみという声が心に染み込むようだった。

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