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変な行動力はある

 茜音は翌日、謝ってくれた。それはそれは丁寧な謝罪だった。深々とお辞儀をして、自分の謝っている点を一つ一つ説明して。それで許せない、なんてことを言える蒼ではなく、納得できないながらも、表面上は元通りになった。


 なぜだか、月待君に泣きつきたくなります。

 どうしたらいいの?

 今日、帰ってピアノを練習を終え、すぐに月待君に謝った。いいよって言ってくれたけれど、絶対態度がおかしい。

 あと、メールを送ろうとすると、変に緊張して、頭が真っ白になって、なにも打てなくなる。グループしか交換してないんだけどなあ。

 でもさでもさ、それって自分勝手だと思うんだ。こんなに恨みに似た感情を覚えていて、そのくせ都合が悪い時にだけ迷惑をかけるなんて駄目だよ。

 変にねじられてしまった頭が、助けを拒んでいる。どうかしてる。

 晴斗君には申し訳ない。月待君もそんな顔させてごめんね、と思う。

 ただ、今更どうしようと変わらない予感だけがして、なによりも私に変わる気力がなくなって、限界が来てしまいそうなので。

 もう、何もわからないので。

 放っておいてほしい、と願う。


 茜音は気まずいのか、はたまた別の理由からか、メールを送ってくることはなかった。グループなので、話の流れでたまーに話しはするのだが。蒼もまた、嫌われるのと、原因不明の涙と怒りに襲われるので自分から話しかけることはなかった。

 気になってしまうせいで蒼は練習中転びかけ、近くの人(主に平井と晴斗)に救出されては転びかけ、を繰り返していた。

 練習もいよいよ大詰めで、体育館のステージでリハーサルをやってみたりもした。蒼は台詞も演技も立ち回りもばっちり。演劇部員の子にべた褒めされて少し調子に乗りそうなくらい。

 中学から地味に練習していたので嬉しさは幾分か増幅している。と本人は思っているが、どうだろうか。 

 茜音はやはり、ピアノが忙しいらしく、数日間顔を出すことはなかった。グループでの様子を見る限り、いつもと変わりはないように思うが、心配で蒼は落ち着かない。

 そして迫った文化祭前日――。

 そこかしこが装飾された廊下や教室に目を瞬かせ、蒼は階段を降り、昇降口を後にした。

 そういえば、前に半分無視みたいなことをしてしまったっけ。悪いことをしてしまった。ああ、六月、にこやかに挨拶してくれた茜音の姿を思い出す。

 ……このままじゃ、僕は後悔する。

 立ち止まって辺りを見渡し、いそいそと進路を変える。

 勉強会のとき、彼女はどっちから来ただろうか。

 記憶を辿りながら向かうは、知りもしない彼女の自宅。探す方法は全くの無策。

 視界は薄暗くなり、影はどっぷりと街に沈んでいる。不安を煽るかのような夕方の景色に、己を奮い立たせて蒼は歩く。

 息が切れるほどの距離を歩いた頃だ。もはやスマホなしではここから帰ることすらままならないだろう場所で、蒼は自分がどれほど愚かな手段をとっていたか気づいた。

 迷いなく晴斗の連絡先に電話をかける。前に個人的に交換してくれた。彩られていく画面にはしゃいだものである。

『……月待? どうしたんだ、こんな時間に』

 部活は文化祭のためない。用事があれば晴斗は電話を取らない。つまり、今僕は鈴木君を頼ってもいい……よね。

 若干揺らぎつつ、蒼は息をつきながら、一息で聞いた。

「月雪さんの家ってどこにあるかわかる?」

『ああ、知ってる、けど……。なんかあったのか?』

「えっ? や、えと、ちょと、会いたくて……?」

 取り乱して放った言葉に蒼は赤面し、すぐ顔色を失う。なんてことをいってしまったんだ、と。

『おー、そうかあ。じゃあ、位置情報送るから』

「え、いいの? こ、個人情報を、そんなあっさり」

 あっけらかんとした晴斗の態度に蒼はむしろビビり始めた。

『そりゃ、駄目だろうけど、俺、お前に茜音を頼むとか言っちまったし、月待は悪用する奴じゃねえし』

 ひとまず幸運だと思うことにして、蒼は晴斗に感謝を伝えると、茜音の自宅に急いだ。

 かなり戻ることになった。もう夜の帳が下りていて、視界は非常に悪かった。

 やっとのことで着いたそこは、巷で有名な高級マンションだった。

 呆然と立ち尽くし、ぴかぴかと光るその建物を眺めていた。

 二の足を踏んでいた。そもそも、突撃していって拒否されたらどうすればいいのだ。

 自分の無計画さに腹が立つ。

「つ、月雪さーん」

 暗い空に吸い込まれた。よわよわ。

「……月待君?」

 後ろからの声に、蒼はびくっと肩を震わせ振り返り、飛びのいた。

「つ、月雪さん?」

 特徴的な青い瞳は夜でも目立つ。なにより、夜に会うには不気味なほど整った顔で、一度会ったことのある人なら誰でも分かる。

「そうだよ」

「あの、僕、話したいことがあって」

 茜音は蒼を見上げると、人形の無表情さで、分かったとだけ答えた。

「……あの、あの僕、」

「あ、そっか。ごめん。ここじゃ話しづらいよね。ちょっと待ってね」

 制服のジャケットからスマホを取ると、茜音は耳に当てた。

「……少し用事が出来まして。ええ。そんなこと、ありません」

 別人と見まがうほどに澄み切った声。

「それで、どこ行く?」

 はっとして、蒼は勢い込んでいった。

「カフェに」

 いつも来ているのに、今日はなんだか一風変わって見えた。

 静かに紅茶を啜る音がするほか、何一つ音が存在しない席で、蒼は茜音と向き合っていた。

「お話、聞かせて?」

 カップをソーサ―に戻して、微妙に首をかしげた茜音に蒼は、ぎゅっと紺色のジャケットを握った。

「……僕、どうして月雪さんがこんなに心配になるんだろうって、考えた」

 ――違和感を覚えた。

「夏休み前にも、あとにも。ずっと、月雪さんのピアノを聞かせてもらってた」

 いつも強弱も余韻も計算されつくされていることが伝わってきて、なによりピアノが好きだという気持ちが強く心を引っ掻いた。

「だから、音が震えていることに気がつけた」

「……え」

 息の根を止められたように、茜音が静止した。い、の音の口で止まる。眉が垂れて、目が潤む。

「体育祭のとき、月雪さんとは思えないくらい弱気だったよね。いつもと違う点は、保護者が見に来る可能性があること」

 一度引っかかってしまうともう、取れなかった。

「思えば夏祭りのときだって、そう。ご両親のことが、苦手みたいなこと、言ってた」

――私は、あまり両親が好きではありません。尊敬もしているし、両親が悪いわけではない。けれども、どうしても、苦手意識を覚えます。

「…………」

 茜音は、唇を噛みしめて、思いつめたように俯いて紅茶を見ていた。蒼は震える声で続けた。

「つい、一週間くらい前だって。けれどね、僕は君を追い詰めたいわけじゃないんだよ。あの、あのね、話……相談……えっと、僕で良ければ、僕に出来るなら、話、聞かせてほしい。僕ね、なんだってやるよ。僕、頑張る。……月雪さんが、心配だから」

 しばらく黙りこくったあと、茜音はぽつりと零した。

「……話しちゃうよ?」

 蒼は力強く頷いた。

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