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秋色来たり

 とある休日の昼下がり。

 当然のごとくゆったりした、彩度の低いくすんだ赤色のカーディガン。きちんと首が隠れる白色のタートルネック。チェックの茶色のスカート。

 今日は少し髪で遊んでみた。具体的には、ウィッグを変えた。濃い茶色を新しく買った。さらに髪を下ろして、耳より少し上の髪を軽く掬って、左右対称に二つ束を作ってみた。茜色のリボンがついた髪ゴムを上からつけたりもして。凛香に借りたヘアアイロンで毛先を緩く巻いたりもした。

 蒼はご満悦の様子で待ち合わせ。

 樋口と一緒に買い物へ行くのだ。それはもう幸せオーラ全開で待っていると、樋口は待ち合わせ時間から二分ほど遅れてきた。

「ごめん、遅れた」

『大丈夫だよ』

「お前、高い声出す練習したら?」

 それじゃ面倒だろ、とスマホをさされる。

『声戻らなくなるのが怖くて』

 樋口が歩き始めたので、蒼も隣に並んだ。

「ふーん。別によくね」

 想像してみた。地声が高くなったら。へーそうなんだ、で済む気がする。むしろ褒めてもらえたりするのだろうか。

『樋口さん、僕家帰ったらやってみます!』

「あそう。で、今日何買うんだっけ?」

『僕はお化粧品とか買いたいな。あと、凛香さんからお使いも頼まれてるから、それも』

「あ、私も。チェーンとか黒い布地とか」

『僕はレースと茶色系の布地』

「これ、絶対普段着てる服の素材だよな」

『うん。凛香さんがどんなお洋服作ってくれるのか、楽しみ』

 蒼がスマホに文章を打つ必要があるので、その分スローペースな会話にはなるが、その速度が二人にとっては丁度良い。樋口が学校の愚痴を話したり、蒼が晴斗たちについて話したり、どうでもいい雑談をしたり、凛香からのお使いを終わらせたりした。

 大したことはしていないはずなのになぜだか心が浮ついて、笑ってしまう。

 女の子として、当たり前に居ることができる。

 口紅を手にとってもなにもいわれない。かわいい小物に目を輝かせてもなにもいわれない。

 それが表現できないくらい嬉しくて、度々会っているのに、今でもこれ以上ないくらい幸せだと感じる。

 訝しむ樋口の視線すら笑いの材料でしかなくて、ずっと頬を緩ませていた。

 樋口もそれは同じだろうか。そうだといい、いや、そうではないだろうかと思う。不安にならなくても、足取りを見れば分かる。きっと同じような感情を覚えていると。

 夕方まで歩きっぱなしであると、流石に疲れる。夕焼け色の化粧が落ちた壁や床や自然を眺めながら、一息ついた。この二人ならば向かう先は一択、カフェである。

 窓からオレンジ色の風景を眺めた。くだらないことを真剣に話し合い、話が飛び、深まり、話し尽くせばまた飛ぶ。

 たっぷり六時まで遊びつくすと、樋口は蒼に凛香から頼まれたものを渡し、背を向けて去っていった。蒼はウィッグや服を凛香の家に置きに行き、黒に包まれた帰路を辿った。


 時々茜音の弾くピアノを聞かせてもらったり、凛香にいつも通り褒めてもらえたり、母親がほくほくしたり、学力試験が終わり、黒井が断末魔をあげ平井にまたも冷たく文句を言われていたり、茜音がドヤ顔で百点の並ぶ回答用紙を見せてくれたり、晴斗になぜ間違っているのか教えてくれと言われたり、その後皆で遊んだりあったが、特にこれといった進展を迎えることなく、文化祭の季節がきた。


 この学校の文化祭は二日間行われ、クラス部門、部活部門、個人部門、団体部門に分けられる。このうち部活部門と個人部門が一日目、クラス部門と団体部門が二日目に開催される、というのが通例だ。去年は個人部門の人数が多すぎて時間が足りず、団体部門と交換されたりするので、あくまでもそれが基本というだけであるが。

 二ヶ月ほど前から個人部門と団体部門は募集が始まっているのをお知らせされた。文化祭実行委員も一学期の時に決めていた。

 当然披露するような勇気も特技もない蒼は、客側として楽しもう、と思っていた。やる以上は全力でやる所存であるが、ウェーイがんばろーうひゃっほーいみたいではなかった。つまり、消極的であった。

 で、本日五限目。クラスの出し物を決めることになった。

 取り仕切っているのは平井と村上。文化祭実行委員である。

「なにか案がある人はいますか?」

「はーい」

「晴斗、どーぞ」

 基本差すのは平井で、村上は資料を見ながら説明する、というのが主だった。

「お化け屋敷!」

「えー、私怖いの無理―」

「次そこどうぞ」

「メイド喫茶ー」

「なんで女子限定なの?」

「その方が売れる」

「うわ、サイテー」

「中村」

 平井は意見以外を徹底的にスルーして、中村という人に目を向けた。

「食べ放題」

「食べ放題? 下手すりゃ大赤字じゃん」

「あー、確か二年の先輩に有名な大食い野郎がいるんだっけ?」

「えー、せっかくやるならバク売れさせたーい」

「そもそも、飲食店って決まってないし」

「静かにしてくださーい。特にそこ」

 わいわい、なんだか楽しそうだなあ、微笑ましく思いつつ、蒼は次々書き出される候補の中からどれがいいか選択し始めた。が、聞こえてきた声にぱたりと思考を止めた。

「演劇とかどう?」

 演劇。演劇か……。

 やるとしたら僕は裏方かな、と期待と緊張を押し隠す。

「僕あれやりたい! カフェ!」

 とまあ、たっぷり意見が出た。案が大体出揃ったあたりで村上が全て読み上げる。

「お化け屋敷、メイド喫茶、食べ放題? と、演劇と、カフェ、映画、ダンボールアート、ダンス、男装・女装コンテスト、ジェットコースター謎解きゲーム……が候補。これがいいってゆーのに一回手―挙げて―」

 メイド喫茶と演劇が決選投票になり、演劇に決まってしまった。

 簡単に、決まってしまった。

「次は……役割?」

「まずは何を演じるか決めないとじゃないかな」

 茜音が平井に答えると、平井は思い出したように頷いた。

「あーそっか。そこからだった」

「オリジナルか、元々あるやつか投票とりまーす」

 村上がやる気なさげに黒板を見た。

「待って。それより先に、書いてくれる人を決めた方がいいと思う。そうしたら案が実現可能かどうかも考えて投票できる」

「えーじゃー台本作ってくれる人ー」

 村上が指を三本立てると、それまで黙って黒板に書き込んでいた一条が、振り返ってチョークを持っていない左手を上げた。

「ん、(じょう)ちゃんやるの?」

 首を傾げながら一条に聞いた。馴れ馴れしさのある村上の言葉にわずかばかり眉を動かしたが、顎を引いた。

「他にやりたい子―」

 誰も手を上げない。

「これで決まり―。次オリジナルか元々あるやつかでしょ」

 いろいろ意見が飛び交い、結論に行きつくまで大分時間がかかったが、ひとまずは一条の作る台本、脚本のクオリティ次第ということになった。

 というより、そうしないと授業が終わってしまうし、それ以外納得する折衷案がなかったためだ。

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