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体育祭

 九月七日。服のおおよそと走順が決まった。始めに足が遅め、自信がない人などを配置する。これを前半として、その中でも速い人と遅い人がいるから、遅い人と速い人を交互にし、遅い人が走るところを少なく、速い人が走るところを多めに取れるようにする。そして普通か得意な人を、これまた交互に並べていく。まずこのメンバーの中で一番速い黒井がアンカーになり、その前は普通の人。その前は得意な人……という風に決めていった。二人三脚の方はさっそく練習が始まっているらしい。

 九月八日。黒井が許可を貰ったため衣装づくり開始だ。体育でダンス練習が始まった。

 九月九日から九月十五日。協力して衣装やメイクを完成させた。

 九月十六日。一度着てみて動きづらかったものは修正。徒競走などの練習も始まる。

 九月十八日。リレーの練習。バトンは真っ黒の筒を使うことにした。後半で一気に上達した。

 九月十九日。ダンスの仕上げ。体育は全て体育祭練習になる。応援練習開始。

 九月二十日。通し練習が増えてくる。

 九月二十一日から九月二十六日。体育祭週間。開会式、閉会式等の練習。

 ――九月二十七日、夕方。

 一ヶ月近く一つの目標に向かっていれば、意外とまとまっちゃうらしい。クラスは一致団結の熱い空気感になり、やる気は充分の状態になっている。まあ、学力が高いから色々凝っているし、自由だしで、やる気が出やすい環境ではあるか。

 蒼もそのうちの一人だ。

 気づけば時が過ぎていた。その限られていた時間の中、皆と一緒に全力で練習をしてきた。

 家に帰ってからも衣装づくりをし、母に許可を得てメイクの練習をし。

 夜遅くまで走る練習をして、ダンスの練習だって、応援の練習だって頑張った。

 今までで一番頑張ったと思う。

 そう自負している。

 夕暮れ時、帰ろうとしていると、ふと茜音のことが目についた。

 相変わらず、蒼は失恋しきれていない。

 声をかけようか、迷った。彼女はいつかみた壊れかけの笑顔をしていたからだ。

 蒼の視線に気づくと、茜音は安心させるように力強く微笑んで見せた。

 本当に大丈夫、なのかな?

 気がかりに思っても、蒼は茜音に声をかけることが出来なかった。

 夜、緊張気味に眠りにつき、翌朝。

「頑張ってね。口裂け女さん、しっかり焼き付けるから」

 母に見送られ、蒼は家を出た。

 プログラムを今一度頭で反芻する。ばっちりだ。

 早めの朝日を堪能しつつ、蒼は学校に着く。教室に向かうと、既に人はほとんど揃っていた。

「おはよ、月待君。良く寝れた?」

「うん。明日は絶対遅刻できないって、思ってたから」

 茜音にそう返し、席に着く。あわてんぼうの心臓を落ち着かせ、深呼吸する。深呼吸というのはいい。気分を鎮められる。改めて、茜音の方を窺った。茜音は髪を一つ結びにしている。艶やかな漆黒に純白のハチマキ。ほれぼれするくらいかわいい。その五分後、ドアがガラリと音を立てた。

「お、月待もういんじゃん。良く寝れたか?」

 遅めに登校してきた晴斗だ。

「……さっき、月雪さんにも同じことを言われた」

「お前、緊張で寝れなかったっていいそうだから」

「そうそう! 晴斗君のくせして共感できるのムカつく」

「ムカつくとはなんだムカつくとは」

 晴斗と茜音の軽快な会話を聞きながら、蒼は力を抜いて息を吐いた。

 どうか成功しますように、と願う。出来れば勝ちたいけれど、それより各々が納得できるようなものがいい。

 晴天。九月後半のため、丁度良い気温である。少々運動するには暑い気がするが、真夏に比べれはなんのその。全校生徒が校庭に入場し、開会式。

 それが終われば、いよいよ競技が始まる。

 一年の徒競走だ。当然のことながら男女で分かれている。蒼は注目を浴びたくない一心で足を動かした。まあ、結果は最下位だったのだけれど。周りが皆蒼以上速い。

 晴斗、黒井は流石に運動部なので一位を取っていた。茜音は何気に早かった。

 その茜音だが、どことなくいつもと違う。

 どこか体がこわばっている。視線も定まっていない。焦りと不安と恐怖。そんなものが隠しきれていないような気がして、蒼は心配でたまらなくなった。

 晴斗も気づいているのか、茜音に声をかける回数が少ない。タイミングがいつもに比べて少ないことを考えても、明らかに。

 普段ならば茜音は、その晴斗の様子に気づきそうなものなのに、微塵もそんな気配を見せない。わざと、というわけではなく本当に気づいていないだろう。

 蒼はしかし、何も言えなかった。

 次はクラス対抗綱引きだ。一年の部、二年の部、三年の部、とそれぞれ作られている。

 暑さに耐えながら種目を終える。結果は二組――空良のクラスの優勝だ。

 頭はずっと茜音のことでいっぱいで、正直練習以上に蒼は力が出ていなかった。

 二年生の大玉転がしの最中、試合そっちのけで蒼は茜音を見ていた。晴斗がこっそり教えてくれなければ、多分ずっとそのままだった。

 恥ずかしさで顔が熱い。

 その後はチラチラと見る程度になり、試合の方も楽しんで観戦できた。

 一年生は次に仮装リレーがある。特に蒼は口裂け女で、化粧部分が多い。茜音のことなんて気にしている余裕はない。準備は退場の合図があった瞬間から始まる。

 蒼の衣装は、真っ白なマスクに真っ赤なコートだ。マスクは顎の下にずらしている。走りやすいよう同じく赤いスカートだ。夏なので涼しく、でも口裂け「女」に見えるように、と乗り気な女子生徒たちによって選ばれた。上はコートで閉めるから関係なし。ちなみにスカートである理由は学校指定の半ズボンの上から着れる、つまり外で着替えられるからだ。長ズボンだと暑い。同じ理由で、コートの中は体操服だけだし、半袖だ。バトンは顎下につけるのとは別の白マスク。メイクは口元が耳まで裂けているように見せるため、赤い線を耳まで走らせ、口の中っぽく見えるように調節した。

 衣装を着て化粧をした時、女子生徒達に褒められたので全校生徒の前で蒼はスカートを履くのに抵抗はない。蒼にとって褒められることは原動力であるので。

 伊藤はのっぺらぼうなので、衣装はあまり変えないが、顔に仮面をつける。ほとんど見えない視界で走ることになるので、どうにかしようと考えた結果、仮面のところに肌色の絵具で塗った半透明なフィルムを内側で目の部分につけた。これで視界は肌色になったこと以外の被害がない。バトンは悩んだ末に肌色のペラペラな紙。ボロボロになるだろうが家から持ってこれるペラペラなものがこれしかなかったそうだ。

 黒井はじゃんけんで悪魔を勝ち取った。八重歯でいたずらっぽい笑みが似合う黒井にぴったりだなと蒼は思っている。衣装は黒の角のカチューシャに黒の羽だ。あとは私物の黒いチョーカー、半袖の黒いパーカー、黒のぶかっとしたズボン。全身まっ黒で固めたらしい。バトンは槍みたいなステッキ。黒井いわく、「滅茶苦茶渡しやすい」。

 放送が流れる。……未空だ。

 あれ、一年生が一年生の放送を? と疑問に思ったが、準備が始まっている。蒼は自分に、練習通りにすればいい、落ち着いて、落ち着いて……と言い聞かせた。

「わあ、相変わらず月待君女装似合うなあ」

 いつもと変わらない笑みで茜音がぽつりと言った。

 答えるより先に、時間が来た。

 蒼はリレーの後半だ。バトンを受け取るのは蒼がいなければ女装をしていたかもしれない男子生徒。仮装が普通に怖い。

 パン、と乾いた音が鳴ってスタートした。まだ蒼はグランドの中だ。

 それぞれのクラスのテーマが読み上げられる。

「一組はフィクション。二組はファンタジー。三組はクラシカル。四組は学生服です!」

 未空のハイテンションの良い滑舌が続けて実況を進める。楽しんでいるのが分かるトーン。

 蒼は見知った声を接着剤に、なくなりそうになる皮膚の感覚をなんとか繋ぎとめる。

 一組は蒼のクラスで、現在は書記の一条さんが走っている。仮装は貞子さん。白いワンピースに真っすぐな黒く長いウィッグのコントラストが目立つ。……今の順位は、四位。

 二組の子は男子生徒で、聖職者風。ケープと手袋が暑そうだ。

スカートに近い長ズボンで傍目から見ても走りづらそうだと分かる。それを加味しても、女子の一条さんよりは早いが、走りが苦手な方らしく三位で、二位とは結構な差が開いている。

 その二位は三組で、小柄な男子生徒が黒が七分丈のサスペンダー付きズボンと制服の半袖の白色ブラウス。凄く衣装が似合っている。そして速い。張り合えるのは、蒼の知る限り黒井と晴斗くらいだ。……多分。

 そんな早い男子生徒を押さえて一位が四組。見るからにコスプレ臭漂う海軍の学生服だ。仮装には特に力を入れてないように見えるが、とにかく早い。長袖暑そうだなと思うが、それがどうでもよくなるほど速い。

 目で四人を追いかけながらドクドクとなる心臓に手を当てた。

 手に振動が伝わってくる。

 深呼吸をした。

 一条さんがバトンを渡した。天冠(てんかん)。……死んだ人が頭につける、三角形のあれだ。バトンのセンスはおいておき、男子生徒に交代したのでスピードが上がった。三位の二組は女子生徒に交代してさらにスピードが下がる。三位に上がる。歓声が沸く。……

 順番は近づいてくる。比例して心臓も高鳴っていく。

 ……雨宮君だ! 

 空良の姿を見つけ、限界に近かった緊張が一旦、少しだけ下がった。頑張るぞ、というやる気に変わる。

 空良はやる気のない陸上部員だ。基本サボっているらしいが、運動神経自体悪くはない。そんな空良は暑そうに目を歪めながら忍者の服装をしている。なんと驚異の長袖。口元も黒のマスクで、とどめを刺すかのようにロングマフラー。

 あとで聞いた話だが、顔を包み込むようなフードの中に手持ちの扇風機をネックレスで巻きつけて入れていたらしい。どれもこれも、ファンタジー風の衣装は高くて手が出なくて、レパートリーが少なくてどうしても……と。

 なんだがちょっとほっとしつつ、二組を二位へと押し上げた空良の先を走るのは、変わらず四組だ。衣装は大正時代の学生服――バンカラスタイルと呼ばれる服を身にまとっている。マントが風で凄く邪魔だ。空良がさらに暑そうな恰好になっている。

「四組、このまま一位の座を守り抜けるのか! ここで四位の三組が三位の一組を抜かしました! 日光が強いですが吸血鬼さん、頑張ってください!」

 吸血鬼の男子生徒がのっぺらぼうの伊藤にバトンの逆さ十字のキーホルダーを渡した。

 息切れしながらあいつら速すぎだろ……。呟いた。彼、そこそこ速いのだが、彼の前後にたまたま滅茶苦茶速い人が相手になってしまった。よくやったと思う。

 蒼は今だ。人をかきわけ、レーンに並んで待機する。右手を後ろに突き出しておく。

 深呼吸深呼吸。そうだ、こんな時は考え事だ。

 蒼は全力で走る。得意ではないが、練習してきたのだ。頑張った。時間をかけた。皆が一致団結して、この競技を作り上げていくのを見た。

 だから怖い。失敗するのが。特にこれは、団体競技というものだ。一人の徒競走とは違うのだ。

 深呼吸をした。大丈夫。僕は正しい努力をした。正しい努力は裏切らない。

 バトンが来る。

「はい!」

 テークオーバーゾーンの一歩手前くらいで受け取る。突き動かされるように走り始める。 

 そうだとしたら、もっと頑張ろう。足の速い僕なら、月雪さんに好きだって言ってもらえるかもしれない。分かんないけど……。

 失敗しないようにじゃなくて、成功するように。

 足が振りきれるくらい腕を振る。茜色が、注目を集める。真っ赤なコートが風で広がる。とはいっても、少しだけだけれど。

「……が、頑張れっ!」

「頑張れー!」

 本調子ではないだろう茜音も、そんな茜音が気になるであろう晴斗も、蒼を応援してくれている。

 加速。運動部であろう三組の男子生徒を追い抜かした!

「一組、ものすごい速さで追い上げていきます! 真夜中に遭遇したら泣いちゃいそうな口裂け女さんですね! 二組を抜かせるのでしょうか! ちなみにこの口裂け女さん、男の子です! 女装とは思えない完成度ですね! おっと! ここで二組のスピードが上がりました! もしや可愛い子に近づきたいと下心があったのか! ……失礼いたしましたっ! 彼女さんがいらっしゃるのですね! 一組、二組に負けないよう頑張ってください!」

 雨宮さんは凄いな、と思いながら二組との差を開かないように全力疾走。

 次走者が待機している。……黒井だ。

「はいっ!」

 事前に決めた合言葉を発しながらバトン代わりのマスクを押し付ける。

「任せろっ!」

 やっぱり悪魔が似合う笑みで黒井がいうと、すぐに二位になった。相手が遅くなったのもあるだろうが、黒井は速い。

 凄いなあ、と息を切らして座り込んだ。

 蒼なりに頑張れた、と思う。

「凄いですっ! わたし、全然できなかったのに!」

 伊藤が話しかけてくる。

「……ありがとう……伊藤さんもっ……凄かったあ。……苦手って言ってたのに……速かったよ……」

 息も絶えた絶えになりながら蒼が返すと、伊藤はそれに笑いを返す。

「口は呼吸に使ってくださいっ! ありがとうございます!」

 伊藤に言われたので、蒼は応援しなかった。言われなくとも、できはしなかっただろうが。蒼の性格的にハードルが高い。

 走者には応援席からもトラックの内側からも声援が飛んでくる。中には黒井への声もある。黒井はそれに呼応するようにどんどん速さが上がっている。ついに一位の四組を追い抜かし、その勢いのまま、黒井はゴールした。

 一人、無言で座っている女子生徒がいる。……書記の一条だ。

「……えと、あの、い、一条さん。つ、疲れたんですか?」

 呼吸が整ってきたので声をかけた。

 自覚はないが、蒼は高校入りたてに比べ大分成長したのだ。

 一条は驚いたように蒼を見ると、頷いた。それきり黙り込む。

「……あ、えと」

 慣れないことをするから気まずくなるのだ。無計画で話しかけてしまったことを若干後悔しながら、意味のない言葉を慌てて言うことしか、蒼にはできなかった。

 応援席に戻ったあとも、一条に話しかける時間がないまま三年生の徒競走が始まってしまった。

 ということはもちろん、茜音にも晴斗にも、黒井にも話しかけることができないわけで。晴斗や茜音には茜音の違和感について聞きたかったし、黒井には凄かったと、ほっとする言葉をくれてありがとうと、そういいたかった。

 知り合いのいない蒼は特に何も考えず徒競走を見ていた。放送も未空から別の人に代わってしまった。

 何事もないまま、昼休憩に入ってしまった。

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