落ちた音を立てた
第一印象は、どちらかといえば可愛らしいというよりも透き通るような綺麗さや上品さがある、という感想が蒼は浮かんだ。
少女は全員の目を集めた。蒼も例外ではなく、じっと見入っていた。
制服のスカートに絡まる、艶のある黒髪。ピンと伸びた背筋に、まっすぐ前を見る、宝石がはめ込まれたような大きく青い瞳。深い海のようにどこか憂いを帯びている。その瞳をさえぎるように存在している長い睫毛に、より瞳を大きく見せるぱっちり二重。高い鼻。人形のように何もない、色白の美しい肌。なめらかな唇は桃色に輝いている。その表情は冷徹ささえ感じるように笑みがない。なにより、顔が小さい。理想的な体型に身長。手はやはり白く、ネイルが施されていない。手の形は指が少し長い。世の女性が喉から手が出るほど欲しがるだろう。
浮世離れしていて、ファンタジーじみた美しい容姿。
その印象は、彼女が蒼の後ろの席に座った瞬間、崩れ落ちた。
「ねえ、貴方、名前は?」
人懐っこそうな笑みを浮かべ、話しかけてきたのだ。整った印象は全て白紙になり、さりとて魅力がなくなったわけではない。
むしろ、人間らしさが生まれ、親しみを感じ印象が好転したといえる。
簡単に言うと、かわいい。
まさか話しかけられるとは思わず、蒼はびくりと肩を強張らせて、きょどりながら口を開いた。
「え、えと、つ、月待蒼って、言います。くさかんむりに倉って書いて、そうと読みます。え、えと、あの、……君、は?」
心臓をバクバク言わせながら蒼が振り向いて問うと、少女はにこりと笑って言った。
「私は、月雪茜音。茜色の茜に、音色の音。お父さんが音楽好きなんだ。あ、あとね、ピアノ弾けたりするんだよ! 苗字に月がつくの、珍しいね。お父さんとお母さんと、その他親戚さん以外で初めて会った!」
「ぼ、僕も、えと、初めて、です」
首元に結ばれたリボンに目をやって、心がチクリと痛む音がした。
顔がなぜか熱かった。
羨望がよぎる。羨ましい。化粧なしで気取ったところもない。明るい。優しい。いい人だ。
蒼のほしいものをすべて持っている。嫉妬してしまう。
女の子として生きることを諦めようと決めた心は、少女によって吹き飛ばされた。本当に、不思議な話なのだが。
ところで、蒼は優柔不断である。負けず嫌いで、案外、自分に甘いところがある。
これはほとんどの人がそうだろうが――一度憧れたものは、簡単にあきらめがつかない。とくに、人生に関わることならば。
その結果、蒼が思うことはただ一つ。
…………僕もかわいくなりたい!
環境だのなんだのと理由をつけて努力しをしない怠け者に嫉妬する資格はない。なにより、こうなりたいという思いがまだ残っているのだから仕方がない。高校生に、今日なった。中学までとは違う。
だから――。と、理由をつけて、蒼は決意した。
一年で、女の子になる。そう認められるくらい、可愛くなってみせる、と。
その後入学式は恙なく終わる。
入学式までの諦観をコロッと希望と不安に変えた蒼は、担任の説明を聞きながら、あれこれ考え始めた。