楽しみにしてた夏祭り
凛香に呼ばれ時々家に上がった時、蒼は必ず心配の言葉をかけられていた。
「大丈夫か?」
「元気なさそうだな」
「これを着てみてほしいんだが……。無理しなくてもいいんだ、急ぎじゃないから」
そして蒼は、必ず変に固まった笑顔を作った。
「はい」
はい。そうですね。機械的な回答を繰り返す。
無理して笑った。じゃないと泣きそうだから。
言葉はありきたりになった。だって頭が働かない。
傷ついた。違う。傷つけた。樋口さんはいい人だ。いい人は傷つくべきではない。でも僕のせいで傷ついた。僕が変だから。おかしいから。
なにをどう言い繕おうと、蒼は男であるという事実は変わらないし、その上で、それを隠して年頃の女子高生と関わった。――女装をして。
蒼が自分をどう認識していようと、それに合わせて身体が変わったりはしない。しないのだ。要するに、蒼は樋口にとって男の子である。男が女用の服を着ている。それを気持ち悪がるのは当たり前の感覚だ。蒼が着ていたのは凛香が作ってくれた服だが、樋口には知る由もない。会社はレディースとして売っているものを、男が着ている。樋口からはそう見える。そんなのおかしい、と思うのは普通だ。
ゆえに、蒼が傷つくのは筋違いである、というのが蒼の価値観だ。
思いつめたような顔をする蒼を、凛香は気がかりそうに見ていたが、凛香には何も言えない。
言えることがあるとすれば、樋口だ。
そんな精神状態のため、蒼は茜音の違和感について考える余裕がなくなってしまった。
『ごめーん! 私、ピアノのコンクールの予選があるからこれ以上時間取れない!』
そんなある日、グループに茜音がそう連絡をした。
『じゃあ夏祭りか海か、どっちかだけだね。どっち行きたい?』
予定を立ててくれているらしい平井が返信をする。
『夏祭りー!』
『オッケー。じゃあ組みなおすわ。で、海へは他の皆で行く?』
了解の返信が流れていく。このままではまずいのでは、とぼんやり考えた蒼は、無気力な指で文字を打った。確定を押す度にいちいち誤字をして、ため息をついた。
『すみません。僕も海は行けません』
『分かった。月待も不参加ね』
その文字を見ると、蒼は半分眠るような朧げな意識でネットを漁った。
それから時は過ぎ、ついに夏祭りの約束の日がやってきた。待ち合わせは午後六時ごろだ。七時から花火大会があって、十時までやっている夏祭りだそうだ。五時くらいからやっているそうだが、皆丁度そのくらいまで予定があったので。
蒼は私服で着たが、着物の人もいた。
空良は死んだ目で暑そうにうちわを仰いでいるし、未空は楽しそうにくるくる回っている。
二人とも空色の着物で、とても似合っている。
村上も浴衣を着ている。明るい金色の髪とピンク色の瞳なので、外国人のような印象になる。それが日本の浴衣とコントラストのようになっていて、綺麗だ、と思った。
あとは、茜音。一人だけ豪華だ。髪の毛はみつあみや編み込みを作り、それを巻き込むように花の形をしたまとめ方になっている。そこに目の色と合わせた涼し気な髪飾りが揺れている。軽く化粧もしているのだろう、頬に桃が差し、唇も珊瑚色のようだ。浴衣も全体的に青系統なのだが、こう、ごてごてしている。飾り紐の茜色が差し色になって、目を惹く。
顔もかわいい。
長く伸びた睫毛が目の下に細く影を差す。ぱっちり開いた吸い込まれる瞳が、人形の瞳に嵌め込まれた宝石のようだった。
「えーと、全員そろったかな」
透き通った硝子の声だった。蒼は茜音をまじまじと見つめていた目を背けた。バクバクバクと心臓が鳴っている。
ぎゅっとして、泣きそうだ。
皆は、華やかに彩られた街に歓声を上げている。行こうか、なんて呟いていた茜音も、煌めいた目をして、眺めていた。人形とは似ても似つかない生き生きとした歓喜の表情。
ああ、似合うなあ、浴衣も、その笑顔も。
ちくりと刺してくる羨望にも疲れてしまって、うるさい心臓も、本当にただうるさいだけで、何の役にも立たない。
疲れた。
蒼は周りに合わせて微笑んだ。
屋台を回ろうという話になり、九人は目移りしながら歩き始めた。オレンジ色の光がそこかしこで光る。
……なんでだろ。楽しみにしてたはずなのに辛い。苦しい。楽しくない。今すぐ胸を掻きむしってしまいたい。自分だけ、浮いてるみたいだ。きっと皆は知らないだろうけど、僕だけは、疎外感。
らね?」
「おー、じゃ、僕と勝負!」
二つの手が射的の銃を持つ。
また反対側では、
「えっ。なんで空良だけそんな上手いの? ぜんっぜん破れないじゃん!」
「うるさい。今集中してるから」
「あーあーあー!」
「未空ちゃんっ! わたし取れましたっ!」
「わあ! 良かったねえ!」
「ええっ。三人とも上手いですねえ。僕は難しッ」
「あ、破けた」
「空良のも破けろ」
「は? 逆恨み?」
未空と伊藤と空良と平井が金魚すくいをしている。
「かむ、大丈夫? そんなに沢山食べてたら、楽しみにしてたりんご飴食べられえなくなっちゃうんじゃない?」
「……茜音の方が食べてるじゃん」
「んー、そうかな?」
「なに、あんた自覚なしだったの」
「だって私、少食だから」
茜音と村上は食べ歩きだ。
蒼はなにも、意識的、無意識的に省かれているわけじゃない。話しかけてくれたりもする。それに、勉強会のときと特別変わったわけではない。
勉強会のときのように楽しめないのは、蒼の気持ちが変わった。それだけのことだ。
必然のことであるが、人は心からの感情による表情と、多少なりとも偽りが混ざっている表情とでは、比べると違和感が残る。
蒼は演技が上手い。やろうと思えば、その違和感を最大限消し去ることが出来る。が、それは本調子の場合であり、洞察力が鋭い人間がいればすぐにわかる程度のものだ。
そして蒼は不調であるし、村上は観察力がずば抜けて高かった。
さて、屋台を半分ほど回り終えた時だ。夏祭りの香りにも馴染んできた中、村上が蒼を一瞥した。
「あのさー、月待ってなんでそんなつまんなそうな顔して回ってんの?」
その一言で、皆の視線が蒼に集まった。一六個の目にたじろぎ、蒼はびくりと顔を強張らせる。
「楽しい、ですよ?」
真偽は誰が見ても明らかだった。
「楽しくないならなんで来たの? 帰れば? 邪魔しに来たの? 楽しみたいから水差さないでよ。……聞いてんの?」
その言葉で、蒼の中のなにか、例えば涙腺であるとか、理性であるとか、そういったものが弾けて、中身がぼたぼたと落下した。
貴方は、浴衣が着れるじゃないですか。好きだと言えば肯定されるじゃないですか。買ってとそれを差し出せば買って貰えるじゃないですか。
それは、言い訳だ。
雰囲気を悪くしてしまったからもしれない。気を使わせてしまったかもしれない。村上さんが言っていることは全て正しくて、間違ってるのは僕のほうだ。
皆、おかしくなんてない。
ほろりと涙が垂れた。泣き笑いのように、つまりは笑みの形に口を歪め、
「ごめんなさい。気にしないでください。すみませんでした」
耐えかねて、蒼は走っていった。人ごみに紛れて、後ろ姿が見えなくなる。




