ピクニックに行こう②
……もしかして、「私が作ったの是非食べてください!」って主張してるみたいに思われたやつ? これ。
みたいなことを考えてしまう私って、人が信じられない人間なんだろうか。いいや違う、こいつの生い立ちやらキャラ設定が悪いんだ! 私は悪くねえ!!
「ええっと……、こ、この辺りですかね……?」
嘘ついても出来栄えでバレそうな気がしたので素直に答える。
すると、ヴィクトールは私が指差した辺りのパンを手に取り、一口齧り付いた。
「え゛」と驚愕してしまう。
この人マジで食うつもりで言ったんかよ。
この流れで食べないのもおかしいか。でもマジで食った。
もぐもぐと咀嚼し、ごくん、と飲み込むヴィクトール。
そしてパッと顔を明るくして言った。
「何だ、美味しいじゃない。君が自信なさげにしてたからどうなのかなと思ってたけど、全然普通に美味しいよ」
「……あ、ありがとうございます……」
いや、そんな感じに見えてたのは多分違う意味だと思うんだけど。違うそうじゃない。
ていうか、私の作ったもんよく食ったなこの人。どうしよう後で気持ち悪くなって吐いたりしない? 無理しなくていいからさほんと。
「ウィラも食べなよ。ぼーっとしてたら無くなっちゃうよ?」
そんなわけ無いだろと思いつつ、腹が減っているのは自分も同じなので、その言葉に従うことにした。
「……あの、ヴィクトール兄様」
「ん?」
「何で、私と今回こうして一緒に出かけてくれたんですか?」
粗方食べ終わった後、ずっと疑問に思っていることを聞いてみた。
私の質問に彼はきょとんとした顔をする。
「何でって……、かわいい妹と一緒に出かけるのはそんなに変なことかな」
「…………」
「どうしたのその目は」
お世辞にも限度があるってことを知らないんだろうかこの男は。
まだこの世の大天使・アイラエルが登場していないとはいえ、私の顔が普通も普通なことは分かりきっているだろうに。
というか、この顔面偏差値の奴に言われても嫌味にしか聞こえねえ。
「……ほらまた」
「?」
「かわいいって言葉を聞いても赤くならないし、侍女の背中に隠れたりもしない。なんだか本当に、前の君とは大違いだね」
彼はその紅い瞳で、私を真っ直ぐに貫きながら言った。
思わずドクン、と心臓が大きく跳ね上がる。決してトキメキではなく、……疑心の目で見られていることによる動揺で、だ。
(……確かに)
以前、こういう「異世界転生モノ」も見たことはあるけど。
かつての“わたし”──ゲーム内のウィルヘルミナは、一体どこに行ってしまったのだろう。
記憶を取り戻してから、わたしは“私”になった。混ざったなんて言うけれど、所謂ゲームで見かけたウィルヘルミナのキャラ像はもう私の中からはほぼ消え去っている。どうしてこんな言い方をしていたのかと言えば、それまで「ウィルヘルミナ」として過ごした日々の記憶を、この身体が確かに覚えていたからだ。
けれど。
引っ込み思案で、外が大嫌いで、義兄に仄かな憧れを抱いていた彼女は、もう居ない。
(……私が、殺したのかな)
乗っ取った、とか。むしろそっち系に近いのかも。
それとも本当にあの風邪で幼い彼女は死んで。前世の私が、その空っぽの身体に入り込んだのだろうか。だから身体が覚えている記憶はあるけど、感情や性格は完全に前世のそれになった。
……考えても、多分これは答えが見つからないやつだ。
転生させた神様とかが出てきて事情を話してくれたら手っ取り早いんだけど。恐らくそんなものも出てこない。私、適当に神社とかお参りに行ってたくらいの無宗教だし。
神は居ると信じれば居るし、居ないと信じる人の元では、きっと存在しないものなのだ。
「……兄様。私もう、そんな年齢じゃないですよ」
努めて穏やかに、そう返す。
動揺が悟られないように。
「そういうものかな」
「そういうものです。……それにいつまでも、子供みたいに大人の陰に隠れて、愚図ってもいられません」
「君はまだ子供でしょう?」
「だから前お話したとおり、私は一回り大きく成長したのです。心が」
「はは、確かにね。でも、そんなに急に大人にならなくてもいいと思うけどなぁ、私は」
私の言葉に、ヴィクトールは軽く笑いながら言う。
(…………)
そんな会話をしながら、私は「急に大人にならなくてもいい」発言を聞いて、とある仮説を脳内で立てていた。
普通なら、まだまだ小さい妹を気遣う兄の優しい台詞に聞こえるが。この兄相手だとそうは問屋が下ろさない気がする。
(……まさか、私がヴィクトールの立場を奪おうと考えてるとか、そうでなくても、そこを危うくするかもしれないとか……、そういう疑いをしてたりして)
以前も言ったが、彼はこのハーカー伯爵家では「養子」となる。
正式には彼は私の父、ハーカー伯爵の妹であるガブリエラの息子だ。
何故養子になってうちに来たのかといえば──彼が母、ガブリエラに虐待をされていたから。
そこを私の父が助け、養子とした。私より年齢が上なことも考えられ、そうして彼はハーカー伯爵家の跡取りとして生きていくことになったのだった。
だが、この国では爵位を持つ者に仮に「娘しか居ない」場合はその娘が婿を取り、その婿に爵位が継承されるのが普通らしい。つまり、私が実家を出る必要は特に無かったのである。
私がこのハーカー家の所有する領地を出たくない、夫となる人と一緒に経営していきたい、だなんて考えた日には、ヴィクトールとの権力争いが勃発だ。
……まぁ、ゲームでウィルヘルミナは公爵家の息子ユーリと婚約してたから、そういうことにもならんかったけどね。
ただ、もしかすると。
急に大人びて不自然な態度を取る私を見て、「跡取りとしての座を脅かされる可能性が」なんて思考が出てきたのかもしれない。だから今回、家から連れ出して探りを入れてみよう、と考えたとか。
普通は養子であろうがその家の長男が家を継ぐものだし、娘は結婚先へと出される世の中となっているのだけれども。
(まぁ、ヴィクトールとしても複雑だよな)
養子って、いつまで経っても「自分はこの家の一員じゃない」って感じちゃったりする、みたいな話も前世で聞いたことあるし。
そういう点を踏まえたら、ヴィクトールの演じる「優しくて格好いい兄像」に憧れていた頭の弱い妹でいた方が、ある意味彼にとっては都合が良かったのかもしれない。そうすれば、ウィルヘルミナは彼を出し抜こうだなんて考えもしなかっただろうから。
(──って、私も別に出し抜こうとか考えてないからぁ?!?!)
誤解しないでほしい。そんなこと、私は一片たりとも考えたことはありません。
むしろ「勉強いっつも頑張っててスゲー私には無理だわー」とか考えてたくらいだからね?!
だが彼が私に違和感を抱いているのは確かなこと。くそう、前回の言い訳ではこの腹黒真っ黒お義兄さまは騙されてくれなかったか。
とにかく、それによりこのまま変に疑いをかけられていても、居心地が悪いだけである。
私は私なりの意思表明をしておくべきではなかろうか。
「……あの、兄様」
「ん?」
何だい、とヴィクトールが顔をこちらに向けた。
……話しかけたはいいが、なんて言おう。えーと、えーっとだな。
「私は、あなたの味方でいますよ」
「…………え?」
「あなたの邪魔をしたり、嫌がるようなことは、絶対しませんから」
……このコメントも、正直どうなんだろうね!!
や、だってさぁ、これも単なる仮説なんだよ。私の思い込みが強い部分もあるし、そもそもゲームでの知識があるからこそ彼の裏事情を知ってるだけで、本来ならウィルヘルミナが知ることもなかったことだからね?!
こんな状態で言えることって、そもそもあんまりねーよ!!
ただ分かってほしい。私は、あなたを脅かす気など更々無いということを。
私の願いは「早くアイラちゃんと絡む姿を見たい」ただその一つだけなんだ。どうしてこのたった一つの願いが叶わないのか。妄想をたまに垂れ流すだけの読み専だったから自分で作品を生み出すことも出来ないし畜生がよ。
とにかく、この世界に来た以上私は私の命が大事(そしてヒロインちゃんの恋路を見守る方がもっと大事)
ゲーム開始時までに余計な波風など立てたくはないのだ!!
「──あはははっ!」
すると、話を聞いていたヴィクトールが急に笑い出した。
今の笑うところでしたでしょうか。さっぱりわからん。もしかして笑いどころが謎な人か?
「どういう意味? それは」
「……いや……、どういう意味って言われますと……」
「ふふっ、全く、君の頭の中では一体どんなことが起こっているんだろうね?」
興味深そうに見つめられる。穴が開きそうだからヤメロ。
「さぁ、ご、ご想像にお任せします」
「そうかい? ふふふ」
……笑い方が不気味すぎる。
だがしかし、これ以上言えることも特に無し。ていうか私もちょっとなんか意味不明なこと言っちゃったな感あって今更ながら恥ずかしいし。
(…………あら?)
そこで、ふとある考えが頭を過る。
(もしかして、これもただの「アピール」だったかもしれない……?)
つまりは「私が外に出るようになったので、こういう外の遊びも一緒にやった方が、両親に「問題起こさず兄妹で仲良くやってますよ」アピールが出来る」ということである。養子先で円満に過ごしたいであろう彼には得となるのではないか。
アレッ、何だかんだでこれが一番正解に近いんじゃね? もしかして私、要らん勘ぐりして余計なこと言ったか?
諸々の理由により何となーく気まずくなってしまったので、私はヴィクトールの隣からすすす、と少しだけ間を開けるのだった。……すぐバレて「なんだか遠くなったね?」ってツッコまれるんだけど。
あ、これは余談なんですが。
別に遠乗り中も終わった後も彼に殺されることはありませんでした。よかった。火○スは免れたよ。