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見えてきた現実

「ん……」


 ぱち、と目を覚ます。

 でもメイドの起こす声も何も聞こえてこなくて不思議に思った。うーん、変な時間に目が覚めちゃったのかな……?


 むくりと身体を起こす。

 辺りをきょろきょろと見渡した所で気がついた。

 ……ここ、本邸の屋敷じゃない。


「どこだ、ここ……?」


 思わず疑問の声を上げた時、ふと気付いた。

 ここの景色には見覚えがあるということに。


「別邸……?」


 お休みの日にちょくちょく遊びに来ていたハーカー家の別邸の室内によく似ている。外観を見たわけじゃないから、はっきりとは分からないけど。


 何となくの場所が分かったとして。

 次に考えるのは「何でこんな場所に居るのか」である。


 まさか寝ている間に体が勝手に動いたわけでもなし。誰かに連れてこられたというのが正しいだろう。

 では、誰が……?


「おや、目が覚めたのかい?」


 すると、部屋のドアが突然開き、外から誰かの入ってくる声と音がした。

 それらに私は目を見開く。


「……に、兄様?」


 ヴィクトールだった。紛れもなく。私の義兄、そのもの。


 身内の姿を見つけてほっとしたのも束の間。

 彼の表情を見て、何かおかしいことに気がつく。


(……なんだ……?)


 なんか、いつもと違う。

 何はとは言い表せないが、雰囲気が、その。いつもの彼とはまるっきり異なるというか。


「あ……あの、兄様? 兄様が私をここに連れてきたのですか?」

「うん、そうだよ」


 普通に返答されてしまった。

 い、一体全体なぜそんなことを。


「……な、何かのドッキリとか、ですかね?」


 へらりと情けない笑みを浮かべながら尋ねる。頼む、そうであってくれ。

 今ならどんなどうでもいい行事にも付き合うから!


 しかし、現実は無情だった。


「いいや? 私は本気で、君を、あそこから誘拐してきたんだ」


 ヴィクトールが、にっこりと微笑んだ。

 その微笑みのなんと薄寒いことか。背筋がゾッとするのを止められない。


 やっぱり、普段の彼じゃない。

 今の彼は、何かおかしい!


「……どうして……」


 そう、小さく尋ねることしかできなかった。

 なぜだ? 何故兄様は私をこんな所に連れてきた?

 そこまでする、恨みでもあったのだろうか?


「ここまでしないと、君には到底信じてもらえないと思ったから」

「……?」

「私はね、ウィラ。……君のことを愛している」


 ひゅっ、と喉が鳴った。何か言葉を発したとは思うのだが、声にならない。それほどの、衝撃だった。


 私の反応を見てどう思ったのかは分からないが、ヴィクトールは穏やかな笑みを崩さないまま話し続けた。


「もちろん、女性としてだよ。……確かに君は私の妹だ。けれど……直接の血の繋がりはない。私と君は、結婚することができるんだ。──ねえ、君は私のことをどう思ってる? 少しは男性として意識してくれているかな?」


 何にも、言えなかった。

 起きちゃいけないことが起きている衝撃から帰ってこれなくて、私はただ、はくはくと口を閉じたり開けたりすることしか出来なかった。


 そんな私を見て、ヴィクトールは言う。


「そんなこと、あるわけないよね。だって君は、私たちのことを見ようとしないんだもの」

「……え……」


 それって、どういう。


「私たちがどれだけ君にそういったアピールをしても、君は気付かない。……いいや、気付かないフリをしている、といった方が正しいか。君がそういったことに関心を示すのは、アイラが絡むことだけだものね」

「…………」

「ねえ、どうしてなのかな。君はどうして、私たちのことを、真っ直ぐに見ないの?」


 ヴィクトールの声が、重く重く、私の脳みそにのしかかってくる。

 まるで麻薬のように頭を支配して、ぐるぐると回るのを止められない。


「ユーリだって、サーシャ殿下だって、あんなにも君が好きなのに」


(──どうして?)


 だって、それは。アイラちゃんがこの世界のヒロインだから。


(──でも、彼が今好きだと言ったのは、あなたのことだよ?)


 だから、それは間違いなのだ。何かのバグなんだ。

 ああ、バグか、バグなら早く、修正してしまわないと──。


「ねえ、ウィラ」


 静かな声が、私を呼ぶ。


「君が見ているのは、本当に、今ここに居る僕たちなの?」



 ──ピシリ、と。

 今、確実に、何かに亀裂が走った。


「……わ、」

「うん?」

「……私、は、わたしは、……」


 頭の中がガンガンする。

 それを受け入れてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴る。


 それでも、ヴィクトールは私を許してはくれない。


「……私は本気だよ。ウィラ」

「あ……」

「これがたとえ君を傷つけることになろうとも。……今ここにある、私の想いを、無かったことにはしてほしくなかった。だから、君をここに連れてきたんだ」

「……それ、が、なぜ、私を誘拐することに繋がるのです……?」


 震える声で聞く。


「君が私の愛を受け入れてくれるまで、ここに監禁しておこうかと思って」

「ッ?!」


 思わぬ発言に目を見開いた。驚いた勢いのまま、咄嗟に動いた身体を、ヴィクトールの手が制止する。


「駄目だよ。逃げるのは許さない」

「……こ、んなの、おかしいです。間違ってます!」

「へえ。どういった意味で間違ってると思うのかな、君は?」

「あなたの相手は私じゃない……!!」


 絞り出したような声で叫ぶ。か細くて、何にも頼りにならなさそうな声色だった。

 そんな私を、彼は半ば嘲るように笑って。


「ほらね。……やっぱり君は強情だ」

「……ッ」

「……まぁ、今は混乱も大きいだろう。しばらく一人にさせてあげるから、よく考えてみて」


 す、とヴィクトールの腕が離れる。

 そのまま彼の身体も私が居たベッドから、部屋の扉の方に移動した。


「しばらくは逃す気ないから。……私のことを、ずっと考えていてね。ウィラ」


 そう言って、ヴィクトールはドアを閉め、姿を消したのだった。




 ──一方、取り残された私は。

 膝を抱えながら、ひたすら今の状況について考え込んでいた。


(ヴィクトールがヤンデレキャラだったから、こんな手段に及んでしまったのか……? こんな監禁イベントはゲームには無かったはず……)


 そこまで考えて、は、と思い出す。


『君が見ているのは、本当に、今ここに居る僕たちなの?』


 ……その、言葉に。

 頭を思いっきり殴られた気分だった。



 ……だって、この世界はヒロインのために作られた世界なのだ。

 今までずっと、そう、信じ切っていたんだ。


 だから、ヴィクトールやユーリ、サーシャが本当は私に対してどんな想いを抱いているのか。反対に、アイラちゃんとの恋模様は、本当に存在しているのか。

 それら全てを、私は今の今まで気付かないように、自分をセーブしていた。この世界は「ゲームの中の世界なのだから」と、盲目的に信じてやまなかった。


 だって、そこの矛盾に気付いてしまえば。


「アイラちゃんの幸せは、どこに行ってしまうの……」


 ヒロインである彼女の、本来なら得られるはずの幸せを、私が奪っていることになるじゃないか。

 そんなのは嫌だ。嫌なんだ!!


 だって、私の一番大事な人は。一番、愛してやまない女の子は。彼女なのに。

 私がやるべきことは彼女の恋の進行を助けることで、それを妨げることなんかじゃないのに!!


「……けど、私のそんな姿勢が……、ヴィクトールをこんな行為に及ばせた……?」


 私がいつまで経っても「本当の彼ら」を見ないから。

 彼らの言ってくれることに、強制的に蓋をし続けてきたから。

 彼はこんな強行手段に出るしかなかったのかもしれない。


「……私のせいだ……」


 全部全部、私が悪いのだ。


 目から涙が流れる。

 泣く権利なんて私には無いはずなのに、悔しさと情けなさ、そして申し訳なさで、涙が溢れて止まらない。


 けれど。


「どうしたらいいのか、私には分からないんです。兄様……」


 突如として向き合わなくてはならなくなった現実に、私はただただ怯えることしか出来なかった。



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