とある平和な昼下がり
平和だ。
いつも通りの昼下がり。いつも通りの我が家の屋敷。ああ、平和って素晴らしいな。
「平和だなぁ……」
「ぼんやりしてどうしたんですか? ウィラ」
おっといけねえ。ついあまりの平和さに意識が遠くなってしまっていた。
例のごとく一緒にお茶をしていたユーリが話しかけくる。
「いえ、何事もなく流れる時間って、大切だなぁと思いまして」
「まぁ……そうですね。でもまた、突然なぜ?」
「……、……ユーリ様とするお茶会が、平和で楽しいからでしょうかね」
咄嗟に出た言い訳です。
あの誘拐事件のことは、ユーリには話していない。その必要は特に無いと感じたからだ。
あれは完全なる身内の問題(というかハーカー伯爵家の問題)であるし、それにまたこんな話をしてしまったら、彼に心配をかけてしまうだろう。それくらいには、友人としての絆を育めていると思っている。
ちなみに、あれからより一層、ヴィクトールの過保護っぷりは悪化した。どこへ行くにも「私もついていくよ」と笑顔で言ってくる。お付きの人が居るんだから要らんだろうがよ! と思うのだが、退けられないことも多々ある。
しょうがないことなのかもしれない。ほぼ縁を切っていたとはいえ、自分のら実の母親が義妹の誘拐事件を企んだのだ。しかもレ○ープまでしようとした余罪付きで。
私でも心配で暫く目が離せないと思う。だから、致し方ない。
ただ切実に思った。
「早くゲーム本編スタートして」と。
このままでは色んな意味で世界の理が変に曲がっていく気しかしないのだ。
たがしかし。ヒロインが現れれば何とかしてくれるはず。ヒロインさえ出てくれば、曲がりくねったものも真っ直ぐ元通りになる筈!!
(……そもそも、ゲーム開始時とは違った関係性になってるのが若干気になるけど……)
ゲームの時、地味な婚約者にてんで興味を示さず冷たい態度を取っていたユーリは、今では良きお友達となっている。
鈍くさくて鬱陶しい義妹にうんざりしていたヴィクトールは、まるで仲良しの兄妹みたいに過保護に接してくる有様だ。
(……、……まぁ)
まぁ、大丈夫やろ!!
考えるのが面倒になり、私は思考を放棄した。
根拠は何かと問われると「アイラちゃんは世界の宝だから」としか言いようがないが、とにかく私は彼女に絶対的な信頼を寄せている。
その彼女が目の前に現れれば、ゲームが開始されれば、どうせ自ずとルートは進んでゆくだろう。
勿論、そのための協力は惜しまない。
「僕もあなたと同意見です。ふふ、一緒ですね?」
「ソウデスネ」
思わずカタコトになってしまった。
いやまぁ、楽しいのは事実だし、平和なのが一番なのもその通りなんだけどね! そういう「嬉しそうに「僕と一緒ですね?」とか言う」のは私じゃないんだよ!
「おや、ユーリ。来ていたのかい」
「ヴィクトール義兄上。はい、本日もお邪魔させていただいております」
そこで突然の義兄登場。
テラスでお茶をしていた私達の所で優雅に歩いてくる。
……その優雅さを見ると、こないだ見た恐ろしいスチル絵は夢だったんじゃないか? と思えてくる程だ。あー、やっぱアレは夢だったんか。そうだよねー!!
「そうか、ゆっくりしていくといい。
……それにしても、君達はやっぱり仲良しだね?」
「ありがとうございます。ええ、とっても。
なんといっても、僕達は婚約者ですから」
何でちょっと誇らしげな顔してるのユーリくん。
そこそんなに自慢げに言うところじゃないから。
(……子供が大人に「アラー仲良しねー」とか言われて、嬉しくなっちゃうやつかな……??)
それなら納得だ。子供のあるある現象にうんうんと頷く。
しかし、それを見つめる義兄の顔は……、……あれ、何だろう。なんか黒いな。
笑ってるはずなのにおかしいなー? 気のせいか、それとも視力悪くなったか。えっそろそろ私も眼鏡かけた方がいい? 本編のウィルヘルミナと違ってそこまで本をガン見で読み込んだりしてないから、視力に問題は無いはずなんだけど。
「そうだ、ヴィクトール義兄上!」
「ん?」
すると、ユーリが何かを思い出したようにヴィクトールを呼ぶ。
「もしお時間があるなら、これから僕と剣術試合をしませんか?」
「剣術試合?」
「ええ! 聡明なあなたは、剣術にも長けているとお聞きしました。僕も最近そちらに力を入れておりますので……、是非、お手合せをお願いしたく」
(そういや剣術の稽古に精を出してるって言ってたな)
一人お茶を飲みながらそんなことを思い出した。
やはりこの前の誕生日パーティーが尾を引いているのだろうか。彼は自身の身を守る術を学ぶため、元々あった剣術の授業にも更に真面目に取り組んでいるらしい。
偉いなー。
ユーリのお願いに、ヴィクトールはすぐにっこりと微笑んで「いいよ。喜んで承ろう」と答えた。
ありがとうございますとユーリも笑顔になる。
そんな二人を見て、私は。
「私も剣術習おうかな」
ちょっと思ったことを口にしてみた。
が。
「いえ、あなたは習わなくとも大丈夫です」
「君がそんな危ないことをする必要はないんだよウィラ」
いや仲良しかよ。
何故か二人揃って止められる。
……こっそり専門の教師でも呼んどいたろうかな。
*
「それはそうと、ユーリ。
勝負をするのだから、折角なら何か報酬が欲しくないかい?」
「報酬? ……なるほど。勝った相手には褒美を取らせると」
「そうそう」
庭の方で練習着に着替えた二人が話している。
ちなみに私は相変わらずテラスに居るので、二人の様子は観察できた。ちょっと離れてるから会話はあんま聞こえないけど。
「それにしても、ユーリ様、わざわざ練習着持ってきてたんだね」
「そのようですね」
「じゃあ今日は元々そのつもりだったのでは……」
「その可能性も、無きにしもあらずといった感じで」
そう言われると確かに、ユーリって確かヴィクトールに懐いてたような気がする。
地味な婚約者は置いといて、その義兄は頼りになる優しい御方だったからだ。
すると突然向こうから、「ウィラーッ!」と名を大声で呼ばれる。
「はい、何ですーーっ?!」
「今、勝った相手には報酬が与えられると決めたんだけれどね! 君が報酬の中身を決めてくれないかいーーっ?!」
「は?」
何でやねん。
意味不明な提案に思わず眉を顰める。
だが、二人は私の返答を待つ姿勢のようだった。二人してこっちを見つめてきている。
そんな何かを期待するような笑顔で見るなよ!!
「報酬?! 報酬……ええ~っと……」
いきなり言われても、思いつかん。
「……ドロテア。何が良いと思う?」
早々に自分で考えるのをやめて私付きの侍女ドロテアにヘルプ。ずるいとか言うなし。
ひそひそと話しかけられたドロテアは、中腰になりながら「そうですねぇ……」と呟く。
「お嬢様のくださる物なら何でも喜んでいただけるのではないですか?」
「いやそれは無い。ていうか、剣術試合の報酬なんて、いきなり言われても思いつかないよ! ……、……あっ」
「?」
ふと、そこであることを思い出した。
そうだ。確か今日は“アレ”があった。
……勝利報酬ではないが。
「すみません、二人ともーーっ! 今いいですかーーっ?!」
庭に居る二人に叫ぶと、「OK」の意味合いか手を振られる。
それを見た私は、床下に置いていたバスケットの中から”アレ”を取り出した。
それは────。
「勝利報酬は思いつかないので、負けた人への罰ゲームにしますねーーっ!!
負けたらこの、私が初めて作った歪な形のクッキーを食べていただきまーーすっ!!」
そう、その名の通り「私が初めて作成しました、歪な形をしたクッキー達」です。
「…………」
「…………」
多分私の話が聞こえたんだろう。ぽかん、とユーリもヴィクトールも口を開けている。
そもそも今日私が調理場に行って、初めてのクッキーに挑戦したのが始まりだった。
前世でもさしてお菓子作りなどやったことのない私は、やはり職人さんのように綺麗な形を作ることなど出来ず。ちなみに型抜きみたいな器具は一応この世界にもあるけど、それを使ってもなんか変な形になった。何でや。
だが安心してほしい。味は、普通だった。普通のご家庭(※庶民式)のお味だった。
「今日は婚約者様もいらっしゃることですし、差し上げたらきっと喜ばれますよ!」と料理人の方々は言ってくださったが、普段国内屈指の職人が作るお菓子を食べている奴にこんなド素人の焼いたもん食わせられるか。
周りに勧められるまま一応お茶会に持って行きはしたものの、どうぞと差し出す勇気は無かったわけで。
味は「クッソ不味い」とかいうレベルじゃないけど、いつも食べているものに比べれば食感も当然パサパサだ。逆に食べさせたらユーリに気を遣わせてしまうと思い、結局後で私の個人的なおやつにしようと決めたのだった。
って感じだったんだけど、報酬ではなく負けた人への罰ゲームという名目なら、これもまだ使い道があるのではないか?
我ながらちょっとした名案である。
「それでは、自由に試合を始めてくださ~い! 判定は多分ドロテアがやってくれます~!!」
などと適当なことを言い、自分の仕事は終わったと言わんばかりにティーカップに口をつけた。
「…………」
「…………」
「…………あの、ドロテアさん? 何かな、その目は」
横に控えていたドロテアの目が、なんか。何かを訴えるような、何故か残念なものを見るような、そんな感じになっている。
堪らず口を開けば、大きくため息をつかれた。
「お嬢様……、あなた様は何故、こう……、」
「な、何ですか……」
「……どうしてこんなにも、残念な御方に育ってしまったのでしょうね……」
ほらやっぱり残念って言うた!!
急に哀れまれた感じになってしまい意味不明である。
「い、いや、だって……、あの二人の勝利に相応しいものなんて、すぐには出せないよ。高いものでもねだられたらどうすんの」
「お二方はそのようなことは一切なさらないと思いますが」
「でもさー、うちで出てる料理なんて二人ともよく食べてるだろうし、私自身があげられるものも特に無いし……。それなら、罰ゲームとしてこの歪型クッキーちゃんを活用してあげた方がいいじゃん」
「…………」
「これならきっと二人とも「あんなの要らねえ!!」って必死に戦ってくれるよ!」
「…………はぁ」
またため息つかれた。なにゆえ。




