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前編

 人類は『ケイオシウム』を発見した。ケイオシウムとは、人類の無意識を結晶化したものだ。その名の通り、混沌としている。


 人類は、この混沌を、治める方法を模索していた。エネルギー源として、使えるのではないかと考えたからである。


 かくして、その試みは成功した。


 ケイオシウムは、人類を加速させる。いつしか、大空に美しい園ができた。


「人工楽園」


 そこは、美しい草花が咲き乱れていた。さらに、春夏秋冬全ての景色を、同時に見ることができる。それでいて、暑すぎず、寒すぎず、常に適温が保たれていた。


 豊かなのは植物だけではない。鳥や動物、魚といった種々様々な生物が、それぞれ調和を保って生息している。


 人間もまた、人工楽園にいた。そこに自分らが住み良い街を作る。


 街は、歴史ある古都という趣のある一郭がある一方、全面ガラス張りの超高層ビルがあったりと、新古入り乱れていた。

 それでいて雑然としてはおらず、不思議な調和を保っている。


 暮らしている住民はみな穏やかで、互いに良い関係を築いている。貧しいものは一人もいない。


 人工楽園はコンピュータによって管理されていた。AIもまた、ケイオシウムの力により急成長する。

 AIは足りないところを補うばかりか、率先して人々を導いた。それにより人々は、過酷な労働から解放されたのである。


 ケイオシウムは、人々を労働から解放しただけではない。身体上の様々な問題をも克服した。

 すなわち、老いも、病も、そして死も、なくすことに成功したのだ。


 まさに楽園であった――



 ――そんな人工楽園に、魔の手が迫る。悪魔は、人工楽園を破壊せんとした。


 そんな悪魔の企てを阻止せんと、研究所では日々、兵器の開発に勤しんでいた――



***


「完成だ!」


 彼は叫んだ。彼の前には、様々な機械がつけられた、巨大なガラスの筒が置いてある。


 その中には、粘度のある、ゲルの様な物体が入っていた。その物体は、時折、うねるような動きを見せる。


「これは、何だね」

「うわぁ!」


 いつの間にか研究所のリーダーが現れる。彼は驚きの声をあげてしまった。


「ギョームさん、いつからいたんですか」

「さっき来たところだよ。それより、作ったものを見せなさい」


 そう言って、ギョームは彼をどかす。目の前にある、ガラスの筒に入っている物体を見る。


「入所一年目と聞いたが。一年目ならこんなものか」

「それって、どういう……」


「スライムは、隙間さえあれば、中に入り込める。耐久性も、申し分ない。生体兵器としては、実にベタだ」

「ベタって……兵器ですよ? 独創性、いります?」

 ギョームは、何を言いたいのか。彼は理解しかねた。


「何を言っている。それこそ、重要なのだ」

「はぁ」

「兵器こそ、我が理想に相応しい」

 何が言いたいのか。彼はますます、理解に苦しんだ。


「ギョームさん。こんなことを聞くべきではないとは思いますが……」

「なんだね」


「過去に行ったとされる『不祥事』についてです」


 彼は『不祥事』のことを聞いていいものか、悩んだ。それと同時に、ギョームの物言いが引っかかる――

 しばらく考えているうちに、ギョームが何を言わんとしてるのか知りたい、という気持ちの方が勝った。

 なのであえて尋ねることにした、というわけである。


「不祥事って何かね」

 案の定、ギョームは機嫌を悪くした。


「ジェイシリーズのことですよ。なんでも、プロトタイプが暴走したとかで、大惨事になったとかなんとか……ギョームさん、開発に関わっていたんですよね?」


 それを聞いたギョームは、幾分か機嫌が和らいだ。いまだ、不服そうな顔をしていたが。


「その事か。それは、軍の奴らが悪いのだ。ジェイによからぬことをしたに違いない……考えただけで、腸が煮えくり返る」

 ギョームは、再び不機嫌になった。眉間に皺が寄る。


「でも、まるっきり無関係ということはないですよね。そもそも、ギョームさんが開発した、えーと……」


「脳操虫のことか」

 彼が言い淀んでいたので、ギョームは助け舟を出した。


「申し訳ありません。先輩の仕事を思い出せないなんて……脳操虫って、ジェイシリーズにくっついてるやつですよね?」

「ジェイシリーズだけではないぞ。他にも――」


「失礼します!僕が聞きたいのは、ジェイシリーズのことです」

 話があらぬ方向に行きそうだったので、彼は無理やり割って入った。


「そんなに、ジェイのことが気になるのかね」


「気になっているのは、ギョームさんの方です。原因の一端に、脳操虫が関わってると伺ったんですが」


 彼は、ギョームの過去の過ちを指摘している。にも関わらず、ギョームの顔には笑みが浮かんでいた。


「脳操虫は、宿主の人格を参考にして、新たなる人格を再構成する。ジェイの暴走は、それが原因だ。以降、脳操虫には予め、仮人格が備えられるようになった。


「そのせいで、脳操虫がついたものには、個性がなくなった」

 ギョームはため息をついた。


「なんで、がっかりしてるんですか。扱いやすくなったってことじゃないですか」


 それを聞いたギョームは、こう返した。

「ジェイこそ、我が理想だったのだ。あの者は、愛される為だけの存在だ。従順でありながら、それでいて、時折、反抗的な態度を取る。素晴らしいではないか」


「えーと、恋人が癇癪起こすのと、わけが違いますけど。だって、大惨事ですよ。我が軍に、大勢の犠牲者が出たそうじゃないですか」


「大勢の犠牲者が出たとはいうがね。軍人共にはスペアがある。誰も死んではいない。可哀想なのはジェイだ。見知らぬところに飛ばされたのだ。まぁ、慰みものになるなら、そっちの方がいいかもしれんが」


 スペアとは、不測の事態により死亡した場合に備え、あらかじめ用意されたクローンのことである。

 オリジナルが死亡した際、クローンに自動的に記憶が引き続がれる。なので、オリジナルと何ら変わるところはない。


 ただし、スペアはあくまでも、不測の事態のための備えである。

 殺人のような重罪を犯したものについては、使用されることはない。その場合、オリジナル諸共廃棄されることになっている。


「ギョームさんは、お咎めなしだったんですか?今もここにいますけど」


「なんで私が咎められないといけないのだ。私は、一切関与していない。もっともあれ以降、私は実験器具を見る度に、ジェイのことを思い出すようになったがね。


ジェイはもういない。それに加えて、似たような存在を生み出すことさえ許されない。ここで働かされている、その事が私にとっての罰なのだ」


 ギョームは、遠い目をした。口元に笑みを浮かべていたが、悲しみをたたえていた。

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