第96話 行ってきます!
私はドロシーたちとハグをした後、お父様に抱き着く。
なんていうか……生まれてすぐの時は、こんな風にお父様とぎゅーってできるなんて思ってなかったなぁ。
魔力過多で死にそうになる私のそばにはお兄様しかいなくて。
そしてお兄様が小説『グランアヴェール』のセリオス・ローゼンベルクで、私がその妹のレティシアに転生したって気がついて、お兄様の麗しさに興奮して死にそうになって。
そんな、よく死にそうになる私を見ていられなくて遠ざけていたお父様を、お兄様が説得して交流できるようにしてくれた。
「レティ、気をつけていくんだよ」
「はい、お父様」
それから、お父様がミランダに薬を盛られて操られそうになったり、お兄様の護衛だったヴァンスに襲われて死にそうになったりと、色んなことがあったなぁ。
「セリオスがいるから大丈夫だとは思うけれど、絶対に無理をしてはいけないよ」
「はい、お父様」
「もし危険だと思ったら、すぐに逃げなさい」
「はい、お父様」
「……うううっ。やっぱり行かせたくない~っ」
「ぐぇ」
号泣して私に抱き着くお父様を、お兄様が後ろからべりッとはがした。
力が強くて呼吸困難になりそうだったから、助かりました、お兄様!
「父上、レティが苦しそうです」
「はっ。ごめんね、レティィィ」
両目から滝のように涙を流しているお父様は、正直言って切れ者の公爵様の面影はまったくない。
家族のことが絡まなければ、キレッキレらしいんだけど……ほら、私は今まで一回も見たことがないから……。
「お父様、お兄様もランも、それにモコもいるので大丈夫ですよ。必ず魔王を倒して帰ってきますね」
むしろその後のほうが問題だから!
お兄様がラスボス化しないように見張っていないと!
「こんな……子供たちに未来を託さなければいけないなんて……」
「女神様の予言ですから」
仕方がないよね。勇者じゃないと魔王は倒せないんだから。
そして小説に書かれていなかった新事実!
なんとお兄様とエルヴィンも女神様の神託によって同行が決まったんだって。
なるほどね~。
確かにお兄様は強いけど、騎士団にもお兄様と同じくらい強い……人はいないかもしれないけど、お兄様の八割くらいの強さの人はいるかもしれないじゃない?
だからそういうベテランの人が全然同行しないのは、おかしいなって思ってたのよ。
小説だと映えが大事だけど、現実では色々なしがらみがあるから。
でも女神さまの神託に名前がなかった人たちは同行できないんだって。
私は……えへへ。実はランに頼んで名前を入れてもらっちゃった。
さすが聖剣おじいちゃん!
持つべきものは神様とのコネを持つ聖剣だよね。
「無事に帰ってくるんだよ。セリオス、レティシア」
鼻をすすりながら泣いているお父様に手を振りながら、私はお兄様の手を借りて座席の後ろにある扉から馬車に乗る。
いよいよ、魔王討伐に向かうんだ。
私はぐっと息をつめた。
これはもう、物語の中のおとぎ話じゃない。現実だ。
私たちで魔王を倒して、そしてお兄様もラスボスになんかさせない!
そのために、私はこの世界に転生したんだから。
私の後からエルヴィンやアベルたちが馬車に乗ってくる。ランは御者席だ。
全員が乗ると、馬車の扉が閉まった。
右側にエルヴィン、お兄様、私が座って、左側にアベルとマリアちゃんが座る。
私は体をひねって窓から顔を出すと、お父様や屋敷のみんなに手を振った。
「お父様、みんな、行ってきます!」
正直、不安はある。
小説ではエルヴィン以外は生還したけど、もう既に原作の流れからは離れてしまっているから。
でも、絶対に、誰も死なせない。そのための、私のお守りの力だから。
(モコもランも、よろしくね!)
「きゅっ」
『相分かった』
モコがきりっとした目で返事をすると、手綱を握っているランも心話で答えてくれる。
頼もしい相棒たちがいてくれて、とっても心強い。
だから、大丈夫。
そう心の中で呟きながら、私は、お父様たちが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
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