第9話 お邪魔な王太子
私は死にましぇん、と宣言したものの、それからのお兄様は心配して私にべったりになった。
朝目が覚めてからお兄様と一緒に朝食を摂り、お兄様が座学をしている横で大人しく絵本を読み、お兄様と一緒にお昼ご飯を食べた後は、私はお昼寝、お兄様は剣術の稽古。私が起きた後は一緒におやつを食べてから庭で遊んで、それから夕食と、朝から夜までお兄様づくしなのである。
神様、こんなご褒美をありがとうございます。
お兄様と一緒という事でテンションが上がっても、モコと聖剣が膨らむ魔力を吸い取ってくれるので、思う存分お兄様成分を満喫している。
ああ、幸せ……。
でもそんな幸せを邪魔する存在が現れた。
自称お兄様の親友、王太子エルヴィン・ハイクレアだ。
エルヴィン・ハイクレア――小説『グランアヴェール』の世界では、お兄様と一緒に魔王討伐の旅に出る俺様王子だ。
主人公のアベルが平民であるのを蔑み、聖剣を持つのは王太子である自分の方がふさわしいと、度々アベルに突っかかる。
旅を続けていくうちにアベルの力を認めるようになるんだけど、魔王討伐の戦いの際に、アベルのミスで死んでしまうのだ。
このエルヴィンの死が、お兄様がラスボスになるきっかけとなってしまう。
次の国王であるエルヴィンが死んでしまって次の王は妹のフィオーナになる。そのフィオーナの婚約者がセリオス・ローゼンベルク、つまり私のお兄様なんだけど、なんとフィオーナは勇者アベルと相思相愛の間柄なのだ。
お兄様は、親友であるエルヴィンの死の原因であり、婚約者であるフィオーナを奪ったアベルを憎むようになり、ラスボスになってしまうのだ。
エルヴィンに直接の原因があるわけじゃないけど、この子が死ななければお兄様のラスボス化もないと思うと、つい厳しい目で見ちゃう。
そんな私の視線が気に入らないのか、いきなり現れたエルヴィンは初対面の時からずっと不機嫌だ。
「お前の妹だというから期待していたが……思ったほどではないな」
しかもとっても失礼だ。
そりゃあお兄様ほどの美形がこの世に二人といるわけはないけど、私だってもう少し大きくなれば可愛くなる予定なんだから。
「別にレティの可愛さは僕だけが分かっていればいいから」
「にーたまー」
私がこれ見よがしに抱き着くと、エルヴィンが悔しそうな顔をする。
なぜこの公爵邸に王太子であるエルヴィンがいるかというと、今まではお兄様が王城に遊び友達として行っていたのが急に行かなくなったので、向こうの方からやってきたのである。
しかも綺麗な花の咲き乱れる中庭で、お兄様の膝の上でおやつを食べるという至福の時間を満喫してる所に突然やって来たから、歓迎しろと言われても無理だ。
「もう少し可愛げがあれば俺の妃として考えてやっても良かったが」
「お断りします」
「いやでしゅ。レティはにーたまがちゅきでしゅ」
間髪入れずにお兄様が即答するのと同時に私も拒否する。
えー。だって俺様王子とか好きじゃないもん。
やっぱり理想はお兄様よね。
どこかにお兄様みたいな人はいないかなぁ。
「……お前たち、仲がいいな」
兄妹揃って拒絶したからか、ふてくされたようにエルヴィンが口をとがらせる。
王太子として生まれたエルヴィンだけど、その環境はちょっと複雑だ。
エルヴィンを産んだ王妃は隣国の王女だったんだけど、出産の時に亡くなってしまった。後妻として選ばれたのはこの国の伯爵家の娘で、エルヴィンにとっては継母になる。
だが新しい王妃はエルヴィンを大切にしていて、自分の生んだ娘よりも溺愛していると評判だ。
「だがセリオスは俺の側近になるのだから、妹ばかりに構うのはどうかと思うぞ」
お兄様が王城に行かないからつまらなくなって、公爵家に突撃してきたエルヴィンが言っても、説得力がないと思います。
「他にお友達いないでちゅか」
まだちょっと舌たらずだが、最近はかなりスムーズに喋れるようになってきている。
この調子でお兄様とスムーズにお喋りできるようになりたいものだ。
「俺の友になりたいと望む者は多いが、その資格がある者はセリオス以外いない」
胸を張って言うけれど、それって友達が一人だって言ってるようなものだ。
「申し訳ありません殿下。しばらくは妹についていてやりたいのです」
「妹などそんなに良いか……?」
お兄様の言葉にエルヴィンは首を傾げて私を見る。
その様子を見て、妹のフィオーナ姫とはあんまり仲良くないのかなぁと考える。
お兄様という素晴らしい婚約者がいながら勇者に心移りしたのだけは許せないけど、小説のフィオーナ姫は、心優しく完璧なヒロインだった。
でもよく考えると、お兄様とフィオーナ姫の婚約は政略的なものだったんだよね。
だからフィオーナ姫はお兄様より勇者を選んだのかなぁ。
そしたら最初からフィオーナ姫とお兄様が婚約しない方が良いのでは?
もしローゼンベルクと王家の間に必要な政略結婚なら、別にお兄様が婚約しなくてもいいんじゃない……?
ひらめいた私は、目の前のエルヴィンを見る。
小説ではなぜか婚約者がいなかったエルヴィン。
ちょっと俺様だったけど、何といってもお兄様の親友になるくらいだったのだから、性格が悪いという訳ではない。
顔も、金髪碧眼のイケメンになるのが分かっている。
もしお互い好きな人ができたら婚約解消するのを前提にして、とりあえず魔王を倒すまでの仮の婚約者になるくらいなら、いいんじゃないの……?
「にーたま」
「なんだい、レティ」
「レティ、この人とお友達になってもいいでちゅ」
まずはお友達から。
私がそう言った瞬間、お兄様の顔が凍りついた。
もしも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!