第89話 魔王の出現
ついに、この世界で魔王が生まれた。
その一報は、大地の女神レカーテを祀る神殿からもたらされた。
人々が神々に祈るために各地に建てられている教会と違って、神を祀るための神殿は一柱に一つ。
そして女神レカーテの神殿は王都の中央にある大聖堂の中にある。
というより、神殿が先にあって、その周りをぐるりと囲むように大聖堂が建っているらしい。
私は行ったことがないから分からないけど。
いよいよ私が前世で大好きだった、小説『グランアヴェール』で書かれた物語が始まる。
私は思わず手を強く握った。
死ぬ運命だった私、レティシア・ロ-ゼンベルクは死亡原因である魔力過多の病気を、最推しのお兄様と主治医のロバート先生、そしてフェンリルの幼体のモコや、小説では勇者と契約していた聖剣のおかげで治すことができた。
小説で魔王を倒した後にラスボスになってしまうセリオスお兄様が闇落ちする原因は三つ。
妹の私が魔力過多で死んでしまうこと。
勇者アベルに恋をした婚約者のフィオーナ姫の裏切り。
親友エルヴィンの死。
とりあえず最初の一つは回避したし、私とエルヴィンが婚約したから、お兄様とフィオーナ姫の婚約もなくなった。
さすがに権力が集中しすぎちゃうんで、一つの家から二人も王族と結婚させるわけにはいかないもんね。
あとは魔王軍と戦う終盤でエルヴィンが死なないようにすれば、お兄様はラスボスになって勇者アベルに殺されることはない。
「魔王って人型にならないと倒せないんだっけ?」
『元は瘴気だからな』
普段は執事姿で私のそばにいる聖剣グランアヴェールは、今はお兄様の従者として一緒に城へ向かっている。
この世界の魔王は恨みを持った死者が冥府に増え、あふれてしまった瘴気が地上に出たものだ。
あふれた瘴気は元が人に恨みを持つものの思念だからか、力を増すと人型になり、無差別で人を襲う。
そしてそれに影響されるのか魔物たちも凶暴になってしまう。
そこで王宮で対策をとることになったんだけど、お兄様が呼ばれたのだ。
きっと女神レカーテに勇者として選ばれたアベルもそこにいるはずだ。
勇者アベル。
セリオス・ローゼンベルク。
王太子エルヴィン。
そして聖女、フィオーナ姫。
小説ではこの四人が魔王討伐のメンバーとして選ばれていた。
でも実際にはどうなるだろう。
そもそも王族が二人、しかもそのうちの一人は王太子なのに、この四人だけで魔王討伐の旅に送り出すだろうか。
それに女性だってフィオーナ姫だけでしょ?
男三人の中に女が一人って、それ、貴族の女子としてもあり得ないから。
そういえば小説の中でも、フィオーナ姫の侍女がいたような気がする。
討伐メンバーに数えられてないし、話の中にいつも出てきてたわけじゃないから、きっと魔王討伐メンバーが泊まる町に先回りして準備を整えているんだろうって考察されてたっけ。
イラストにも載ってなかったからどんな女性か分からないけど、もし今回もフィオーナ姫が同行するなら一緒に行くのかな。
でもフィオーナ姫はまだ聖女に認定されてないし、聖女っていうならむしろ、勇者アベルの幼馴染のマリアちゃんのほうがふさわしいよね。
だって瘴気を癒すことができるのなんて聖女しかいないし、聖剣のランも認めていた。
『ああ、到着したぞ。ふむ……やはり王女とやらはいないな』
精神安定剤代わりにモコをもふもふしながら考えこんでいるうちに、お兄様とランは王宮へ到着したようだ。
そこには勇者アベルが待っていたみたい。
『お主の予想通り、兄が魔王討伐の宣を受けたぞ。他には勇者の小僧と王子とお主の友達だ』
「やっぱりマリアが聖女なんだね」
『当然であろう。あの王女には聖女の素質はないゆえ』
「聖女の素質がない……? でも、小説では……」
『火の属性しか持っておらんぞ』
そ、そんな……。
私は激しい衝撃を受けた。
フィオーナ姫が聖女じゃない?
でも、それじゃ、小説のフィオーナ姫はどうやってみんなを回復したの?
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