第86話 襲撃の真相
「この度は学園の不手際で生徒たちを危険にさらし申し訳ありません」
校長の謝罪に、エルヴィンは軽く手を挙げて制する。
「けが人は出なかったんだ。責任の所在よりも原因究明が先だ」
おお。
なんかいつもより顔がきりっとしてる。
こうして見ると、本当に王子様なんだよね。
ただなぁ。やっぱりお兄様を見比べちゃうとなぁ。
私は横目で隣に座るお兄様を見る。
はああ。やっぱり素敵。
月明かりの下で一層輝きを増す、一本一本が繊細な氷細工のような銀色の髪。
氷河のように美しく厳しいアイスブルーの瞳。
冬の夜空のような美貌は、普通の人には手が届かない遠い存在にも見える。
でも私に向ける瞳は冬の厳しさじゃなくて、暗い夜を照らす月のように優しく温かい。
こんなに素敵な人が私のお兄様だなんて、本当にこの世界に転生できて良かった。
って、危ない危ない。
うっとりしすぎて光りそうになる私から、膝の上で抱っこしているモコが魔力を吸ってくれた。
ありがとうね、モコ。
お礼の気持ちをこめて、その白い毛並みをなでなでしておく。
校長先生と隣の先生の目がモコに集まる。
元毛玉のモコが精霊だって申告してるから、その生態を調べたくて仕方がないんだろうなぁ。
でもダメです。
モコは私の大事な大事な相棒です。
研究のために渡したりなんか絶対にしません。
「結界に異常はありませんでしたか?」
声まで素敵なお兄様が聞くと、校長は額の汗をぬぐいながら答えた。
「結界が壊されておりました」
校長の言葉に、部屋の中に重い沈黙が満ちる。
貴族は魔力を持って生まれる。勇者アベルのように、ごく稀に平民にも魔力が発現することもあるけど、貴族と平民の違いは魔力の有無だ。
そしてその魔力の使い方を学ぶためにこの学園はある。
王侯貴族が通うからこそ、この学園の安全は完璧でなければならなかった。
でも、その安全神話が崩れた。
しかもそれを隠蔽しようとしても、フィオーナ姫がケルベロスの襲撃を知っている。
校長にしてみれば、学園存亡の危機である。
「変だね」
「ああ。おかしい」
お兄様とエルヴィンが揃って首を傾げる。
んん? どういうこと?
よく分かっていない私に気がついたお兄様が説明してくれる。
「学園の結界は王宮の結界と同じくらい頑丈なんだ。外から壊すのであれば王宮魔導師が十人以上は必要になる」
「十人以上……」
それだとおかしい。
魔王はまだ復活していなくて、それほどの魔力を持つ知性のある魔物は存在しないはずだ。
他国の攻撃もあり得ない。
工作員程度が結界を壊せるとは思えないし、王宮魔術師クラスが十人も入国して誰も気がつかないなんてことあるはずがない。
ちょっと待って。
お兄様は「外から壊すのであれば」って言っていた。
ということは、つまり。
「内側から破壊されていた……?」
学園の中に犯人がいる?
「そう考えるのが正解だと思う」
「くっそ。誰だよこんなことしたのは」
エルヴィンが行儀悪くテーブルの脚を蹴る。
お行儀悪いなぁ。お兄様と比べたら、どっちが王子様か分からないじゃない。
「は……それは、現在、調査中でして」
校長の言葉に、エルヴィンは舌打ちをする。
「結界の魔道具は校長室に置いてあるのですよね。とすれば、中に入れる人間は限られてくると思うのですが。結界の管理を担当されているブラウン先生は、不審な人物に心当たりはありませんか」
なるほど。
校長の横に座っている人は誰だろうと思ってたけど、結界の担当者だったのね。
この世界には防犯カメラとかないから、犯人を捕まえるのは大変そう。
結界の担当者はちょっと神経質そうな顔をしていた。
後でお兄様に聞いたら「呪い」専門の先生なんだって。
結界のある部屋には侵入者がいても呪いにかかるように、いくつかの罠が仕掛けてあるらしい。
その罠の管理をしているのがブラウン先生だ。
「それが特にないのです。罠も発動しておりませんでした」
つまり怪しい人物は結界の魔道具には近づいていないってこと?
だとすれば魔術師が十人いた?
「そこで結界が壊れた場所を見に行きましたら、歪みを発見しました」
「歪み……」
それは新たに魔物が発生する時に起きる現象だ。
じゃあたまたま結界のある場所で魔物が発生した?
そんなことあるのかな。
だったら最初からそう言えばいいのに。
それに、騎士団の練習場に現れたヘルケルベロスはどうなるんだろう。
偶然そこにも歪みが起こったなんてことがあるんだろうか。
「お兄様、騎士団に現れた魔物は、どうして現れたんですか?」
「そちらは召喚ミスだった。訓練用に弱い魔物を召喚して倒すことがあるんだけど、新人が召喚魔法を間違えて、強い魔物を呼んでしまったらしい」
うはぁ。
それって偶然に偶然が重なったってことか。
誰かの陰謀ってわけじゃなくて良かった。
ここにフィオーナ姫がいないから、もしかして今回の事件の黒幕かと思っちゃった。
王妃はエルヴィンを排除しようとしてるかもしれないけど、フィオーナ姫は関与してなくてホッとする。
よく考えたらエルヴィンを排除するのにケルベロスをけしかけるにしても、エルヴィンのいる騎士団の訓練場だけで良かったわけだから、自分も危険にさらす必要はないもんね。
そっか。
小説『グランアヴェール』のヒロインは、ちゃんとヒロインしてたんだ。
小説のフィオーナ姫の、お兄様を裏切るというイメージが強烈でどうしても警戒しちゃうんだけど、あまり小説の出来事にとらわれないようにしないと、今回みたいな突発的なことがあった時に正常な判断ができなくなる。
フィオーナ姫が敵か味方か。
それはこれから判断していけばいい。
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