第81話 ケルベロス襲来
静寂を切り裂くような轟音が講堂を揺さぶる。
窓ガラスは粉々に砕け散り、その破片が陽光を受けて虹色に輝きながら床へと舞い落ちてゆく。
それと同時に、すべての視線が窓へと向けられる。
「ケルベロス!」
恐怖に満ちた声で誰かが叫んだ。
そこには、ケルベロスが立っていた。
巨大な体躯は窓枠をはるかに超え、黒い体毛は闇そのもののように深く、その目は炎を灯したように赤く輝いている。
恐ろし気な三つの頭がそれぞれ異なる方向を見ていて、その口からは鋭い牙が見える。
牙の間からは、熱気をまき散らす息が漏れていた。
ケルベロスが一歩講堂内へと踏み入れると、床がその重みに耐えきれずに軋む音が響く。
ギシリ、と雷鳴のような不吉な音が響くたびに、ケルベロスの巨躯が動く。
圧倒的な存在感に誰しもが息を忘れて立ち尽くしていた。
ケルベロスは何かを探すように、ゆっくりと三つの頭を巡らせる。
赤い目が、まるですべてを見透かすかのように冷たく無慈悲に光った。
(ラン、こっちにケルベロスがきた!)
『防御を!』
(分かってる!)
私はケルベロスに向かって走りながら、ポケットに入れておいたお守りを取り出す。
それには『鉄壁』と刺繍してある。
「みんな、私の後ろに来て!」
お守りを盾のように掲げながらケルベロスに向かう。
三つの頭が同時に私を見た。
「レティシアさん!?」
マリアちゃんが後ろで叫ぶ声がするけど振り返らない。
三つの口から恐ろしいほどの威嚇の唸り声が響き渡り、その音が講堂全体を震わせた。
走り寄る私を敵認定したのか、ケルベロスは低く唸って前脚に力をこめたのが分かった。
(来る!)
飛び上がったケルベロスの影が、天井を覆いつくす。
空中に浮かび上がった巨躯は、まるで黒い雷雲のように見える。
背後でいくつもの悲鳴が上がった。
その悲鳴に、確かにケルベロスの赤い瞳が愉悦に歪む。
(怖い……。でも私がやらなきゃ)
この校外学習で、もし万が一ケルベロスが現れても倒せるように準備してきた。
頼もしいランはいない。
折り紙君一号もいない。
そして何より、最高で最強のお兄様がいない。
だけど私にはお兄様の魔力のこもった魔石をつけた指輪と、モコがいる。
だから……私がこの世界とお兄様を守る!
お守りを持つ手に、衝撃が走る。
お守りの効果で現れた透明な壁に、ケルベロスが激突したのだ。
「……っ」
私はすかさず二個目のお守りを取り出す。
一個目のお守りは左のポケットにしまった。
壁に弾かれたケルベロスは、一度大きく後ろに後退して、警戒するようにこっちを見ている。
(ラン、ケルベロスの倒し方を教えて)
『三体の頭を同時に切らないと倒せません』
ヘルケロベロスと一緒ってことだよね。
ここにいる戦力で倒せるかな……。
まさか結界に守られてる学園の中にケルベロスが現れるとは思わないから、お兄様も含めて、力の強い先生方はみんな襲撃された騎士団の練習場に行ってしまった。
残っているのは数人の先生と学生だけ。
でも、やるしかない。
(何か弱点はない?)
『弱点というほどでもありませんが、美しい歌を好みます』
(歌?)
いやそれ弱点じゃないよねって突っ込もうとして、思い留まった。
歌……。もしかしたら……。
「ケルベロスは三つの頭を同時に攻撃しないと倒せません。なんとか足止めをして、私が左の頭を切るので、残りの二つを先生がたでお願いします」
ケルベロスから目を離さないまま後ろの先生方に頼む。
特製の指輪には私とお兄様の魔力がこめられている。
それを使えば三つの頭の一つくらいなら倒せるだろう。
まだ学校が始まったばかりでどの先生が強いとか分からないけど、魔法学園の先生なんだもん。ケルベロスの頭の残りの二つくらい、楽勝だよね。
そう思ったんだけど。
「ケルベロスの体毛は魔法や剣をはじく。我々が力を合わせても、一体を攻撃するのがやっとだと思う」
先生の一人がそう言うのに、他の先生も同意する。
え、嘘でしょ。
だってお兄様なんてほぼ一人でヘルケルベロスを倒してるんだよ。
それより弱いケルベロスなんて、学園の先生なら楽勝じゃないの!?
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