第8話 助けて聖剣さん!
『我と話ができる者は久しぶりなのだ。娘、死ぬでない』
でも息ができないよ……。
『魔力を放出すれば良いのだ』
どうやって?
『非常事態だ、やむを得ん。我と仮の契約をするぞ』
仮契約って……婚約みたいなものかな。
それならいざとなったら破棄できそう。
『娘、汝の名を告げよ』
レティシア・ローゼンベルク……。
『それだけでは足らぬ。真名を寄越せ』
真名なんてそんな凄そうなもの、持ってないよ。
苦しい、助けて、お兄様……。
『そなたにはもう一つの名前があるはずだ』
もう一つって……前世の名前なら……。
桜井真奈……。
あ、まな、って音がかぶってる。凄い偶然。
私は全身を苛む苦しさから逃れるように、どうでもいい事を考える。
『レティシア・ローゼンベルク・桜井真奈、そなたを聖剣グランアヴェールの主と認め、ここに契約を結ぶ』
聖剣の宣言と共に、何かが繋がる感覚を覚える。
細い糸のようなそれに伝って、あふれ出そうになる魔力が流れる。
あ……なんだか楽になってきた……。
ありがとう聖剣さん。このご恩は忘れません。
あれ、でも契約しちゃったら、私が勇者になってしまうんじゃないの。
『実際に我を手に取っておらぬゆえ、仮、なのだ』
そっかー。
じゃあ安心かな。
朦朧としていた意識がゆっくりと覚醒する。
いつの間にか私は、お兄様の腕に抱かれていた。
……ここは天国ですか?
『お主、死にかけたというのに元気だな』
死をも凌駕するくらいお兄様が大好きです。
『断言しおった』
呆れたような聖剣は無視して、お兄様に神経を集中する。
お兄様のアイスブルーの瞳からぽろぽろと涙がこぼれている。
ああっ、何て事。
セリオス様を幸せにする会の会長だった私が、幸せにするどころか涙を流させているなんて。
「にーたま、ないちゃ、めっ」
幼児特有のころんとした指を伸ばして、綺麗な涙をすくい取る。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私がいまだにお兄様の顔に免疫がないせいで、死にかけました。
もう少しでお兄様のトラウマを作っちゃうところだった。
「良かった……。無事で良かった……」
お兄様はまるで壊れ物を扱うようにそっと私を抱きしめる。
(ねえ、聖剣さん)
『なんだ』
(もしかしたらなんだけど、本契約したら、今より発作が楽になる?)
もうこんな風にお兄様を悲しませたくない。
でも情けないけど、推しと一緒にいて興奮しないっていう自信がない。
『発作というのが魔力の膨張の事なら、我と繋がれば体に負担がかからぬようにはできるぞ』
(それはとってもありがたいけど……でも、そしたら私が聖剣の主になっちゃうんじゃないかな)
『光栄に思うが良い』
(でもそうすると、本物の勇者が現れた時に困るよね?)
『勇者か。以前の主も勇者であったが、どこぞで勇者が生まれておるのか?』
(えっ。知らない?)
『知らぬな』
(多分、近くの村で生まれてるはずだけど)
生まれたばっかりだから聖剣が知らないのかな。
『何やら勘違いしているようだが、勇者が必ずしも我の主となる訳ではないぞ。確かに先代の勇者は魔力が多く我と会話ができたゆえ主としたが、我は我と会話ができる者しか選ばぬ』
そういえば聖剣さんが、誰かとお喋りするのは久しぶりって言ってたっけ。
でもそうすると、勇者アベルはどうなるの?
魔王討伐は?
「レティは僕といる時の方が発作を起こしやすいと聞いた。……もう、会わない方がいいのかな……」
って、それよりもお兄様の発言の方が問題です!
もう会わないとか、それって私に死ねと言っているのと同じです。
せっかく発作を抑える薬の代わりができたのですから、そんな事言わないでください。
『薬の代わりとは、我か……?』
不満そうな聖剣の言葉は無視して、お兄様にくっつく。
「レチーはにーたまがだいしゅきです。毎日会いたいでしゅ!」
もう発作は起こさないから、そんな事言わないでください。
私は全身でお兄様にしがみついた。
「にーたまはレチーが嫌いでしゅか?」
「そんな事、ある訳ないだろう。でも……」
「だいじょぶでしゅ。もうたおれまちぇん」
「お母様に続いてレティまで失ってしまったら僕は……」
「ちにまちぇん! 絶対でしゅ!」
モコだけじゃなくて聖剣っていう強い味方ができたから、これからは大丈夫なはず。
そして聖剣のある場所を教えてもらって黄金のリコリスを手に入れれば、魔力過多も治る。
だから安心してください、お兄様!
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