第79話 エルヴィンの行方
「ケルベロスはどこに現れたんですか」
アベルの後ろから聞くと、先生はなんでそんなことを知りたいのかというように私を見た。
でも特徴のあるピンクブロンドの髪色を見て、私がレティシア・ローゼンベルクだということが分かったのか、ていねいに答えてくれた。
「王都の東のはずれだ。ちょうど騎士団の訓練場があるあたりだな」
東のはずれ……。
それなら貴族街とは離れてるから、我が家は無事ね。
だけど、そういえばエルヴィンが今度騎士団に視察に行くとか言ってなかったっけ。
あれはいつ?
今日……?
私は何か知っていないだろうかと、思わずフィオーナ姫のほうを向いた。
精巧な人形のように整ったフィオーナ姫の顔には心配とか焦りとか、そういった感情は何も浮かんでいない。
例の事件以来エルヴィンは王妃と疎遠になってるから、兄妹とはいえ、あんまり交流してなくてエルヴィンが今日どこにいるのかも知らないんだろうなぁ。
黄金のリコリスを探しに行く旅の途中で、私たちは何度も襲撃を受けた。
王太子のエルヴィンも、王国で王族に次ぐ権力を持つローゼンベルクの嫡男であるお兄様も、狙われる理由は山ほどある。
ただ襲撃してきた騎士くずれが、エルヴィンが実の母親のように慕っていた継母である王妃の侍女の家に仕えていた元騎士ということで、王妃が関与した可能性が出てきた。
王国では女子の王位継承権は男子の後になるから、王妃の一人娘のフィオーナ姫が王位に就くのは難しい。
小説ではなぜかフィオーナ姫と結婚したアベルが王様になってたけど、それは魔王との戦いによって王位を継げるのがフィオーナ姫だけになったからだ。
まだ魔王が復活しておらず、エルヴィン以外にも男子の王族がいる状況で、王妃がエルヴィンの命を狙う理由がない。
ないんだけれども、王妃の仕業じゃないってことも言いきれなくて、ずっとモヤモヤしてるのが現状だ。
王妃の手先で、お父様の後妻になるのを狙って私を殺そうとした侍女のミランダがいれば、何か分かったのかもしれないけど、旅から戻ってきた時には行方不明になっちゃってたんだよね。
とかげのしっぽ切りで王妃に見捨てられたんだろうから、もう生きてないんじゃないかなって気がしてる。
先生はそれ以上の情報を知らなくて、すぐに森のほうへ駆けだしていった。
「学園の中は安全だろうけど、校舎の中で待機していよう」
アベルはいつでも剣を抜けるように柄に手をかけながら、緊張した様子で私たちをうながした。
私とマリアちゃんとフィオーナ姫は戦いに向いてないから、足手まといにならないように素早く校舎を目指す。
そこへ待機していたフィオーナ姫の護衛らしき人たちが走ってきた。
「姫、ご無事ですか」
「ええ。心配いりません」
護衛の人たちは私たちには目もくれず、フィオーナ姫の前に立つ。
「我々が護衛いたしますので、至急王宮へお戻りください」
「でも先生は学園の中の方が安全だとおっしゃっていたわ」
「それはそうなのですが……」
言いよどんだ様子の護衛は、そっとフィオーナ姫の耳に顔を寄せて何ごとかささやく。
フィオーナ姫は「分かりました」と言って、護衛たちと去って行った。
「……何かあったのかな」
その背を厳しい目で見るアベルが、顎に手を当てた。
どうやらこの世界では、二人の間に特別な感情は存在しないらしい。
むしろ、どっちかっていうと、塩対応じゃないかな。
って、それどころじゃない。
エルヴィンは無事なの!?
(ラン、魔王はまだ復活してないのよね?)
指輪に擬態しているランに尋ねると、肯定が返ってきた。
小説では魔王が復活した後にケルベロスが現れたから、てっきり勇者がまだ弱いうちに殺そうとしたんだと思ってた。
でも魔王は全然関係ないんだとしたら。
最初からエルヴィンを狙っていたんだとしたら。
校外学習にはアベルとお兄様だけじゃなく、エルヴィンもいたはず。
「折り紙君一号、エルヴィンの所へ飛んで!」
私は急いでポケットから折り紙君一号を取り出した。
校外学習でケルベロスが襲ってきても大丈夫なように、スペシャルバージョンにしてある。
エルヴィンにもお守りをたっぷり渡してるし、騎士団の人たちもいるから大丈夫だとは思うけど、相手はケルベロスだ。
どうか、エルヴィンを守って!
願いをこめて折り紙君一号を飛ばす。
白い折り鶴が、青い空に飛んで消えていった。
「レティ!」
世界で一番頼りになる人の声に振り向く。
「お兄様!」
銀色の髪を乱し、息を切らせて走ってきたお兄様が、私たちの姿を見て安心したように息を吐いた。
「良かった。無事だね」
「学園には結界が張ってあるので、大丈夫です。それよりもエル様が……」
「聞いたよ、騎士団の訓練場にケルベロスが現れたそうだね。僕もこれから向かおうと思う」
やっぱり……。
お兄様ならそう言うと思ってた。
「お兄様、これを」
私ははめていた指輪をはずしてお兄様に渡す。
「これは……」
ただの指輪じゃない。聖剣だ。
(ラン。契約者たる私が命じます。お兄様の剣となって敵を屠りなさい)
『承知いたしました』
聖剣の低い声が耳を打つ。
ラン、お兄様とエルヴィンをお願いね!
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