第62話 幻の妖精姫
それに前世庶民の私に、生粋の貴族のお嬢様のお友達は無理すぎる。
一応、王太子のエルヴィンの婚約者だからそれなりに勉強はしてるけど、今まではいつ発作が起きるのか分からなかったから、王宮に行って妃教育を受けるなんていうことはしていない。
私としては、エルヴィンが本当に好きな人を見つけたらいつでも婚約解消するつもりだし。
もっとも、魔力過多が治ったってことで、そろそろ王宮でのお勉強が始まるらしい。
それはそれで、王宮で働いているお兄様と少しでも会う機会が増えるからいいかもしれないと思ってる。
「レティシア様はあまり社交に出ていらっしゃらなかったから、幻の妖精姫と噂されておりましたのよ」
マボロシノヨウセイヒメって誰ですか……。
確かに私は体が弱くて全然社交とかはしてこなかった。
仮にも王太子の婚約者が一切社交に出ないっていうのは、普通はあり得ない。
私がローゼンベルク家の一員だからってことを抜きにしても、そこには何らかの政治的意図があるんだろうなぁと思う。
たとえば、あんまり王太子に力を持ってもらいたくない誰かとかね。
「そうですね、今までは体が弱かったので中々社交に出れませんでしたが、魔力過多も完治したので、これからは少しずつ参加していきたいと思っておりますの」
「魔力過多が完治なさったなんて、本当に素晴らしいですわ。今までは不治の病でしたものね」
ドリスさんが扇を口に当てながら、大げさにほめる。
扇は、白い羽が何枚も重なっている、いわゆるお嬢様仕様の羽のものだ。
多分、扇子と同じくらいの大きさだから、舞踏会用じゃなくて学校用の小さいタイプの扇子だと思う。
でもこれ、ずっと持ってるの大変だけど、どうしてるんだろう。
もしかして暗器みたいにスカートのベルトに差して持ち歩いてるのかな、と思って他の二人を見ると、二人とも手に持ってた。
もしかして淑女の必需品なのかもしれない。
私はずっと持ってるなんて邪魔だから嫌だけど。
「社交に不慣れでしょうから、ぜひ私どもにお手伝いさせてくださいませ」
ドリスさんはにこにこと、いかにも私は親切です、という顔で私を見ている。
その完璧までの微笑みに、ああ、とっても貴族らしい人だなぁと思う。
なんていうか、気のせいかもしれないけど、目が笑ってないんだよね、目が。
私としては、もーちょっと庶民寄りの人の方が安心して付きあえるんだけどなぁ。
あと、お兄様目当てで私と仲良くなろうとしてるのが見え見えで引く。
そりゃあお兄様はカッコイイし完璧だから狙うのも無理はないけど、でも私をダシにしてお兄様に近づこうっていうのは、一番悪手だよ。
そもそも我が家でお茶会を開いたとして「敵は外」のお札を貼ってる我が家の扉をくぐれるんだろうか。
我が家にとっての敵じゃないけど、わたしにとっての敵になるからね。
だってお兄様の中身を好きになってくれたわけじゃなくて、見た目とか地位とか、そんなのしか見てない人なんて私の敵以外の何者でもない。
だから扉をくぐれないはず。
だったら一生お兄様は独身じゃないとダメなのかって言われると、別にそんなことはない。
お兄様が本当に愛する人ができたら、喜んで……は、無理だろうけど、泣く泣く認めるつもりではある。
凄く泣くだろうけど。
心の中で血の涙を流すと思うけど。
だってお兄様は私の最推しだから、世界で一番幸せになってほしいんだもの。
「まずは学校に慣れるのが一番だと思っておりますの」
私はドリスさんがどんな返事を期待してるか分かっていながら、サクっと無視した。
えー、だって、お友達になるならもっと素直な可愛い子がいいもん。
こういう腹の探り合いばっかりする友達付き合いって、ちょっと無理。
表面上の付き合いも確かに必要だけど、学生の間はお友達を選ぶのも好きにしていいって、お父様とお兄様に言われたもの。
だからこういういかにもお兄様目当てです、っていう人じゃなくて、本当に気の合う友達が欲しい。
そんな人がいないかなぁ。
さりげなーくクラスの中を見回してみる。
みんな、私たちのやり取りが気になるけど、じっと見ると不躾だと思うのか、さりげなーく視線をずらしている。
うーん。分からないね、これは。
まあそのうち気の合う友達ができるでしょう。
そう思って、そのまま彼女たちをスルーして席に着こうとしたら、誰かが肩にぶつかってきた。
同級生たちより体の小さい私は、軽くぶつかられただけでも転びそうになる。
「すっ、すみません」
しかも当たった感触がなんか柔らかい。
これは肩同士がぶつかったんじゃなくて、私の肩と相手の胸が当たったみたい。
えー、誰よ。こんなに羨ましい胸の持ち主は。
ちゃんと前を見てよね、と文句を言おうと思って顔を上げると、ちょっとたれ目の青い瞳が焦って私を見降ろしている。
あれ?
なんかこのたれ目には見覚えがある。
誰だっけ……?
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