第51話 幸せをかみしめて
アベルとは、結局ちゃんと顔を合わせないまま、私たちは王都へ戻った。
今のうちにお兄様と仲良くなったほうがいいのかなとも思ったけど、村長の息子とかならともかく村のはずれに住んでる子だから、とにかく接点がなかったのよね。
残念だけど、勇者として覚醒したら王都にやってくるだろうから、その時に仲良くなれればいいなぁ。
その前に、魔力過多が完治する治療薬を作らなくちゃいけないんだけど。
とりあえずランが保管してくれた黄金のリコリスは温室で育っている。
根っこから芽が出て増えていく性質らしく、ランの魔力を浴びて順調に数が増えていっている。
ロバート先生はさっそくその花粉を使って、色々と研究を始めたようだ。
お薬の完成まで、がんばってくださいね!
「レティ、また絵を描いているの?」
「見てくださいお兄様。黄金のリコリスとお兄様です」
ドヤ顔で見せたのは、金色の野に降り立つ青き衣……ではなく、黄金のリコリスの花園でたたずむ麗しのお兄様の絵だ。
信者にとって推しの絵は、崇拝の対象であり、命の源である。
もちろん私には、実物のお兄様をすぐ横で見られるという幸運が与えられている。
でも四六時中べったり一緒というわけにはいかない。
いや、もちろんわたしは大歓迎なんだけど、公爵家の嫡男であるお兄様には座学とか剣術の稽古とか色々あるから、それは不可能だ。
そこでお兄様の絵を肌身離さず持っていようと思ったんだけど……。
レオナルド・ダヴィンチかミケランジェロなら何とか及第点を取れそうだけど、中世ヨーロッパの肖像画みたいな重厚な雰囲気の絵では、お兄様の素敵さをうまく表現できなかった。
そこで、自分で描いてみることにしたのだ。
前世でもちょこっとだけファンアートらしきものを描いたことはあるけど、ちゃんとした絵を描いたことはない。
だけど推しに捧げる愛のためには、どんな努力も惜しまないのが真のファンというもの。
そう思った私はこの世界で目覚めてからずっとお兄様の絵を描き続けてきた。
いわばお兄様の絵のマイスターである。
もちろん最初は鉛筆も持てなかったからクレヨンからのスタートで、あんまりうまく描けなかった。
でも描けば描くほど絵は上手になっていって、お兄様の素晴らしさを少しずつ表現できるようになると、描くのが楽しくなってきた。
やがて鉛筆での素描に慣れてきてからは、もっぱら水彩画を描いている。
鉛筆で描いた線に薄く絵の具で色をつけていく作業は、なんていうか、白と黒だけのお兄様がラスボスになってしまうしかない世界に、鮮やかな色がついていって優しい世界に変化していくような気持になるのだ。
「また僕の絵を描いたの?」
「もちろんです」
なんといってもお兄様マイスターですから。
あ、でもたまには違うのも描きますよ。
「こっちはモコです」
青い空の下で咲く、満開の黄金のリコリス。その中で花の香りを楽しむ、白くて丸い小さなモコの絵を見せる。
今の耳としっぽのついた子犬っぽい姿も可愛いけど、コロコロした毛玉はとても可愛らしい。
「可愛く描けているね」
「ありがとうございます!」
お兄様に褒められるのは、どんな時だってとても嬉しい。
私が嬉しいとモコも嬉しくなるのか、絵の具をのせたパレットの横で、もふもふしたしっぽをブンブン振っている。
「こっちはまだ下書きなんですけど、聖剣を持ったお兄様です」
聖剣グランアヴェールは、今は人間に変化して私専用の執事になって控えてるけど、剣の姿はカッコイイ。
だから一度、聖剣を構えたお兄様の絵を描いてみたかったのだ。
執事姿のランは契約者以外が持つ絵に難色を示していたけど、私がカッコよく描くからと言って説得した。
「でも、これじゃ寂しいよ」
そう言ってお兄様は鉛筆を手に取った。
「ちょっと描き足してもいいかな?」
「もちろんです」
わぁ。お兄様の絵!
もしやこれは合作というのでは。
一生モノの家宝にします!
お兄様は迷いのない手つきで絵を描いていく。
これは……もしかして……。
「私、ですか?」
「うん。いつも僕一人じゃ、寂しいだろう?」
剣を手にしたお兄様の隣に、モコを抱いた私が立っている。
私とお兄様とモコと聖剣。
この世界に転生して得た、大切な私の家族たちだ。
私は幸せにほっこりしながらも、お兄様から鉛筆を受け取って、白い紙の端っこに、小さくお父様の絵を描き加える。
「これで家族が全員集合しました」
「本当だ」
お兄様と私は、目を見合わせて笑う。
幸せで幸せで、胸が切なくなる。
こんな日々がずっと続けばいいと思う。
もうすぐお兄様は学園へと通い始める。
そしてその二年後には勇者アベルとフィオーナ姫が入学してくる。
小説の物語が始まるまでは時間があるけど、お兄様をラスボスにさせないために精一杯努力しよう。
そしてお兄様の幸せそうな笑顔を、永遠に守るのだ。
まずは、魔力過多の特効薬の完成からかな。
私の死亡フラグを叩き折って、絶対にお兄様をラスボスなんかにさせないんだから。
「お兄様」
「なんだい」
「私、お兄様が大好きです」
「僕もだよ、レティ」
鉛筆を置いて、お兄様に抱き着く。
お兄様の腕の中で、私はこの上ない幸せを感じていた。
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