第50話 勇者アベル
どうやらお兄様は、契約者じゃないのにもかかわらず聖剣を服従させちゃったみたい。
さすがお兄様。
三日間ほど私が眠っている間に、ランは完璧な執事になっていた。
「襲撃者たちはどうなったんですか?」
「暗殺専門の傭兵集団だったみたいだね。生き残りはエルヴィンたちがこの先の街まで連行しているよ」
生き残った者たちは、ここの領主であるヘル子爵の依頼だって証言してるみたいだから、後の事はお父様とお兄様にお任せしようと思う。
きっとこれでヘル子爵家はお取り潰しになってしまうだろうから、小説でお兄様に意地悪ばかりしていたミランダ・ヘルがお父様の後妻になる未来もなくなって良かった。
お兄様がいてフェンリルになったモコがいて、そして聖剣ランがいる。
魔力過多の特効薬もできそうだし、学園に入学する前に私が死んでしまう未来は避けられたはず。
小説とは全然違う展開になったけど、これでお兄様がラスボスになって勇者に倒される未来はない。
「勇者といえば……この村にいるんじゃないっけ」
村長に話があると言って部屋を出ていったお兄様のいない間に、ランに確認してみる。
「ああ、以前お嬢様がおっしゃっていた子供ですか? 大地の女神レカーテの祝福を受けた子供は見当たらないですね」
確かアベルは村のはずれに母親と一緒に住んでいたはず。
父親は出稼ぎで傭兵のような事をしていて、あまり家にはいなかった。
って、傭兵……!?
もしかして私たちを襲撃してきた中にアベルの父親がいたりしないよね。
さすがに暗殺専門の傭兵集団には入っていないと思いたい。
心配になって、こっそりランに確認してきてもらった。
アベルの父親は暗殺集団の一員じゃなかった。
良かった~。
でもやっぱり小説の主人公だしって事で、体調が戻ってから、お兄様のいない時にランと一緒にこっそり様子を見に行ってみた。
勇者の生家は、村のはずれにポツンと建っていた。
小さいけれど手入れの行き届いた赤い屋根の家で、庭には白に金の縁取りのリコリスの花が咲いている。
「ラン、あれって黄金のリコリスのなりかけ?」
「私の魔力が漏れ出て変異したのかもしれませんね」
本来のリコリスの花は白に赤い縁取りがある。
でもここに咲いている花はランの魔力の影響を受けて、金色の縁取りに変わっていた。
「そっか。だからアベルは魔力過多でも死なずにすんだんだ……」
私と同じ魔力過多なら、小さい頃から発作に苦しめられたはずだ。
そして成長すればするだけ、その発作はひどくなる。
私の場合はロバート先生が発作を抑える飴を開発してくれたから何とかなったけど、本来であればベッドから起き上がる事も出来ず、学園に入学する前に発作で死んでいた。
アベルだってそうなるはずだった。
でも小説では、確かにアベルは発作を起こす事があったけど、一晩寝たら治っていたっていう描写があった。
私と違って、祝福された勇者だからなんだろうと思ってたけど、ランが言うにはまだ祝福を受けてはいない。
なのにどうして魔力過多の発作を抑える事ができたんだろうと不思議だったけど、黄金のリコリスもどきがあるんだったら納得だ。
きっとこの花の影響で、発作を抑えられているからに違いない。
アベルが聖剣と出会うはずの大きな魔力過多の発作を起こすのは、小説で私が死ぬのと同じ頃だけど、私が聖剣の契約者になってしまった以上、聖剣の力で発作を抑える事はできない。
でも黄金のリコリスが手に入ったから、アベルが発作を起こす前には治療薬が完成するから大丈夫だよね。
「あとは聖剣の代わりをどうするか……」
「それなら――」
何か言いかけたランが、急に口をつぐんで近くの木に私を連れて隠れた。
もしかして、と思いながらドキドキして小さな家のドアを見ていると、そこから金髪の少年が現れる。
素朴で清潔そうな服を着た少年は、家の中に向かって「マリアと遊んでくる」と言ってからドアを閉めた。
そして弾むような足取りで村の方へと走っていく。
ここからはよく見えないけど、少年の瞳は琥珀色で、そこに金が混じるような特別な色をしてるのだろう。
彼が、小説『グランアヴェール』の主役、勇者アベルだ。
もちろんここが小説『グランアヴェール』の世界なのは確かで、ラスボスになるはずだったお兄様とか王太子のエルヴィンとかの登場人物が実在しているのは理解してた。
でも、こうして目の前にいる主役のアベルの存在は、私により一層、ここが小説の世界だという事を実感させる。
お兄様の親友になり、お兄様の婚約者を奪い、お兄様を殺す勇者アベル。
小説の大ファンだった私は、主人公を見られて嬉しい気持ちと、あの少年がいつかお兄様を殺してしまうのではないかと恐れる気持ちがごちゃ混ぜになってしまう。
いずれアベルは勇者としてお兄様の前に現れる。
その時に、二人の関係はどうなるのだろう。
そして魔王討伐は――。
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