第49話 モコはただの毛玉ではありませんでした
目が覚めたら、目の前にこの世の物とは思われぬ絶世の美貌がありました。
あれ? これって前にもあったような……。
そうだ。この世界で初めて目が覚めた時と同じだ。
けぶるような銀色のまつ毛の下のアイスブルーの瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
ああ、神様。ここは天国ですか……?
「レティ、目が覚めたのかい」
名前を呼びかけられて、お兄様に魅了されていた私は、ハッと我に返った。
「お兄様、怪我は――」
思いっきり起き上がろうとしたけど、起き上がれない。
でも伸ばした手は、しっかりお兄様がつかんでくれた。
そしてぎゅっと抱きしめられる。
「良かった……。本当に良かった」
耳元で聞こえる声が震えていた。
お兄様、それは私のセリフです。
「お兄様も大丈夫なのですか?」
モコが助けてくれたといっても、死にそうなほどの怪我を負っていたのには変わりがない。
私はお兄様から少し離れて、その体をペタペタと触って無事を確かめる。
柔らかい微笑みを浮かべているお兄様は、私のするままにされていた。
「レティとモコのおかげで、傷一つないよ」
お兄様はそう言ってベッドの横にいるモコを持ち上げて私の膝の上に置いてくれた。
白いまん丸の毛玉だったモコは、耳としっぽと足が生えて、まるで子犬のような姿になっていて更に可愛くモフモフになっている。
犬種で言うと、スピッツかな。ただ、しっぽは狐に似ていて魅惑のモフモフになっていた。
え、何この手触り。
一生モフモフできそうなんですけど。
「モコ、ありがとう」
モコの頭をなでてあげると、しっぽが揺れた。
相変わらず無口だけど、これからはしっぽを見るとモコの気持ちが分かりやすくなりそう。
「お兄様にお怪我がなくて本当に良かったです」
大理石でできたような白く滑らかなお兄様のお肌に、傷が一つでもついたら全世界の損失だもんね。
本当にモコのおかげです。
ありがとうありがとう!
「レティの方が魔力暴発を起こして大変だったんだよ」
いや、だってあの時は、お兄様が死んでしまったのかと……。
だからお兄様がいないこの世界なんて、滅んでしまえばいいと思った。
その気持ちは今も変わらない。
だってお兄様より大切なものなんて何もないもの。
たとえお兄様がラスボスになってしまったとしても、私は世界よりお兄様を取る。
……これってもしかして、私も物語の悪役っぽい考え方になっちゃってるかも。
もし万が一お兄様がラスボスになってしまったら、私はラスボスの妹としてお兄様を支えよう。
もちろん、お兄様をラスボスにしないのが一番なんだけどね。
「その魔力でモコがフェンリルに進化して僕を助けてくれたんだ」
「フェンリル?」
え、フェンリルってあの、神獣とも呼ばれているフェンリル?
そこから先の説明は、聞いた事のない話だった。
高い魔力のある場所で発生する毛玉は、言うなれば卵のようなもので、魔力を与えるとドラゴンかフェンリルに進化するらしい。
強さを求めるならドラゴンに。
癒しを求めるならフェンリルに進化する。
ただし途方もない魔力を与えないと進化しないから、ドラゴンくらいしか毛玉を進化させられない。
そしてドラゴンは癒しなんか求めないので、毛玉はドラゴンにしか進化しない。
つまりモコは今この世界で生きている、唯一のフェンリルになるのだそうだ。
あんなちっちゃい、まっくろくろたろうの白いバージョンみたいな子が、まさかフェンリルの卵だっただなんて……。
小説を読んでいてこの世界の事をある程度知ってるつもりだったけど、まだまだ知らない事も多いんだなぁ。
そうだよね。
だって本来は勇者アベルが手に入れるはずだった黄金のリコリスも、聖剣だって、もう私が手に入れてしまったんだもの。
ロバート先生にお願いして特効薬が作れれば、もう魔力過多で命を落とす子供はいなくなるはず。
……勇者っていえば、この村ってもしかして勇者が生まれた村だったりして。
もし琥珀色に金が混じる珍しい瞳を持つ少年がいたらビンゴなんだけど、いるのかな。
そこで部屋を見回した私は、聖剣のランがいるのに気がついた。
ええっ、あんなに自己主張が激しい聖剣が、今まで部屋の隅でじっとしてたの!?
ど、どうなってるの?
「お嬢様、水をどうぞ」
しかも完璧な執事になってる!
私は呆然としながら、ランからコップに入った水をもらった。
あ、冷たくておいしい。
「セリオス様が冷やしてくださいました」
しかもお兄様を「様」つけで呼んでる。
どういう事――?
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