第43話 再びの襲撃
軽いめまいがする。
思わずつぶってしまった目を開けると、そこは戦いの場だった。
公爵家とエルヴィンの連れてきた護衛たちが、正体不明の襲撃者たちと戦っている。
私はふわふわと飛んで来たモコを抱きしめて、辺りを見回す。
見る限り、多少の怪我はしているものの、殺された人はいないみたいで安心する。
「何があった」
お兄様の問いに、襲撃者と交戦していた護衛の一人が答える。
「いきなり攻撃を受けました。相手は手練れかと思われます」
「応戦する。護衛たちはエルヴィンを守れ」
「承知いたしました」
そうだよね。なんといってもエルヴィンはこの国の王太子だ。
こんなところで何かあったら、ローゼンベルク家が責任を追及されてしまう。
無理やりついてきたなんて言い訳は通用しない。
幸い、襲撃者たちの中に魔法使いはいないみたいだ。
これなら何とか勝てるかもしれない。
なんといっても、こっちには最強のラスボスになるお兄様と聖剣グランアヴェールがいるのだから。
お兄様は、すうっと目を細めて我が家の護衛たちに襲い掛かっているものたちに向かって右手を掲げる。
「凍てつけ」
まだ声変わりをしていないお兄様の少し高めの声が、冷たい響きを伴って襲撃者たちに向かう。
すると指の先から、鋭い氷の矢が放たれた。
そんな事している場合じゃないのに、その光景の美しさに見とれてしまった。
お兄様の白銀の髪が風にあおられ頬にかかる。
アイスブルーの瞳は、放たれた氷の矢よりも玲瓏とした冷たさをはらんでいた。
か……かっこいいです、お兄様!
思わず胸の前で手を組んで拝みそうになってしまったけれど、今はそんな事をしている場合じゃない。
「ラン、あの人たちをどうにかできない?」
勇者じゃない私には、聖剣を手にして悪者を退治する事なんてできない。
でもきっと、何かできるはず。
「我は人にあらず。ゆえに――」
「レティ!」
お兄様の声と同時に飛んできた矢を、ランが腕ではらう。
本体が聖剣だからか、腕に当たった矢は、刺さる事なく弾かれていった。
「人の武器では我は傷つかぬ」
そう言ってランは唇の端を上げる。
「ああ、この喋り方ではお主の側に置いておけぬとお主の兄に言われたのであった。なかなか執事の喋り方というのは難しい」
そう言いながらも、ランは片手で羽虫を払うように飛んでくる矢を叩き落とす。
「私が守れるのは契約者だけだが、聖剣の誇りにかけて決して傷つけさせたりはしない」
そしてお兄様に向かって声を張り上げた。
「お嬢様は私が守ります。セリオス様はご自分の身をお守りください」
「レティを頼む!」
そう叫んだお兄様は、降り注ぐ矢をよけながら、氷の矢を放って応戦する。
その時、お兄様の後ろにもう一人の襲撃者が。
手には長い杖のようなものを持っている。
魔法使いだ!
「お兄様、後ろ――!」
振り返ったお兄様に風の刃が襲いかかる。
お兄様は氷の盾でそれを難なく防いだ。
でも魔法使いは一人じゃなかった。
三人の魔法使いが詠唱を合わせて強大な魔法を発動させようとしている。
空が渦を巻いて竜巻になる。
そして三人の持つ杖が同時に振り下ろされた。
「お兄様―!」
竜巻がお兄様を襲う。
耐え切れずに氷の盾にひびが入り、パリンと不吉な音を立てて割れる。
竜巻は、狙い違わずお兄様の胸を貫いた。
「いやあああああああっっっっっ!」
お兄様は一瞬私のほうに顔を向ける。
私にだけ優しい色をたたえるアイスブルーの瞳が、私の姿をとらえて切なげに瞬く。
ごめん。
唇がそう呟いた気がした。
そして、ゆっくりとその体がくずおれていく。
まるで小説「グランアヴェール」で、ラスボスお兄様が勇者に倒された、あの最後の場面のように。
「お兄様――――っ!」
目の前が赤く染まる。
それはお兄様の体から流れる血なのか、それとも。
「ああああああああああぁぁぁぁぁっっ!」
体の中の魔力がどんどんふくらんでいく。
荒れ狂う嵐のようなそれは、出口を求めさまよう。
お兄様が死んでしまった。
私の大好きなお兄様が。
こんな所で死ぬはずがないのに。
私がこんな所へ行きたいと言わなければ……。
そうすればお兄様は死ななかったはずなのに。
全部、全部、私のせい。
私さえいなければ――。
「娘、抑えよ! 魔力が暴走する。世界が滅ぶぞ!」
世界が……滅ぶ……?
でも、それなら……。
それなら……。
そうだ。
お兄様のいない世界なんて……。
滅んでしまえばいい。
そうして私は、体の中を渦巻く嵐を解き放った。
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