第42話 絶望と少しの希望と
とりあえず黄金のリコリスをそのまま採取してみる。
黄金の花粉ごと一株すくってみると、なんと根っこが隣の花と繋がっていた。
「もしかしたら、これ全部が繋がってる……?」
とても両手では抱えきれないほどの黄金のリコリスを、どうやって持って帰ればいいんだろう。
小説ではどうしてたっけ。確か一輪だけ持って帰っていたはずだけど……。
「それだけ持って帰りたいのか? だったらこうすればいいだろ」
横にいたエルヴィンが、持っていた剣でリコリスの根を切ろうとする。
え、ちょっと。いきなり何するの?
ここにあるのは普通のリコリスじゃないんだってば!
「待って!」
制止もかなわず、エルヴィンが黄金のリコリスの根に剣を入れる。
ザクリ、と音を立てて断ち切られた根は、私の目の前で瞬く間に黒ずんで枯れてしまう。
「な、なんだ!?」
驚くエルヴィンの横で、私は呆然と目の前の光景を見つめるしかない。
まるで波のように、エルヴィンが切ったところから、連鎖するかのように黄金のリコリスが枯れていく。
金色の絨毯が、瞬く間に黒く浸食されていくのを、ただ見つめるしかない。
「え……? なんでだ? だって母上のリコリスもこうやって持ってきたのに……」
エルヴィンの震える声が耳に入る。
でも私は、目の前の光景が信じられなくて、ただひたすらに立ちすくむしかない。
だって、こんなの原作には書いてなかった。
確かにどうやって切り取ったかとか書いてなかったけど、それでもこんな風に枯れてしまったなんて描写は……。
私はおそるおそる手の平に目を落とす。
そこには一株だけ、黄金のリコリスが残っている。
良かった……!
本当に良かった!
でもこの一株だけで、魔力過多の特効薬が作れるんだろうか……。
やっぱり私は、学園に入学する前に死んでしまう運命なのだろうか。
「ごめん、レティシア。俺は、とんでもない事を……」
謝るエルヴィンの声に応える気力がない。
私は思わずお兄様の姿を探す。
聖剣と一緒に隅に行っていたお兄様が駆けてくるのが分かる。
「レティ!」
「お兄様……リコリスが……」
震える手でたった一株残った黄金のリコリスの花を差し出す。
お兄様は私の両手を包んでくれた。その暖かさにホッとする。
「大丈夫だ。絶対に特効薬は作るから、大丈夫だよ」
……お兄様に言われると、希望が湧いてくる。
だってお兄様は、私には絶対に嘘をつかないもの。
だから、だから……。
あふれる涙をそのままに見上げると、お兄様が美しい唇をきつく噛みしめていた。
その時、急に足元が揺れた。
「まずい、磁場が崩れる。外に出るぞ」
聖剣ランが、ひょいと私を後ろから抱え込んだ。
ランの後ろに、ガラガラと崩れていく洞窟が見える。
「急げ!」
お兄様が声をかけると、枯れた黄金のリコリスの中で膝をついていたエルヴィンも、イアンに手を引かれて立ち上がったのが見えた。
不安と期待に包まれながらやってきた道を、絶望とほんの少しの希望を覚えながら戻っていく。
入口の、少し広い場所まで来ると、狭い通路はすっかり落石で埋まってしまっていた。
黄金のリコリスの群生と一緒に。
「これだけしか、残らなかった……」
「これは我が預かっておく。枯らしはせぬゆえ、安心するがよい」
ランが手をかざすと、黄金のリコリスは消えてしまった。
大切なリコリスが――!
でも、見上げたランの顔は少しも焦っていなかった。
それに聖剣だった時も、ランはずっと私を助けてくれた。
だから、お兄様だけじゃなくて、ランも信じる。
「うん。お願い」
「任された」
ランは私を見下ろしてフッと笑った。
「さて、このまま外に出ても良いが、ちとわずらわしいぞ」
「どういう事?」
思わず聞き返すと、ランは何でもない事のように答えた。
「上で何やら人が戦っておる」
戦ってる?
もしかして、来る途中に襲ってきた奴らみたいなのがまた襲ってきた?
お兄様はすぐに氷の階段へ向かおうとした。
「待て。弓で狙われておる」
「撃退するから問題ない」
「それよりも良い方法がある」
ランはにっこり笑って私を見下ろした。
「お嬢様の魔力を使って転移いたしましょう」
突然執事口調になったランは、私たち全員を地上に転移させた。
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