第23話 この世界に聖女なんていたのね
小説には出てこなかった設定だけど、この世界には「聖女」がいるらしい。
基本的に病気や怪我を治すのは回復魔術師の役割だ。学園で回復魔力に適性のあった者が就く職業で、報酬も良いから人気なのだとか。
回復魔術師が治せるのは主に怪我だ。
病気となると、こちらは薬師の出番になる。
そして魔物などに傷つけられた瘴気を伴う怪我は、修行を積んだ神官にしか治せない。
だが怪我も病気も瘴気も癒せる存在がいる。
それが「聖女」だ。
「でもそれがどうしたんですか?」
だいぶ顔色の良くなったお父様が眠っているベッドの横で、私はお兄様に膝抱っこされながら話を聞いていた。
膝抱っこ!
聖剣とモコがいなかったら、危なく虹の橋を渡るところだった。
危ない……。
「レティがお守りをくれただろう?」
「役に立ちましたか?」
お父様の怪我にも効いたんだから、何か効力があったのかな。
そうだったら、とても嬉しい。
「王都を出て街道に出るとすぐに灰色オオカミの襲撃を受けた。本来ならもっと王都から離れた場所をなわばりにしていて、普段は群れからはぐれた個体が稀に街道沿いに現れるくらいだ。多少腕の立つ冒険者であれば、一人でも討伐に苦労する事はない。ローゼンベルクの騎士団であれば、何の危険もないはずだった」
灰色オオカミって、確か小説にも出てきたはず。
主人公のアベルが学園に入って最初の魔物討伐の実地訓練で、灰色オオカミと対峙して倒したというエピソードがあったはず。
お兄様とは別パーティーだったから、流し読みして詳しくは覚えてないけど。
「だがなぜか灰色オオカミの群れに襲われたんだ。しかも馬車の扉が開いて、そこから……」
そう言ってお兄様は言いよどむ。
見上げると、まるで涙をこらえているような顔をしていた。
私はもぞもぞと体の位置をずらして、正面からお兄様に抱き着く。
お兄様は私をぎゅっと抱き返して、私の耳元でくぐもった声を出す。
「僕の護衛のヴァンスが斬りかかってきた」
えっ、ヴァンスってあの、優しそうな護衛の人?
それを聞いて、私はハッとした。
お兄様の心が凍る原因の一つ、信頼していた使用人の裏切りって、これだったんだ……。
でも、なんで?
怪しいところなんて何もなかったし、代々我が家に仕えてくれる騎士の一家だったはずだよ。
「どうしてヴァンスがそんな事を……?」
「それは分からない。僕に斬りかかってきたヴァンスは、結界のような物にはじかれて一度体勢を崩した。その時に父上が僕に覆いかぶさってこんな怪我を……」
ああ、お父様の怪我は灰色オオカミに傷つけられたものじゃなくて、ヴァンスだったんだ。
だから瘴気のない怪我だったのね。
「ヴァンスは父の護衛によって切り伏せられた。ヴァンスがなぜこんな事をしたのかは、これから捜査が始まるだろう」
お兄様の話からは、ヴァンスが生きているのか死んでいるのかは分からない。
どちらにしても、主の命を奪おうとしたのだ。生きていたとしても、死罪になるだろう。
「問題は、僕を助けた結界だ。考えられるのは、レティが作ってくれたお守りしかない。そして父上の怪我も癒してしまった。これは『聖女』の力だと思う」
それはつまり、私が聖女って事?
えー、それはないない。
第一、私は万民を救う聖女になんかなりたくないもん。
救いたいのはただ一人、ラスボスになってしまうお兄様だけ。
「だが聖女になれば神殿に行かなくてはならなくなる」
「嫌です」
顔を上げて思わず即答してしまった。
だって神殿に行くって事は、もうお兄様の顔を見られなくなるって事だもの。
「本当ならば、レティは神殿に行くべきなのだと思う。でもレティは魔力過多が完治しているわけではないから、神殿に行けばすぐに倒れてしまうだろう。そんな所へレティをやりたくはない。この考えには父上も賛同してくれるはずだ」
「私も行きたくない」
お兄様にしがみつく私を、お兄様も強く抱きしめてくれる。
「幸い、レティのお守りの効力は、まだここにいる者たちしか知らない。だから隠し通そうと思えば隠せるだろう。もう二度とお守りを作らないと約束してくれれば――」
「それは嫌」
お兄様の願いでも、それは聞けない。
「だってまたお兄様やお父様が大変な目に遭うかもしれないんだもの。私の大好きな人たちを守るための力になるなら、私はもっとたくさんのお守りを作る」
直接治すとか、そういうのでなければ目立たないと思うし……。
だって確実にこの家を狙う誰かがいるんだもの。
ヴァンスをそそのかして裏切らせた人がどこかにいる。
誰だろう。
王妃?
それとも敵対する家のどれか?
私は見えない敵の存在に、体を震わせるしかなかった。
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