第15話 ミランダ・ヘル
私はミランダに見つからないように、こっそり後をつけた。
私の専属侍女を辞めさせられてから、ミランダは衣裳部屋の担当になったはずだ。
衣装部屋の仕事が、こんな夜中にあるとは思えない。
ミランダは使用人の階段ではなく、主人が使う階段を堂々と使って階下に降りた。
確かにこんな夜中であれば、こっちの階段を使った方が見つからないだろうけど……。
それにしても見つかったら大変な事になるのに。
ミランダの向かう場所は、偶然にも私が行こうと思っていた厨房だった。
そっと扉の近くに寄ると、中で人の話し声が聞こえる。
「いよいよ仕上げよ」
「これを入れればいいんだな」
「ええ。今までのものより濃くしているわ」
「なるほどな。それでお前が香水をつければ、相手は魅了されるってわけか」
魅了!?
どういう事?
話している相手は、どうやら料理人らしい。
公爵家には何人も料理人がいるけど、夜中に厨房を使えるのは料理長くらいだ。
確か二年前に引き抜いたってお父様が自慢してたような気がする。
「長かったけど、これで公爵夫人になれるなら頑張った甲斐もあるというものだわ」
つまり、ミランダは料理長を買収してお父様に毒か何かを摂取させていて、それを摂取すると、それに反応する香水をつけたミランダに魅了されるって事?
「子供たちはどうするんだ」
「邪魔だけど、二人同時に処分したら私が疑われてしまうから、まずはやりやすい方を消しましょう」
「娘の方なら簡単そうだ」
娘って、私の事だ。
確かに魔力過多の私は、いつ死んでもおかしくない。
「意外としぶといから確実に殺さないと」
扉の奥の、ほんの少ししか離れていない場所で私を殺す相談をしているのに、ゾッとする。
足がすくむけれど、もう少し話を聞いておきたい。
「どうやって?」
「兄がいる時に、魔力増幅の薬を混ぜた菓子でも食べさせればいいわ。きっと誰も疑わない」
「なるほどな」
「血を分けた兄にあんなに執着するなんて、本当に気味が悪い」
ぐうう。
そこに関しては何も反論ができない。
でもセリオスお兄様は前世からの私の推しなんだよ。
推しとは心の中の神様にも等しい存在。
だからヨコシマな気持ちはなくて、ただお兄様の幸せを望んでいるだけなの。
ただハタから見たら、ミランダみたいに思う人がほとんどなんだろうな。
ちょっとは気をつけよう。
それからもミランダは私の悪口を言っていたので、私はそっとその場を離れてお兄様の部屋へと向かった。
そしてお兄様の部屋の前で立ち止まる。
勢いで来ちゃったけど、お兄様は寝てる最中だよね。
よく考えたらお父様に相談した方がいいのかな。
でも、お兄様の方が頼りになるんだよね。
モコを抱きしめたまま悩んでいると、お兄様の部屋の扉が少し開いた。
その隙間から、綺麗なアイスブルーが見えた。
「レティ……?」
「お兄様」
えっ、まだ声もかけてないしノックもしてないのに、起きてくれたの?
それともこんな夜中なのに、まだ起きてたとか。
「どうしたの、怖い夢でも見た?」
扉を開けてくれたお兄様は、私を部屋の中に入れてくれた。
そしてソファに座った私の肩に毛布をかけてくれる。
「眠れないのかな。ホットミルクでも持ってきてもらおうか」
そう言って呼び鈴を鳴らしてメイドを呼ぼうとするお兄様を、慌てて止める。
「お兄様、待って、誰も呼ばないで」
「……何かあった?」
私は肩にかかった毛布をぎゅっと握る。
「あのね、お兄様。眠れなくて、それでお水をもらいに行こうと思って廊下に出たの。そしたら……」
私は厨房で聞いたミランダと料理長の会話をお兄様に伝えた。
お兄様はしばらく考えると、「父上に使われている薬は僕も聞いた事がない」と言った。
「知られていない薬だとすると解毒薬の手配も難しいかもしれない」
そうすると、お父様はいつ魅了にかかってもおかしくない状態のままになっちゃう。
何か小説の中にヒントはなかったかな。
多分、小説でミランダがお父様と再婚したのは、この薬を使ったからなんだ。
小説より今の方が展開が早いけど……。
ミランダが私の専属侍女じゃなくなったから、流れが変わったのかもしれない。
「何とか証拠を掴みたいところだけど、父上がどれくらい薬の影響を受けているか分からないのでは動きようがない」
「今日のお父様は、いつもと変わらないように見えました」
「そうだね。レティが聞いた話からすると、その香水を使わなければ、薬の効果は表れないみたいだ」
「香水の種類が分かれば……」
と、そこまで言った私は思い出した。
そうだ、小説のミランダはある花の香水を使っていた。
だからセリオスお兄様は、その花が大嫌いで……。
その花の色違いが妹を救えたのだと知って絶望する。
「リコリスです、お兄様。リコリスの香水です」
白に赤い縁取りのあるリコリス。
きっとあの花から作られた香水に違いない
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