第120話 閑話 王妃の庭園
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まろ先生の美しい表紙が目印です。
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「まあ、もうそんなところまで進んでいるの?」
王妃は自分のためだけに作られた花園の中を、ゆっくりと歩いていた。
風がそよぐたびに甘い花の香りが漂い、木々の葉がささやくように揺れている。
「ええ。街道沿いに配置した見張りから、知らせがきました。このままでは難なく魔王を討伐してしまうでしょう」
王妃のただ一人の子供であるフィオーナ姫が、風に揺れる髪を押さえる。
赤い瞳を持つ王妃と良く似た美貌を持っていて、髪の色は父である国王譲りの見事な金髪であった。
「それは困ったわねぇ」
王妃のたおやかな指が、目の前で揺れる花々に触れる。指先は細く、爪は完璧に整えられていた。
フィオーナ姫は母と同じ色の目でその動きを追った。
「まあ」
そこへ一匹の蝶が飛んできた。この辺りでは珍しい、黄色に鮮やかな緑の筋の入った翅を持つ蝶だ。
ひらひらと飛ぶ蝶は、動きを止めた王妃の指のすぐ先にある花に止まった。
「ねえフィオーナ。この色、忌々しい組み合わせだと思わない?」
赤い瞳が憎悪をたたえて蝶を見下ろす。
その目は蝶の向こうに別のものを見ていた。
王妃の手がゆっくりと蝶へ近づく。
蝶は翅を震わせたが、逃げ出すことはしなかった。
だが王妃の手が蝶に触れた瞬間、その動きは一瞬にして変わった。
優しく撫でるかのように見えたその手が、迷いのない動きで蝶の柔らかな体を掴み、握りしめる。
そして王妃の手の中から、ブチリと潰れるような音がした。
指の間から、蝶の青い血が流れ出てくる。
王妃はじっとその手を見つめている。
するとフィオーナ姫が握りしめていた王妃の手を開かせる。
無残につぶれた蝶がボトリと地に落ち、粉々に砕けた翅が風に舞う。
「すぐに汚れを落としましょう」
フィオーナ姫は、王妃の手を白いハンカチで拭いた。
「あれも、容易く壊れればいいものを」
呪いのような言葉に同意するように、フィオーナ姫は薄く笑う。
「どうやら彼らはネヴィルの領地を通るようですよ」
「それはとても嬉しい知らせだわ。ネヴィルならば私の喜ぶ報告を持ってきてくれるでしょう」
「ええ。ですが魔王は倒してもらわなくては」
フィオーナ姫が漏らした言葉に、王妃は赤い目を細める。
「ねえフィオーナ。勇者でなくても魔王が倒せるという噂を聞いたことがあって?」
フィオーナ姫は、汚れたハンカチを侍女に渡すと王妃との会話を聞かれないように下がらせた。
「いえ、ありません」
人形のように美しいと形容されるフィオーナの顔には、何の感情も浮かべられていない。
ただその目は、真意を探るように王妃を見つめている。
「私も本当かどうかは分からないのだけど……勇者ではなく、聖剣こそが重要だという話が広がっているそうよ」
王妃は握り潰した蝶のことなどもう忘れたかのように、再び歩き始める。
「ですが勇者は女神によって選定されております」
フィオーナの言葉はもっともだ。
女神レカーテの選定によって、辺境の村に住むアベルという少年が勇者に選ばれた。
だからアベル以外には魔王を倒すことはできないはずだ。
「そうね。でも文献を調べると、途中で勇者が倒れてしまうこともあったらしいわ。その時はね、聖剣を持つ資格のあるものが魔王を倒すのですって」
聖剣というのは勇者が持つ、鍛冶神へパトスが鍛えた剣だ。
これもまた、女神の神託によってアベルへと授けられている。
魔王は倒しても必ず復活する。
そしてそれを倒す勇者が現れるのだが、聖剣さえあれば勇者でなくても魔王を倒せるということなのだろうか。
しばらく考えていたフィオーナは、ハッとして王妃を見る。
「もしこの旅で勇者アベルが倒れたら、残ったメンバーの誰かが聖剣を手にして魔王を倒す可能性があるということですか?」
「それが氷の薔薇であればいいけれど、そうでないなら……」
この庭にしか咲いていない白に赤い縁取りのリコリスの花を手折ると、王妃はその花弁に顔を寄せた。
「あなたの未来を邪魔するものは、排除しなくてはね」
そう言って王妃は、妖しく笑った。
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