第117話 ナイトメア
そしてこんなに大きな声を出しているのに、他の人が一人も起きないのもおかしい。
周囲を見回すと、皆うなされている。
お兄様のそばを離れたくなかったから、その場でみんなの名前を呼ぶ。
「エル様、マリアちゃん、アベルも起きて!」
大声で叫んでも、誰一人目覚めない。
「そうだ、ランは?」
ランの姿だけが見えない。
何が起こったのか、きっとランなら知っているはず。
(ラン、どこにいるの?)
『おお、起きたのか』
心話で問いかけると、返事があってホッとする。
(ラン、お兄様たちが目覚めないの。理由を知ってる?)
心細さを隠しきれずに、そっとお兄様の手を握る。
目覚めてはいないけれど、それでも手のぬくもりに安心した。
『ナイトメアの悪夢に取りこまれておる』
(ナイトメア?)
ナイトメアは小説にも出てきた、人々を眠りに誘い、その夢の中で悪夢を見させて衰弱死させる魔物だ。
夢の中では黒い馬の姿をしているが、実際は瘴気の塊なので触れられないので、倒すためには魔法を使うしかない。
「ナイトメアか……。あっ、もしかしてさっきの夢もナイトメアの仕業じゃない?」
『であろうな』
姿の見えないランが答える。
「ランは今どこにいるの?」
『ナイトメアに弾かれた』
「弾かれた?」
『どこから奴の手の内だったのか分からんが、我が村の様子を見るために建物から出た瞬間、お主たちはナイトメアの中に閉じこめられてしまった』
ナイトメアの中にって……じゃあここは魔物の中ってこと?
「どうすれば出られるの……って、確か」
確か小説でも同じようなピンチに見舞われた。
その時はアベルが聖剣グランアヴェールで、ナイトメアの内側から攻撃して脱出したのよね。
って、聖剣おじいちゃん、弾き出されちゃってるじゃないのよ!
代わりの勇者の剣でもどうにかなるのかな。
それか、外からランに攻撃してもらうとか。
『それは難しい。人の姿で剣を持つと、威力が分散してしまう』
あああああ。
確かにそうだよ。
人型のランと剣のランが同時に存在することになるんだもんね。力も二分割されちゃうのか。
「とすると、私とモコでどうにかしなくちゃいけないのね」
隣でお座りをしているモコが、分かってる、とでもいうように、しっぽをフリフリしている。
『ナイトメアの悪夢は自分で克服せねば醒めぬ。だがその程度でやられていたら、魔王を倒すことなどできんぞ』
いや、小説では悪夢を克服しなくても、聖剣グランアヴェールの力技で脱出してたけどね。
とはいえ、その肝心の聖剣が使えないわけだから、何か他の対策を考えなくちゃいけない。
私が見ていた夢がナイトメアの仕業だとしたら、その人が一番恐れていることが悪夢となって襲い掛かってくるってことか。
私はまだ眉間に皺を寄せているお兄様を見る。
きっとお兄様は、私が死んじゃっている悪夢を見ているんだろう。
なんとかして目を覚まさせてあげたい。
「私が夢に干渉することはできる?」
解決策を探してランに聞いてみる。
こういうのはやっぱり年の功だからね。
『何が年の功だ。年寄り扱いするでない』
いやもう、その喋り方が古臭いんだけど、と思いながらも、とりあえず謝っておく。
「そうだよね。今のランはイケメン執事だもんね! さすが有能! さすが聖剣!」
『む……それほどでもあるが』
機嫌を直したランに、もう一度聞いてみる。
「だからランなら、悪夢から解放される手段を知ってるんじゃないかなって思って。私がお兄様たちの夢に干渉できればいいんだけど」
お兄様の悪夢では私が死んじゃってるから、生きている本物の私が起こしに行けば目が覚めるんじゃないかな。
そう思ったけど、お兄様が私が死んでしまう夢を繰り返し見ている場合、その夢に引きずられて死んでしまうかもしれないって言われて、それは最後の手段にすることにした。
かといって、アベルやマリアちゃんの夢の中に介入したとしても、彼らを救えるとは思えない。
そこまでの関係性じゃないし。
残るはエルヴィンだけど、多分エルヴィンは王妃の夢を見てるんだろうと思う。
一時期は本当の母のように慕っていた王妃。
エルヴィンを殺そうと襲撃してきたのが、本当に王妃だったのかどうかは分からないけど、状況証拠からして黒幕は王妃しかいなかった。
だからその王妃に殺される夢を見ている可能性が高い。
でもどうやってエルヴィンの目を覚まさせるかって考えると難しい。親友のお兄様ならできるだろうけど、形式上の婚約者の私には無理じゃないかなぁ。
とすると、お兄様を先に起こすしかない?
危険な気もするけど、一か八かやってみるしかないのかな。
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