第114話 夢の中で
「レティ、息を止めて」
はいっ、お兄様!
モコも息を止めるのよっ。
私は埃を吸いこまないよう、声を出さずに返事をして息を止める。
それでも息を止めているのには限界がある。
もう限界、と思った時、お兄様の涼やかな声が響き渡った。
「アイスミスト」
すると部屋の空気が瞬時に冷たくなり、凍り付いた埃の粒が光を反射して、まるで小さな星の欠片のようにキラキラと輝き始めた。
「うわぁ」
お兄様の魔法で、ボロボロだった廃屋が幻想的な世界に様変わりする。
「すごい……まるで夜空の星みたい。」
マリアちゃんが息を飲んで呟く。
その目は凍りついた輝きに釘付けになっていた。
氷の粒は部屋の隅々まで散らばり、重なり合った結晶が光を反射して、眩いばかりの光のカーテンを作り出していた。
とはいえ、元は埃だけどね。
「美しいな……」
感極まったようなエルヴィンの声も聞こえる。
いや、凍っていても埃だけどね。
確かに綺麗だけど埃だから、そんなに感動するようなものでもないんじゃない?
そもそもエルヴィンは王太子なんだから、もっと綺麗なものなんてたくさん見ているでしょうに。
お兄様がそっと手を下ろすと、アイスミストが静かに消えて、空中の氷の結晶はゆっくりと舞い降り始めた。
そして、まるで雪が降り積もるように、床に柔らかな光の絨毯を敷いていく。
「これで、少しは見通しが良くなったかな」
微笑みながら言ったお兄様が、周囲を見回す。
あれほど埃っぽかった部屋が、一気に浄化されたみたいだ。かび臭かった空気も一掃されて、清涼になっている。
なんだろう。お兄様がそこにいるだけで、廃屋がスポットライトの当たる舞台に見える。
はっ。これがカリスマっていうこと?
「まさか氷魔法をこんなことに使うとは思わなかった」
呆れとも賞賛とも取れる口調でエルヴィンが部屋を見回す。
「魔法は役に立つか立たないか、だよ。見栄えなんて気にしていられないさ」
「名より実、か」
「そういうこと」
お兄様がエルヴィンにウィンクする。
はああああああ。
これが天国ですか? ここが天国ですか?
神様ありがとううううう!
あまりの尊さに興奮したらモコがぴったり張りついた。
でもそれ以上に体の中の魔力が膨らんで、体が光って――。
『レティシア、限界を超えておるぞ』
慌てるランの声が聞こえて。
ぷつっと意識が刈り取られた。
これは夢だ。
なぜだかそれが分かった。
だって前にも見たことがあるもの。
お兄様がラスボスになってしまって、アベルに討ち取られてしまう夢。
でもこの夢は、物語の最初から……ううん、もっと前から始まっていた。
夢の中で幼いお兄様が生まれたばかりの赤ん坊の顔を覗きこむ。
あれは……私?
違う、そうじゃない。
あれは、物語のレティシア・ローゼンベルクだ。
その証拠に、あの子には魂がない。
ただ体だけが、生きながらえている状態だ。
「レティ、今日はね庭にミモザの花が咲いたよ。部屋に飾ろうね」
お兄様は。
春には黄色いミモザを飾り。
「これはお母様が好きだった薔薇なんだ。レティの髪の色に似ていると思わないかい?」
夏には淡いピンク色の薔薇の花を飾り。
「コスモスの花が咲いたよ。レティの髪に飾ってあげる」
秋には薄紅色のコスモスの花を飾ってくれた。
庭に咲いた季節の花を自ら手折り、花の香りで部屋を満たす。
風になびく白いカーテンの向こう、寂し気に微笑むお兄様の顔が見える。
「ああ、今日は寒いと思ったら雪だ……」
お兄様はもの言わぬレティシアに、毎日話しかけてくれていた。
だけど。
魂がないから興奮することもなく、レティシアはただ滾々(こんこん)と眠り続ける。
体の成長と共に魔力が増えて、死の影が近づいてくるのを。
お兄様はたった一人で見続けていた。
それはどれほどの孤独と絶望だっただろう。
最愛の妻を亡くし、娘もまた目覚めないという現実から目を背けたお父様は、ミランダに騙されて再婚し、家の中でもお兄様の居場所はなくなっていった。
少しずつ、お兄様の笑顔が失われていく。
そして、ついにレティシアの体が魔力に耐えられずに、命の火が消えてしまった。
死ぬ瞬間、レティシアの目が一瞬だけ開き、紫の瞳がお兄様をとらえる。
人形のようなガラス玉の目。
でもその目は確かにお兄様を見た。
そして大きな息を吐くと、その目は閉じて、二度と開かなかった。
「レティ、レティ、レティシア! 僕のたった一人の妹……!」
それでもお兄様は、私の死を悲しんで慟哭する。
ああ、泣かないで。
泣かないで、お兄様。
だって私はここにいるもの。
お兄様の側にいたくて。その綺麗な涙をこの手で止めたくて。
それで、私は――。
すると場面が変わって、お兄様が学園へ入学した。婚約者であるフィオーナ姫と並んで入学式に参列している。
あれ、でも、お兄様はフィオーナ姫に対して、うわべだけの笑みを向けているみたい。
だってお兄様の笑顔はもっと優しくて美しくて、見ているこちらが幸せになるような微笑みだもの。
それはエルヴィンに対しても同じ。
未来の主君として礼儀正しく接しているけど、それ以上でも以下でもない。
え、どういうこと?
だって小説ではお兄様はフィオーナ姫と仲睦まじかったし、エルヴィンは親友だったはずじゃないの?
でも目の前の三人はどうにもそういった関係には見えない。
そして勇者が選定されてアベルが学園へやってくる。
アベルはお兄様たちと一緒に魔王討伐の旅へ出て、表面上は仲良く旅をしているように見えるけれど、お兄様の瞳は凍ったまま。
そして魔王を討伐するんだけど……。
倒される寸前、魔王がお兄様に向かって何かをささやいた。
そして、お兄様の目に、生気が戻った。
今、何を言ったの?
魔王はいったい何を。
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