第110話 魔石はいりません
「あの、怪我をした方がいれば治します」
マリアちゃんが声をかけたけど、誰も怪我をしていなかった。
このメンバー、ちょっと火力ありすぎだもんね。怪我をする間もなく、壊滅させちゃってる。
あ、いや、今回は私も参戦したけど。
だってお兄様を魅了するなんて、絶対に許されないもの。全人類の敵は抹殺します!
「私、魅了も解除できないのに、回復も必要ないなんて……」
落ちこむマリアちゃんだけど、多分魅了って解除できないんじゃないかなぁ。
モコだったら魅了された人の頭に乗っかって解除できるけど、聖女もさすがにそれはできなさそう。
『いや、できるぞ』
いつの間に私たちの会話を聞いていたのか、エルヴィンとじゃれあっていたランが、心話で伝えてきた。
(そうなの?)
『聖女の魅了で上書きするのだ』
(それ、ダメなやつじゃん……)
魅了されるのが女王ハーピーから聖女に変わるだけなんて意味ないよ。
百歩譲ってアベルはそれでいいけど、お兄様は絶対ダメだし、エルヴィンもなんか嫌だ。
『いや、そうでもないぞ。一度聖女に魅了させてから解除するのだ』
(なるほどね~。って言う事は、聖女の魅了は簡単に解除できるの?)
『それほど難しくはあるまい』
(そうなんだ。一応覚えておくね。ランありがとう)
今はまだ聖女としての力を存分に発揮できていないマリアちゃんだけど、努力家だからそのうちできるようになるだろう。
お兄様のためにも魅了解除というか魅了の上書きはマスターしてもらわないと。
それにしても、聖女に魅了の力があるなんて知らなかった。
フィオーナ姫にもあったのかな。それでお兄様は……。
って、もうフィオーナ姫のことは考えないって決めたじゃない。
なのに、白い紙に一滴のインクの染みが落ちたように、すっきりしない。
なんだろう。なんだかモヤモヤするんだよね。
「うわ。こんな魔石見たことがない」
驚愕するアベルの声に、思わず顔を上げると、そこにはハーピーの女王から魔石を取り出す姿があった。
魔石は握りこぶしくらいの大きさがある。
「風の魔石ですね。まあまあの大きさでしょうか」
はるか昔から生きているおじいちゃんな聖剣には、この程度の魔石は珍しくもないらしい。
興味がなさそうな態度に、アベルは信じられないという顔をする。
「まあまあって……こんなに大きい魔石は国宝級だろ」
同意を求めるように、エルヴィンを見る。
「城の宝物庫にもこの大きさの魔石は一つか二つしかないぞ」
王太子なエルヴィンの言葉に、ランのほうが驚いた。
アベルが持っている魔石を凝視している。
「なるほど。つまりそれは力を持つものが少なくなっているということなのですね」
ランはどこか寂しさをにじませるように呟いた。
「ラン……?」
金色の瞳が、空を見上げる。
そこには何も見えなかったけど、ランには何かが見えているんだろうか。
(ラン、どうかしたの?)
心配になって声をかけたけど、振り返ったランはゆるく首を振った。
『なんでもない。ただ、我も長く生きたな、と思っただけだ』
まあ、おじいちゃんなのは確かだよね。
『ちなみに我は聖剣なので、魔石はないぞ』
(いや別に、ランから魔石を採ろうとしてないから!)
『ははは。そうか』
笑うランに、ホッとする。
きっとランはおじいちゃんだから、自分と同じくらい長生きをしている魔物が減ってきているのが寂しいんだろうな。
それこそドラゴンとか長生きをしてそうだけど、この世界って、毛玉だったモコの仲間がドラゴンかフェンリルに進化するんだっけ。
でも魔物だもんね。ランは聖剣だから、どっちかっていうと神様と仲良しとか。
ありそうだなぁ。
「ほら、これはお前のだ」
色々考えていたら、エルヴィンが大きな魔石を私の目の前に差し出した。
ころんとした丸い魔石は風の属性だからか黄色くて、その中にも色んな色が混ざっている。
ちょっと宝石のスフェーンに似ているかも。
「え、いらない」
「はあ?」
いやだって、さっき国宝級って言ってたじゃない。厳密にはお城の宝物庫にも一個か二個って話だったけど。
そんな凄い魔石を持っていたくないし、自分で魔石に魔力を注入できちゃうから、こんな大きいのは邪魔かも。
とはいえ、使い終わって透明になった魔石に『守』という字を彫ると、魔力を入れて再利用できるようになるのは、まだ家族以外には内緒なのだ。
だからいらないっていう理由をちゃんと言えなくて、困ってしまう。
すると救世主のお兄様が助け舟を出してくれた。
「レティは魔力過多だったから、ここまで大きい魔石だと影響を受けすぎてしまって大変なんだよ。だからエルヴィンが持っていたらどうかな」
どんな影響があるんだとか、そういう疑問はなかったらしいエルヴィンが、そうなのか、と尋ねてくる。
エルヴィンが単純で良かった。
「ええ。そうかもしれません」
断言はしてないよ。
そうかも、って同意しただけだよ。
なんか兄妹で煙に巻いてる気がするけど、仕方ないよね。
「じゃあレティの代わりに、セリオスが持っていればいいじゃないか。倒したのはレティなんだから俺がもらうっていうのはおかしいだろう」
「いや、これほどに大きい魔石は王家で管理したほうがいいと思う。城の宝物庫のほうが厳重な警備をしているだろうしね」
本当のことを言えば、お城よりもモコとランがいるうちのほうがセキュリティーは高いけどね。
「なるほど。それはそうかもしれないな。じゃあ俺が預かっておくってことでいいか?」
エルヴィンの問いかけに全員が頷く。
モコまで頷かなくていいからね。
モコは、もう戦いが終わったからか、体の大きさを小さくしていた。
かがんで抱き上げると、すりすりと頭をくっつけてくる。可愛い。
ハーピーたちの死体は、まとめて『業火』のお守りを使って燃やすことになった。
私はお守りを渡しただけで見てないんだけど、一瞬で燃え尽きてしまったから楽だったみたい。
馬車まで戻ってもう一度山頂へ行くと、もうそこはいつもの静けさを取り戻していた。
山道を下ると、前方には小さな村があるのが見えた。
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