第11話 王宮の花(ミランダ視点)
王妃のサロンに行くには、まずは西の庭園を抜けて行かなくてはならない。
その庭園は王妃の実家である伯爵家が莫大な費用をかけて整備したもので、アーチになっている生垣を抜けると、目の前に忽然と小川が現れる。
足元を終点にした小川は、良く見るとそこから地下へと流れるようになっているのだが、初めて訪れた者は自分の方に流れてくる小川に驚くに違いない。
だがもっと驚くのはその小川の上が水晶の道になっている事だ。
水晶の道を進むと、両側に置かれた神々の像から光があふれ、虹のアーチを作り出す。
まるで夢のような美しさに目を奪われながら歩いた先に、王妃のサロンがある。
夢心地のまま訪れた来訪者は、豪奢なドレスに身を包んだ王妃の姿に、更に圧倒されるであろう。
私も初めて訪れた時には、この世にこんな素晴らしい場所があるのかと驚いたものだ。
「いらっしゃい、ミランダ。待っていたわ」
優雅に微笑む王妃殿下に、私は深々と礼をする。
子供がいるとは思えぬほど若く美しい王妃殿下の姿に、やはりお慕いしている方に嫁ぐと美しさが増すのだろうかと考える。
「ご無沙汰しております」
「今日は私たちだけの茶会なのだから、楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます」
王妃殿下の侍女に招かれて着席する。
すると部屋の隅で演奏をしていた弦楽奏者たちが、ゆったりとした音楽を奏で始めた。
私が一番好きな曲の演奏に王妃殿下の私への寵愛を感じて、思わず笑みが漏れる。
「ミランダ、最近はどう過ごしているの?」
「今は衣裳部屋を担当しております」
「あら。ご息女の専属侍女ではなかったかしら」
小首を傾げる王妃殿下の言葉にギクリとする。
先日のあれは誠に失敗であった。
いくらあの赤ん坊が不気味だといっても、感情のおもむくままに危害を加えようとするのではなかった。
王妃殿下の配慮で娘の専属侍女になれたというのに、せっかくの機会をふいにしてしまった。
「ええ。ですが衣裳部屋で公爵様と接する機会が増えましたので、そのうち、と考えております」
「そう。うまくいくと良いわね。私も助力は惜しまなくてよ」
「王妃殿下のご配慮に、本当に感謝しております」
「あなたには期待しているわ」
にこりと微笑む王妃殿下に、大船に乗った気持ちになる。
私はしがない子爵家の娘だが、王妃殿下の縁戚として可愛がってもらっている。
デビュタントで一目見て心を奪われたローゼンベルク公爵エルンスト様の妻になりたいという私の願いを、笑わずに真剣に聞いてくださって、こうして橋渡しをしてくださる王妃殿下には本当に感謝してもしきれない。
残念ながら子爵家の私ではエルンスト様の妻になるには身分が足りなかったけれど、どうしても諦めきれなくて、王妃殿下に頼んで公爵家のメイドとして側にお仕えすることにした。
せめて一夜の情けでもと思っていたけれど、誠実なエルンスト様は私の拙い誘惑には気づきすらしなかった。
でも憎いあの女は娘を産んで死んでしまった。
王妃殿下は、娘を手懐ければ後妻にと望まれるに違いないとアドバイスをしてくれて、メイド長に私を娘の専属侍女にするようにと働きかけてくれた。
私の短慮でその幸運を逃してしまったが、まだチャンスはある。
王妃殿下の意を汲むメイド長の計らいで衣裳部屋の担当となり、エルンスト様と接する機会が増えたのだから、結果的には良かったのかもしれない。
このままエルンスト様の気持ちを私に向ける事ができれば、何の問題もない。
そこが一番、難しいのだけれど。
「可哀想に、魔力過多の子供は中々育たないのですって?」
「はい」
「ではご息女が心配ね。それに公爵家も万が一の事があったら、後を継ぐ子供が一人では心もとないわ」
この国では直系の男子がいない場合、女子にも相続権が生まれる。
現在の公爵家の爵位継承権を持つのはセリオス・ローゼンベルクとレティシア・ローゼンベルクの二人だが、もしあの娘が死んでしまったなら、ローゼンベルク公爵家の子供はセリオスただ一人となる。
そうすれば、エルンスト様も今のように再婚を拒否することはできなくなるだろう。
「もしもそのような事になったら、後添えになる方は私がしっかりした方を紹介してさしあげなくてはね」
王妃殿下に意味ありげに見つめられて、私は喜びを隠せずに笑みを浮かべてしまう。
だってもしそうなったなら、王妃殿下が勧めてくれるのはこの私だ。
私が、あの麗しい公爵閣下の妻となるのだ。
子爵の娘にしか過ぎないこの私が、社交界で王妃殿下に次ぐ地位の女性になってあらゆる贅沢を許される。
なんて素敵なのかしら。
「その時はぜひ私を推薦してくださいませ」
少し図々しいかしら。
でも王妃殿下の言っているのは私の事だし、問題はないわね。
少し前に父から良い薬が手に入ったと聞いたから、それを使ってみてもいいかもしれない。
そろそろエルンスト様も照れないで私の気持ちを受け入れてくださってもいい頃だわ。
「そういえば、お父様が寂しがっていらしてよ。一度ご実家に顔を出してはどうかしら」
まるで私の考えを見越したかのように、王妃殿下が庭園に咲く花々を見ながら穏やかに微笑む。
王妃殿下の視線の先には、ここでしか見る事ができない、細長い花びらを持つ百合に似た白い花が揺れている。
「きっとあなたにとっても良い流れになると思うわ」
その花の先端だけが赤く染まっているのが、妙に印象的だった。
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