第107話 大切な人の為に戦うのでもいいんじゃない?
「どうして……」
マリアちゃんが信じられないというように呟く。
「だって、私たちは皆のために魔王を倒しに行くのに……」
魔王討伐よりも、自分の利益を優先する人はいる。
でも、そんな人たちの為に戦うわけじゃない。
お兄様を始めとする、ここにいる皆、そしてお父様やドロシーやロバート先生。そんな大切な人たちのために戦うんだよ。
「皆のためなんて思わなくていいんじゃない?」
「え?」
私の言葉に、マリアちゃんは驚いたように目を丸くした。
その隣でアベルも驚いている。
「少なくとも、私はここにいる皆やお父様やドロシーたちのために魔王を倒したいと思っている。そのついでに、他の人も救われるかもしれないけど、それは私には関係ないの」
そう言って私はにっこり笑って付け加えた。
「もちろんお兄様が一番だけど」
断言すると、マリアちゃんが思わずといった風に吹き出した。
「レティシアさんって、本当にお兄さんが好きなんだね」
さっきもエルヴィンに言われたなぁ。
その通りだけど。
「お兄さんに恋人ができたら大変そう」
そう言ってから、マリアちゃんは、ハッとして口をふさいだ。
「お兄様が幸せになるなら、ちゃんと認めるわよ」
「えっ」
って、なんでエルヴィンがそんなに驚いてるのよ。
「お前、セリオスが結婚してもいいのか⁉」
「もちろん誰でもOKってわけじゃないけど、お兄様の隣に立っても見劣りしない程度の美しさと賢さを持っていて、親友に心変わりしない人なら」
「なんか具体的だな」
ええ。小説でのお兄様の婚約者だったフィオーナ姫のことだもん。
彼女との婚約だけは、絶対に許可しない。絶対に!
モコが私の腕の中で、「きゅう」と同意するように鳴く。
そうだよね、モコも反対だよね!
もしそんな女が現れたら、一緒に追い出そうね!
モコはきりっとした顔で「きゅっ」と返事をした。
「俺はてっきり一生セリオスの側にいるんだと思ってた」
考えないこともなかったけど、さすがに小姑がずっと家にいるのはどうかなーって思う。
だってお兄様は私の最推しだもん。推しの幸せを邪魔するのは、ファンじゃない。
「お兄様の幸せが一番大切なので、お好きな方が現れれば遠慮しますよ」
「へえ……そうか」
エルヴィンはなんだか嬉しそうに鼻の頭をかいている。
お兄様がそんなエルヴィンのすねを蹴った。
お、お兄様⁉
「いてっ、何するんだよセリオス」
「ちょっと腹が立ったので」
「ったく、こっちのほうが妹離れしてないじゃないか」
ぶつぶつ言うエルヴィンが肩をすくめる。
その時、馬車がガタンと急に止まった。
「レティ!」
転びそうになるのをお兄様が支えてくれる。
マリアちゃんもアベルに抱き留められていた。
「ラン、何があった」
「……この先に魔物がいますね」
ランの言葉に、馬車の中が一気に緊張に包まれる。
「種類は?」
お兄様が窓の外を見ながら聞くと、御者台にいるランは空を見上げる。
「空に魔力が」
「空か……。厄介だな」
空の魔物を倒すには、魔物が降りてくるのを待たなくてはいけない。
魔法で落とすという手もあるけど、問題は数だ。
大量の魔物だった場合、落としきれない可能性がある。
あっ、でも。
「折り紙君一号と二号がいるので、ある程度は減らせると思います」
私の提案に、お兄様は少し考えた。
「それとエルヴィンの風魔法を使えば空の魔物を落とせるか」
ランもいるし、なんとかなるのでは。
アベルは……空を飛べないから出番がないかもしれないけど。
「じゃあここに馬車を置いて、こちらから迎え撃とうか」
お兄様に言われて、みんなで馬車を降りる。
この先は険しい山道になっていて、空から魔物が襲ってくると逃げ場がない。
早めにランが気づいてくれて良かった。
馬車の外は思ったよりも荒廃した雰囲気だった。
かつては多くの馬車が行き来していたはずの道には誰の姿もなく、岩と岩の間を吹き抜ける風の音が、低い唸り声のように聞こえてきた。
「魔物はまだこちらに気がついていないようです」
空を見上げたランの黒髪が風に揺れる。
風が吹くたびに、小さな石や砂利が足元で転がり、その音が静寂を破って響いた。
「まずは折り紙君を飛ばして、何がいるのか探査しましょう」
そう言って手に持った折り紙君一号の羽を広げる。
手の平の上に載せると、風に乗ってふわりと飛んだ。
空高く飛んだ折り紙君のイメージが伝わってくる。
眼下には折り紙君を見上げる私たち。そして山道を登った先には、さらに高い岩山があって、その間を縫うように道が続いている。
岩山の中腹にはところどころ洞窟の穴が開いていた。
「この先にもっと高い山があります。上のほうには洞窟があって……」
洞窟の中を覗こうと、折り紙君を飛ばす。
折り紙君は私が紙とモコの毛で作ったお守りを元にしているからか、魔力を帯びていない。
だから魔物に近づいても察知されないので偵察するのにちょうどいいのだ。
折り紙君を操作して洞窟の中を覗いてみる。
真っ暗な中は、何も見えなかった。
もしかしたら何か音がしているのかもしれないけど、折り紙君は映像しか伝えてこない。
何かがいるような気もするけど、まったく分からなかった。
もっと奥に行くべきだろうか。
でも視界が悪いから、うまく操作できないかもしれない。
そう悩んでいると、洞窟から何かが飛び出してきた。
鳥?
一瞬そう思ったけど、よく見ると違う。
美しい女性の上半身と鳥の下半身を持つ魔物、ハーピーだ。
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