第103話 聖剣執事は万能執事
さて。明日婚約式をするなら、やっぱりドレスが必要だよね。
(ラン~)
『なんだ』
お兄様たちと一緒のテントにいるランに話しかけるとすぐに返事がきた。
(私用のドレスをいくつか持っているでしょう? その中に白いワンピースはないかしら)
聖剣だけど私の専属執事になっているランは、旅に出るにあたって、いろんなものを無限収納にしまっていた。
中には黄金のリコリスの鉢植えなんていう、そんなの必要あるのかな、っていうものまで幅広く。
あと、私のドレスもね。
魔王討伐の旅なんだからドレスなんて必要ないと思うんだけど、横でお兄様が
「もしドレスが必要となった時に、レティに粗末なものを着せられるはずがない。最高級のものを準備しておこう」
って言ったから、コルセットを着用しないシンプルなドレスを何着か入れてあるのよね。
シンプルといっても、ローゼンベルク公爵家の基準で言うシンプルなんで、余計な宝石とかレースがついてないだけで、最高級の布を使って仕立ててある。
『ドレスを着るのか?』
(マリアちゃんがね)
やっぱり婚約式となったら、ドレスくらいは着たいもの。
私のドレスで袖を通していないものなら、いいんじゃないかな。
『ふむ。あるにはあるが……。今から持っていくか?』
(お願い)
『承知した』
(あ、カムフラージュでモコをお使いに出すからよろしくね)
私がランと心の中で話ができるのは、家族以外には秘密だ。
それにアベルは自分が持っている剣を聖剣だと思っているし……。
実は私が既に契約しちゃってるなんて、ちょっと言えないよね。
「モコ~」
「きゅっ」
寝袋の中に潜りこんでいたモコが、可愛らしい声を上げて中なら出てくる。
真っ白でふわふわの、犬みたいな――フェンリルの子供だ。
私はモコの頭を撫でると、ランへのお使いを頼んだ。
「モコ、これからランのところへ行ってもらえる?」
「きゅ」
モコは分かった、というように一声鳴くと、テントから出て行った。
普段は滅多に喋らないけど、進化したモコは言葉を理解している。
だから何も言わなくても、大丈夫だろう。
「お嬢様、お呼びと伺いましたが」
しばらくすると、テントの外にランが現れた。
私はごそごそと寝袋から出て、ランからドレスを受け取る。
柔らかなクリーム色が、月明かりに照らされて、優しい輝きを放っていた。
上質なシルクで仕立てられているからか、指で触れると冷んやりとした感触が伝わってくる。
きっとこのドレスを着たら、動くたびに光沢が微妙に変化して、月の光をまとっているように見えるだろう。
うん。これなら、婚約式にふさわしい。
「ありがとう、ラン」
「お嬢様、これを」
渡されたのはシンプルなパールのネックレスだった。
え、こんなのも持ってたの?
私がそう思ったのが分かったのか、ランはどこか得意げだった。
「こんなこともあろうかと、用意しておきました」
「そ、そう。ありがとう」
なんだかランがスーパー有能執事になってきているんだけど。
元が聖剣だって忘れてしまいそう。
「それではお休みなさいませ」
一礼して帰っていく姿は普通に執事っぽい。
テントに戻ると、寝袋の上に座っていたマリアちゃんが私の手元のドレスに目を留める。
「レティシア様、それは?」
「うふふ~。これはねぇ、マリアちゃんのドレス」
「ええっ」
意味が分からずまばたきをしているマリアちゃんを立たせて、ドレスを当ててみる。
背丈はそんなに変わらないから大丈夫。ウエストもそんなに変わらないね。
胸は……。
うん。ちょっとだけきついかもしれない。ちょっとだけね。
マリアちゃんの胸、たわわだから……。
「だって明日、婚約式だもの。ドレスくらいは着ないとね」
「明日⁉」
「さっきそう言ったじゃない」
マリアちゃんはブンブンと顔を振る。
あれ、そうだっけ。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……まさか明日だとは思わなくて……」
「明日でも一週間後でも、結局婚約するなら早い方がいいわよ。鉄は熱いうちに打てって言うし」
「そうかな」
可愛らしく首を傾げるマリアちゃんに、私は大きく頷いた。
マリアちゃん、明日は超かわいくしてあげるからね!




