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第9話:魔女

「———朝永(ともなが)ぁ!!」


 放課後の校舎裏。壁に叩きつけられる。いや表現は違った。叩きつけられて(・・・)やった。


 老人を案内した俺は授業中の教室に入り、嫌な視線を集めながら授業に合流した。席に着くとアリスが俺を見て手を振っていた。こっちはお前のことで頭がいっぱいだと言うのに呑気なやつである。


 終礼になっても担任から呼び出されなかったのは、あの老人が口利きしてくれたおかげだろう。


 そんなこんなで放課後。アリスは屋上で待っていると告げて教室から出て行った。


 一向に結論が出る気配がない中、考えるためにしばらく校内をぶらついていたところに、見知った金髪の男に校舎裏まで連れて来られた。


 表情を怒りに染める四条が俺の胸ぐらを掴み上げる。


「昨日、放課後にここに来いって言ったよなぁ……? 何を呑気に転校生と帰ってんだ?」


「————あ」


 完全に忘れていた。そういえば、コイツから呼び出されていた。今まで四条の呼び出しを無視したことは一度もなかったが、今回はやらかしてしまったらしい。


「あ、じゃねーよ!! この俺がここで一時間も待ったんだぞ! それはお前は———」


 こいつ………俺をボコるために、こんな場所で一時間も待っていたのかよ。どれだけ暇………いや、俺をいじめることに熱心なんだ。


 あまりの衝撃に目を見開いていると、どうやら俺が恐怖していると思ったらしく、四条は満足げな笑みを浮かべる。


「それに四条さん。こいつ銀髪の超絶美少女と帰宅してたらしいですよ! まず俺許せないっす」


 四条の取り巻きAが横から口を挟む。コイツは昔からの四条の取り巻きで、実家ぐるみでの付き合いらしい。


 さすが十大家系(オリジナル)。家ぐるみの付き合いとか、同世代なのに生まれた時から身分が決まっているとか、一般市民には到底理解できない世界観で生きてらっしゃる。


「ハンっ。その銀髪って一ノ瀬の怪物、あの『魔女』だろうが。どれだけ外面(そとづら)が良くても、あんなマグロ女と歩いていたなんて自慢もできねーよ」


「それ————どう言う意味だ?」


 胸ぐらを掴み上げられながら、四条を睨みつける。


「………おい、なんだよ。その目!」


 壁に押しやられ顔面を殴られる。痛みは全くない。そもそもこんな攻撃でダメージを受けるはずもないが、今はそれ以上に気がかりなことがある。


「………一ノ瀬の『魔女』ってどう言う意味だ」


「誰に口聞いてんだぁ? 人にモノを尋ねる時はそれ相応の態度ってのものがあるだろうが!」


 腹に衝撃が走る。先程よりも数倍上の威力がある魔力で強化された拳。今すぐコイツらを振り払ってもいいが、どうしても俺は四条の先程の言葉が気になってしまう。


「まぁいい………あの女について話すのも一興だ」


 何か面白いことに気がついたように四条は笑うと、俺を壁に叩きつけ、自分は花壇の淵に座った。


「あの女………一ノ瀬有朱は十大家系(オリジナル)では禁句(タブー)って言われてんだよ」


「………禁句(タブー)?」


「一ノ瀬家は十大家系(オリジナル)の中では歴史は浅い部類だが、トップクラスの財力を持ってやがる」


 噂程度だが聞いたことがある。


 十大家系(オリジナル)の中にもそれぞれ強みがあり、それは歴史/戦力/財力の三つを軸に判断される。特に四条家は歴史が長い一族であり、噂によると平安時代から続いているらしい。


十大家系(オリジナル)は互いの領分を犯さないようパワーバランスを調整していた。だが、一ノ瀬有朱………あの『魔女』の誕生でその均衡も崩れた」


 また『魔女』という言葉。


 異能力が当然のものとして認知された現代。言ってしまえば、この学校にいる女性と全てが、『魔女』の枠組みに入る。


 しかし、それは昔の話だ。


 かつて『魔女』とは超自然的な力で人に害を及ぼすものとして、描かれてきたが、現代においては大きく異なる。


 現代の『魔女』とは一種の称号であり、畏怖の対象として認知されている。異能力に溺れてしまった存在。異能に魅入られ、異能に見入ったもの。


 異能中の異能。異能を超えた異能、『超異能』を振るい人類文明に破壊と恐怖をもたらす存在。それを『魔女』と呼ぶ。


 しかし、そうは言っても『魔女』も一人の人間であり、その言動は個人に依拠する。確かに『魔女』の存在は恐怖の象徴だが、人類文明に悪影響を及ぼすかは別の話だ。


 中には日本政府に協力する『魔女』もいるって話だ。


「『魔女』だったら政府に管理もしくは討伐されているはずだ。それにこの10年。日本で魔女が生まれたなんて話は聞いたことがない」


 昨晩の戦闘を思い出した。


 月下に白銀の髪が煌めき、幻想的な雰囲気を帯びた彼女。膨れ上がる膨大な魔力を行使して、終わりのない魔法の雨が降り注ぐ。


 確かに規格外の魔法力ではあると思う。しかし、あれが『魔女』かと言われたら、些か疑問が残る。


 『魔女』とは半分自然災害、天災と見なされている部分もあり、まるで地震や津波、台風のように広大な範囲に破壊をもたらす。


 しかし、昨晩の彼女にはそこまでの恐怖は感じなかったというのが本音だ。


「あいつがガキの頃はそうだったさ。大変だったんだぜ? 十大家系(オリジナル)の中からの『魔女』が生まれたなんて話が一般人に知られたら、それこそ俺たちの信用もガタ落ちだ」


「…………」


 特権階級による情報操作。なるほど、それなら俺が知らないことも頷ける。


「だがな。10年くらい前にあの魔女は記憶も感情も『魔女』の力も、何もかも失ったのさ」


「………どういうことだよ」


 アリスの笑みが脳裏をよぎる。あんなに綺麗に、快活に笑う少女のどこが感情がないというのだろうか。


 俺の動揺が嬉しいのか、四条の口が弧を描く。


「あの女は自分の兄貴を殺したのさ。俺も正確には知らねーが、一ノ瀬家の人間が騒ぎを聞いて駆けつけた時には、血の海だったらしいぜ?」


「なっ————」


「そこから先は知らねーが、あの女は表舞台から姿を消した。俺が最後に見た時は、なーんにも話さないマグロ女だったって話だ」


 昔のアリス。『魔女』と呼ばれ天災級の力を持った少女。彼女はなんらかの出来事の影響で自我を失っていた。


 しかしそうなると今の彼女と矛盾することになる。


「だけど、今のアイツはあんなにも感情表現が豊かだ」


「んなこと知らねーよ。時間の経過で感情が戻ったんじゃねーのか? とりあえずアイツは『魔女』なんだよ」


 それだけ説明すると、四条は腰を上げる。


「さぁて、あの女の恐ろしさが十分理解できたようだな。自分に話しかけてくれる唯一の存在が『魔女』だと知った感想はどうだ?」


「………そう、だな」


 ————あぁ。どうしてだろうか。


 四条が拳を鳴らしながら、俺に歩み寄ってくる。その背後で取り巻きの男が醜悪な笑みを浮かべる。


「お前と仲良くやろうってマトモな奴はここにはいねーんだよ!」


 四条の拳が迫る。


「感想か………」


 アリスの顔が浮かび上がる。出会ってまだ数日というのに、どうしてアイツは、こうも俺の心を占領してしまうのか。


 快活な笑み。悪戯好きな性格。美しく整った相貌。すらっとした体つき。白く輝く銀髪。その全てが脳内で反芻される。


 俺を、アイツはよく知っている。それはイリスの記憶もあるだろうが、彼女自身が俺に向き合っているからだ。


 だが、俺はアイツを知らない。全然知らない。それは出会って数日だからか? 違う。俺はアリスと向き合うことが怖かったんだ。


 俺をもっと知ろうとする彼女を、俺に踏み込んでくるアイツを。だから俺は———。


「アイツを———アリスをもっと知りたい」


 拳を躱す。


 今まで幾度となく受けてきた四条の拳。痛みはないが故に、殴り続けられたその拳を、俺は初めて自分の意思で躱した。


「————テメェ!」


「悪い。今はお前の相手をしている場合じゃないみたいだ」


 四条の脇を抜けて、全力でその場を離脱する。取り巻きが前方に立ちはだかる。奴も俺を止めようと何かの魔法を詠唱するが———。


「待てぇ! 四条さんが————」


 取り巻きの視界から消える。特殊な歩法と緩急によって取り巻きは俺を一瞬見失ってしまう。


「いつも思っていたんだが———お前弱いだろ」


 取り巻きの後頭部に手刀を放り込む。一瞬にして取り巻きの眼球が裏返る。


 かなり力調整をして、殺さないようにしてこの結果だ。分かっていたが、この取り巻きの取扱いは要注意だ。かなり力を抜かないと、下手をすれば本当に殺してしまう。


「———朝永(ともなが)ぁ!!」


 背中にいっぱいに四条の怒りを受け、俺はアリスの待つ屋上へと向かった。

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