第8話:老人
勇者。
知力や才能に溢れ、特に武力に優れているもの。また勇気ある者の総称。
英雄。
常人には成し得ない事を成し遂げた者。壁を超えた者。人々に明日をもたらした者。
一般的にはどちらも同一視される。基本的には常人を上回った存在であり、人々の羨望の対象であることは間違いない。
しかし、この二つには明確な違いがある。似ているようで根本的に違うこと。それは———。
『成したかどうか』だ。
簡単な話だ。何かを成さなければ英雄にはなれない。しかし、何を成さなくても勇者にはなれる。
英雄は勇者でもある。しかし、勇者は英雄ではないのだ。
そんな話を誰かから聞いたことを思い出した。
「人工的に勇者を作り出す———いや、見つけ出して何をするつもりだ? この地球には魔王は存在しないし、異世界からの魔物も最近は数が減っているぞ」
「理由はわからないけど、この実験を悪用して人工的に異世界転移に適した人材を集めていることは間違いないわ」
『魂の余白』がある人間を見つけ出して特殊な能力を付与させる研究。
現代において異能の適性があることは非常に社会進出において有利と言われている。誰も彼もが魔法や異能力に憧れ求める時代だ。
そんな中で人工的に才能を見つけることができる研究がどれほど凶悪であるかは言うまでもない。
「でもさ、その実験がどうやって半魔の出現に関係しているんだよ。さっきから異世界転移者の話ばっかりだ」
「概要だけ聞けばそう思うのも無理ないわね。だけど、この話は密接に関わっているの。初めに言ったわよね?………半魔はこの実験の被害者、もしくは結果生じていると」
異世界転移に適した人間を探す実験の被害者………ってことは!?
「もしかして、あいつらは『余白のない』人間ってことか!?」
「………大正解。本当に旅人は話が早くて助かるわ」
いつもの大正解に比べて低めのトーン。彼女もこの結果がいかに悲惨であるか理解しての言葉だろう。
「異世界転移に適したもの。すなわち魂に『余白がある者』を探すには、体に巨大な魔石を埋め込む必要があるの。適性があればその魔石が体と同化して特殊な能力を得る。適性がなければ————」
「魔石によって体が変貌して………半魔化するってことか」
「そういうこと。どう? 奴らの正体について理解できた?」
あぁ、理解できたとも。本当にヘドの出る話だ。あの半魔たちは正真正銘、無罪の人たちということ。
「それで私はパパの命令で、半魔たちの発生源を調べているってわけ」
「命令……?」
「そう、私は半魔を引き寄せやすい体質だから」
何か影のある言い方。どうやら、彼女にとってもこの部分は踏み込みたくない話題らしい。
「で、俺に助けて欲しいってのはどういうことだ?」
あからさまに話題を変える。アリスが話したくないのなら、今は聞く必要はない。時間が経てば話してくれるだろう。
踏み込まれると思ったのか、話題を変えた俺をアリスはびっくりしたような表情で見つめる。
俺としてもこれ以上長話をするのも疲れる。「さっさと本題に入ってくれ」というように彼女の視線を返した。
「………旅人にはね、研究を盗み出した犯人探しを手伝って欲しいの」
研究を盗み出した者。要するに今回の元凶を探せってことだ。その捜索には半魔との戦いも含まれていることは想像に難くない。
「………さっきの戦闘は成り行きだったけど、俺は学校で力を隠して生活している。それに一年のブランクがある。お前の要望に応えるのは難しいと思う」
「旅人が力を隠していることは知っているわ。………だってクラスのみんなから貴方にだけは関わらないようにって言われたもの」
「あぁ………。俺はさっさとあの高校を辞めたいんだよ。自分の力を誇示して、他人を虐げることが容認されるあの環境を、俺には耐えられない」
「嘘。それは言い訳だよ旅人」
「違う! 俺は————」
「イリスのことが忘れられないんでしょ? 彼女を殺した自分の力が憎いんでしょ? だから、異能という環境そのものから、自分を離そうとしている」
「————っ」
凛としたアリスの言葉が、鋭く尖ったナイフのように心に突き刺さる。
見透かされている。俺の心のうちも。俺の心の弱さも。
「なんで………分かるんだよ。お前とは昨日会ったばかりじゃないか……」
「違うよ。私はずっと旅人と一緒にいたんだもん。貴方にとって私は昨日今日の関係かもしれないけど、私にとって、貴方はずっと前から知っている大切な人なんだから」
「—————なんだよ、それ」
そんな顔、するなよ………。
俺よりも泣きそうなアリスの表情を見て、自分の情けない泣き言を言っていたことを理解し始める。
確かに俺はイリスのことが忘れられない。
彼女の笑顔。彼女の声。彼女と過ごした思い出。
彼女の血の色。彼女の肉の感触。彼女の命が消える感覚。
正と負の感情が入り混じり、感情がグチャグチャになっていく。
あぁ、そうだよ。
俺は自分の力が憎くて、憎くてしょうがない。
生き残るためだった。誰かを救うために求めた力だった。だけど、それは自分が一番守りたかったものを奪うために使われた。使ってしまった。だからこんな力から1秒でも早く関係のない世界に行ってしまいたかった。
自分の感情に任せて、うちに閉じこもることはできる。
———だけど。
真っ直ぐ俺を見つめる彼女を前に、そんな逃げ腰ではいたくなかった。
俺にとってアリスは昨日出会ったただのクラスメイトだ。だけどコイツはイリスの記憶を持っていて、イリスとそっくりで、イリスと同じ声で、———イリスとそっくりに笑う。
「………俺にどうしろっていうんだよ」
「私を手伝って。旅人にとっては関係の無い事かもしれない。だけど、私は自分の一族のしたこと。そして被害者の人たちを放っておけない」
真っ直ぐな瞳で、彼女は最も残酷なこと言う。
アリスだって分かっているはずだ。俺の事情も、俺の背景も。俺が断れないことも、全てを理解した上で、この少女は俺に戦えと言っている。
「———ちょっと考えさせてくれ」
「………判ったわ。明日の放課後、答えを聞かせて」
俺が頷くと、彼女は黙ってベッドから腰を上げ部屋を後にした。その背中はどこか寂しそうだった。
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「最悪だ。なんで起きたら昼過ぎなんだよ!」
慌ててベッドから起き家を飛び出す。時刻は12:40分。すでに学校では昼食が始まっている。
学ランのボタンを閉めながら学校に向かって走る。
「タダでさえ四条に絡まれている時は目立つってのに………こんな遅刻した日には大変なことになるぞ」
一瞬、サボることも考えた。が、どうもこの一年で学校がある日に通学しないとムズムズする体になってしまった。
この1年間は一度も遅刻をしていない優等生だったんだが。どうやら自分が想像していたよりも、昨晩の戦闘は体に負荷をかけていたらしい。
「………あとは精神的な部分もあるか」
通学路を走りながらそう呟く。
昨晩のアリスの言葉を思い出す。
『私を手伝って』
「俺に何ができるって言うんだっ」
吐き捨てるように、もう一度呟く。こんな情けない俺にどうして彼女は、そこまで期待を向けてくれるのか俺には理解ができなかった。
確かに身体能力は一般人よりも高い。しかし、それだけだ。異世界で使用していた力は、こっちの世界に来てから使用するハードルが上がったこともあり、無闇に使用できるモノではない。
「確か今日の放課後に、って話だったよな……。どうするかね………。おっと信号が変わるぞ」
青から赤へ点滅を繰り返す信号。大きめの横断歩道のため、この機を逃すとしばらく待つことになりそうだ。
反射的に地面を蹴り上げる横断歩道を渡っていく。すると前方に大きな荷物を持った老人が目に入った。
信号はじきに赤に変わる。このままでは老人は横断歩道の真ん中で立ち往生することになるだろう。
「大丈夫ですか? ほら運ぶの手伝うから信号渡り切りましょう」
「おぉ………悪いねぇ」
そう答えた老人の荷物を手に取り信号を渡り切る。ギリギリ赤になったタイミングで老人も渡り終えた。それを確認して右手に持った荷物を地面に置き老人に向き直る。
「こんな重たい荷物を持ってどこ行くんですか? 方向が同じなら手伝いますよ」
街の時計を見ると時刻は1時。こうなっては昼休みの投稿にも間に合わない。乗りかかった船だ、と思い老人を手伝うことにした。
「東京魔法学校に行くんじゃよ。もしかして、そこの学生さんかな?」
「お、それなら目的地は同じですね! せっかくですし一緒にいきましょう」
偶然にも目的地が同じだった老人の隣に立ち、学校を目指す。
老人はハットを深く被り、春だと言うのに深緑色のマフラーを首に巻き、厚手のコートを身につけている。見たところ年齢も80代ほどで、体のあちこちにガタが来ているようだ。
「魔法学校に少し用事があってのぉ。持って来たのはよいが重すぎて困っておったところじゃ」
「そうだったんですね。ならタイミングも良かったわけだ。俺も起きたら昼過ぎで血相変えて走っていたんですけど、こうなったらどれだけ遅れても変わんないですよね」
俺がそう言うと老人は上機嫌に笑う。
「私は魔法学校の校長とも顔見知りでの。遅刻は目を瞑るように言っておこうかの」
「え、本当ですか!? 助かるなぁ」
正直、遅刻による減点よりも目立つことを避けたいのだが、せっかくの好意だ。遠慮なく喜んでおこう。
「………どうやら少年は悩んでいる様じゃな」
突然、老人の声色が変わる。
「え?」
「なに、この歳にもなれば多少、人間の機微が分かると言うもの。お主のその顔は、重大な岐路に立たされたモノの顔じゃ」
こちらを見ずに老人はそう言う。相変わらずハットを深く被っており、その表情は見えない。
せっかくの機会だ。自分よりも遥かに長生きした人の知恵を借りるってのもいいだろう。
「なんというか、自分の気持ちに整理がつかないんですよ。自分を許せないというか。帰路に立っていることは間違いないんですけど。うーん、うまい説明方法が見つからない……」
あまりに自分の置かれた状況が特殊なため、うまい例え話も、表現も出てこない。ただ、自分の感情に整理がついてないことは事実だ。
「ふむ……そうじゃの。儂も自分の侵した罪を悔いることはあった。どれだけ自分を責めても、どれだけ周りに罵倒されても、前に進めなかった」
「…………」
「しかしの少年。結局、自分を許すなんて大層なこと人間には不可能なんじゃよ。仮に人間の罪———『原罪』を神が定めたものだとしたら、それを許せるのは神しかおらん」
『原罪』。神話においてアダムとイブが犯した罪。今日、俺たちが俺たちであるための罪。
「畢竟、罪を背負って生き続けるしかないのじゃよ。何人も罪から逃れられず、許されることはない」
逃げられない。許されない。それはすなわち————。
「解放はなく、それを背負い続けることが唯一の償いってこと………ですか」
イリスを殺したこと。それから逃げることはできない。ずっと背負い続けるか……。
「それって一番難しいし辛いですよね」
「人生そんなもんじゃよ————。おっと着いたようじゃな」
気がつくと、見知った魔法高校の正門前に立っていた。
「本当に助かった。ありがとう少年」
「いえ、俺もいい話を聞かせてもらいました。教室まで案内しますよ」
「いや、大丈夫じゃ。どうやら案内も来たようじゃしな」
老人のその言葉と同時に、校舎から一人の女学生が出てきた。制服に黄色のリボンをしていることから、一つ下の学年のようだ。
「五十嵐様。お迎えに上がれずに申し訳ございません。突然、校長に所用が入ったものですから………」
「いや、大丈夫じゃよ。そこの少年が荷物持ちをしてくれての」
老人の言葉に従い女学生が俺の方を振り返る。
「————先輩」
「あぁ……なんだ、皆月か」
見知った後輩の登場に肩から力が抜ける。
「こんな時間に登校ですか。無能者って言われているんですから、1分でも早く教室に行って授業に参加するべきじゃないんですか?」
相変わらずのキツい言葉。抜き身のナイフを思わせるその態度に苦笑する。
彼女の名前は皆月雪那。肩まで伸ばした黒髪に、雪を思わせるほど白い肌。キリッとした目尻と気の強そうな瞳が印象的な一学年下の少女。
彼女とは何かと旧知の仲であり、俺が異世界に行く前から知っている数少ない顔見知りでもある。
「相変わらず皆月はキツイなぁ。ま、お前がいるなら安心か。———それじゃ失礼します。相談に乗ってもらってありがとうございました」
「うむ………お主とはまたどこかで会う気がするのぉ」
老人の社交辞令に軽く笑い校舎に向かう。
「なんだ、あの少年がいつも話している『先輩』じゃったのか?」
「い、五十嵐さんは黙っててください!」
なにやら後ろが騒がしいが気にせず教室に向かうことにした。
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