表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

第7話:調査

「ふぅ…………つかれたぁ」


 半魔の完全沈黙を確認したのち、その場に座り込む。


 全ての半魔を駆逐したことで、辺りを覆っていた結界が消えていく。闇の帷が消えた後でも、戦いの痕跡は残る。砕かれた道路、崩壊した外壁、破損している民家。幸いなことに結界のおかげで、民家の住民には被害はないようだ。


「旅人。疲れていると思うけど、ここじゃ人が集まってくるわ。移動しましょう」


「そうだな……わかった」


 こちらに飛び降りてきたアリスの言葉に従い、その場から立ち上がる。ふと、周囲を見渡すと殺した半魔の体がない。


「半魔は魔族化した人間。死んだ後は遺体も残らず、魔力の粒子となって消えるわ」


「そうか………本当に人間じゃないみたいだな………」


 せめて遺族に遺体だけでもと考えるが、アレはもう人間の範疇に収まる存在ではなかった。むしろ遺体が回収されない方が遺族や当人にとっても幸せだろう。


「移動すると言ってもどこに行くんだ? この辺りは広場もないし、学校に戻るのか?」


 カバンから携帯を取り出し時刻を確認する。時刻は19時過ぎ。学生が出歩いていても補導される時間ではないが、この騒ぎの後だ、あまり目立つ場所は避けた方がいいかもしれない。


「決まってるわよ!————————」


-------------------


「なんで俺の部屋なんだよ!!」


 (ところ)変わって、愛しい我が家。この一年、何人(なんぴと)たりとも踏み入れさせなかった鉄の要塞があっという間に陥落してしまった。


「へぇ、ここが旅人の部屋かぁ。狭くて汚いところなのね!」


「うっせ! お前が無理やり押し入って来たんだろ! お前がどんな所に住んでいるのか知らないが、一般的な一人暮らしの部屋だよ!」


 先程の住宅街から少し歩みを進めた場所に位置する一般的なアパート。二階への階段を上り、突き当たりの部屋が俺の根城だ。


 間取りは1Kのごく普通の一人暮らし用の部屋。何も変わったところはない。強いて言えば、このアパートは8室あるというのに、俺の部屋と上下対角線上にある部屋しか入居者がいないことか。


「もっと広い所に住めばいいのに。やっぱり旅人って変わっているのね」


「お前、本当にどういう家庭で育ったんだ………? 俺だって住めるなら住みたいさ。卒業した後の生活を考えると、仕送りを無駄にしたくないってのもある」


 現状、実家からの仕送りを食いつぶして生活しているわけで……。可能な限り、貯金をしつつ、将来の生き方を考えないといけないのですよ。


「あれ……?とっくに気が付いていると思っていたんだけど。私、『一ノ瀬』グループの令嬢よ?」


「あん? 冗談も大概にしろよ。一ノ瀬グループって、あの魔道具で有名な————」


 そこまで言って自分の間抜けさに気がついてきた。さぁーっと背筋が凍り、鳥肌が立ってくる。


「え、えっ!? う、嘘だろ? 一ノ瀬ってあの一ノ瀬………? 六本木にあるビルのある?」


「そうそう、その一ノ瀬。私はそこの令嬢」


「………………は、ハハ」


 考えてみれば、こいつの言動が一々可笑(おか)しかった。自動販売機を使ったことがないし、俺を見つけた次の日には転校してくるし。そういえば、あの担任がアリスには敬語を使っていたような……。


「一ノ瀬グループって、十大家系(オリジナル)の一家で、魔道具の販売で有名なあの一ノ瀬グループだよな?」


「うん! 今の社長は私のパパ。会長はおじいちゃんだよ?」


「今の時代で一族経営って前時代的よねぇ」とかなんとか、ほざくアリス。


 本格的に頭が混乱してきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前は異世界の魔王の記憶を持っていて」


「うん♪」


「半魔とかいう訳の分からん存在と戦っていて」


「うんうん♪」


「その上、あの一ノ瀬グループの令嬢だと」


「大正解〜〜!」


 なんだよそれ。どれだけ属性を盛れば気が済むんだこの女は。いくらなんでも無茶苦茶だ。


「はぁ………。もういい。とりあえず待っててくれ。着替えるから」


 なんだか色々考えることが面倒になってきた。とりあえず部屋着になってリラックスしよう。そうだ、温かいコーヒーでも飲んで心を落ち着かせるのがいい。


 学ランをハンガーにかけ、Tシャツに手をかける。


「ちょ、ちょっと旅人! いきなり脱がないでよ! は、恥ずかしいじゃない!」


 何やら文句が出たので洗面所で服を着替えさせられた。そんなに俺の体見たくないのか?割と引き締まっている方だとは思うんだが。


 1日で山ほど情報が入って来たので、ここらで整理することにする。お気に入りの機械でコーヒーを落とし、自室の床に座る。


 一口飲むと、いつもの香りが心を落ち着かせてくれる。カップをローテーブルに置き、ベッドに腰掛けるアリスに視線を向ける。


「———で、どうしてお前は半魔に追われているんだ?」


 まず、解決しなければいけないこと。先程、俺たちが倒した異形の者たちについて話を進める必要がある。


「それと………この小刀。最後に投げたのはお前だろ?」


 カバンにしまっておいた小刀を卓上に出す。先程の戦闘の最後の一手にしようしたものだ。


 改めて見ると業物であることがわかる。木で作られた柄。あの巨体を切ったというのに刃こぼれ一つない刃渡り。


「————貴方に使ってもらおうと思って準備していたの。気に入ってもらえた?」


「どこまで用意周到なんだよ………。あの半魔が出てくることも予想通りだったんだろ?」


 先の戦闘はアリスが予想していたもの。知らなかったのは俺だけだ。


「もう巻き込まれたんだ。ある程度、情報を出してもらうってのが筋だと思うんだが?」


「もちろん話すつもりよ。だって私は旅人に助けてもらおうと思って、ここにいるんだもん」


 眩しいほどの笑顔に、僅かに目を細めてしまう。どうして彼女は俺に全幅の信頼を寄せるのだろうか。まだ出会って1日という俺に。


「一つずつ話していくわね。まず、あの半魔はうちの魔道具の実験を応用して作られたものなの」


 一ノ瀬グループの魔道具は世界的に有名だ。


 魔道具とは魔力を保有した鉱石『魔石』を埋め込んだ一連の道具を指す。魔石に保存された魔力を、外装に刻まれた魔法陣によって制御し運用するのが魔道具だ。


 開発された当初は電化製品の方が優れていると言われたものだが、電気では解決できなかった技術や、電気と魔力双方の応用によって実現可能となった技術も多く存在する。


 例えば自動車。一昔前はガソリン車が主であったが、今では電気の代わりに魔力を使用した『魔動車』が一般的なものになっている。ガソリン車と異なり排気ガスも出さず、貴重な鉱石も使用しないことから、世界中で製造販売されている。


 『魔動車』(昔からの名残で今でも自動車と呼ばれている)を代表する魔道具の台頭によって、成長したのが一ノ瀬グループだ。


「知っての通り、一ノ瀬グループは魔道具市場シェアNo. 1『一ノ瀬魔道具』を中心としたコングロマリット企業よ。その傘下に『五十嵐工業』っていう魔力と遺伝子の関係を研究する企業があったの」


「色々な企業が参加にあるって話は聞いたことがあるな」


「私だって全部を把握していないくらい、ありとあらゆる企業が傘下にいるわ。ナンバーズである五十嵐家が運営する『五十嵐工業』もその一つだったの」


 数字付き(ナンバーズ)。一ノ瀬や四条を代表する十大家系(オリジナル)の傘下に属する一族の総称。その(ことご)くが名前に数字を持つことから、その名前がつけられた。


 俺のような一般市民にとっては数字付き(ナンバーズ)ですら、天上人だ。目の前にその上の一ノ瀬がいることは一旦置いておく。


「1年くらい前になるわ。その『五十嵐工業』のとある研究結果が何者かによって盗まれたの」


「研究結果が……?」


 数字付き(ナンバーズ)が運営する企業ともなれば、ニュースになってもおかしくないが、過度な情報漏洩を避けた結果、一般市民には何も知らされていないのだろう。


「………ただの研究結果なら諦めもついたわ。だけど、それが特級にやばい代物だったの」


 アリスが、いや、一ノ瀬がヤバいと言い張るほどの研究だ。新たな魔道具に関するものだろうか?


「————『外発的異能発現の再現性』。異世界転移に伴う魔力を代表する異能の発現メカニズムとその再現を目指した実験」


 神妙な表情で彼女はそう言った。


「………お前、もしかしてワザとややこしく話してるだろ」


 俺がそういうと、神妙な面持ちからアリスの顔は一転。明るい笑顔を浮かべ、ぺろっと舌を出した。


「えへへ、バレちゃった? 困った顔するかなぁって」


「こっちは真面目に話聞いてるんだぞ。もっと簡単に話してくれ」


「えっとね、すっごく簡単にいうと、人工的に異世界転移者を生み出そうとした実験なの」


 異世界転移。それは自然か、神によって導かれたものが次元の壁を越え別世界に移動する現象を指す。


「地球から異世界の扉を開こうとしたってことか?」


「違うわ。地球にいながら、異世界転移と同じ現象を人間に施そうとしたってこと。ほら、異世界に転移すると特殊な力に目覚めることが多いでしょ?」


 異世界転移者の特典。魔力を持たないものが魔力に目覚めたり、スキルと呼ばれるような魔力とは異なる能力に目覚めるケースもある。それらは全て転移先の異世界によって決定され、その異世界でのルールが適応される。


「異世界転移で後天的に得られる能力を、地球にいながら得ようとしたわけか……」


「そ! 成功すれば地球人全員が異世界帰還者になって、人類は次のステージに行くと思われていたの」


「………過去形ってことは、失敗したんだな?」


「さすが旅人! 実験は失敗。万人を異世界帰還者にするなんて不可能だった」


 そう簡単に夢のような話は実現しないってわけか。


「何が原因だったんだ?」


「理論的にはほぼ完璧だったの。唯一の問題は人間の『魂』という器は、個体差があったってこと」


「————『魂』か」


 偶然にも俺にとっては身近な言葉が出てきた。


「異世界転移している人たちは総じて、生物としての魂のキャパシティーが大きかった。魂の余白を使用して付与されていたのが転移特典。そのキャパシティーは人によって差があるから、余白がない人たちには特典が付与できない」


 そして、大半の人間にはその余白が無かったってことか。


「そりゃそうだ。『魂』ってのは簡単に測れるものじゃない。現にどれだけ魔法や科学技術が発展しようと『魂』の観測だけは誰もできていない」


「へぇ………随分詳しいんだね。そう、旅人の言う通り。現代において『魂』は観測できない事象の一つ。観測できなければ干渉できない。この実験も『魂』の観測の必要性は分かったんだけど、観測はできなかった」


 『観測できないこと』が分かったってことか。


「ここまでの話だと、その実験の何が重要なんだ? 失敗したようにしか聞こえないけど」


「考えてみて。観測はできないけど『魂には余白があり、それが異世界転移には関係している』ことは判ったんだよ? ———あとは虱潰し(しらみつぶ)に探せば余白のある人も見つかるよね?」


「なっ————」


 アリスの言っていることはこうだ。


 魂の余白があると異世界転移の特典が付与できる。だが魂が観測できないため、余白について確認することはできない。


 しかし、この実験は「魂に『余白がある者』は存在する」事実を証明した事になる。すなわち————。


「『余白がある者』を見つければ異世界転移者は、人工的に作れるってことか」


「そう! でも、ここまで答えを見つけて『五十嵐工業』はこの実験を凍結したの。理由は簡単———」


「非人道的過ぎるから、か」


「大正解〜〜! 虱潰しに『余白がある者』を探すなんて、非効率的過ぎるし、あまりに検体者が多過ぎる。だから実験は凍結。この話は一ノ瀬の家長にだけ伝えられて封印されたの」


 それが盗まれた。ってことか。そんなにヤバい実験ならもっと厳重に封印しておけと言ってやりたい。


 なるほど。話は見えてきた。しかし問題がいくつかある。


「どうしてその研究が盗まれたんだ? 人類を一人一人実験するようなものだろ? 一ノ瀬の財力くらいないと不可能だ」


「うん、私も初めはそう思ったんだけど、鍵はこの『余白がある者』にあるみたいなの」


「どういう事だ?」


「『余白がある者』って、要するに異世界転移者って事でしょ? そういう人達って大体、異世界で何になると思う?」


 おいおい、嘘だろ————。


 パーツが組み上がっていく。これまでの話からアリスが言わんとしている事が自然と導き出される。


「『勇者』————英雄を作り出そうとしてるのか!」

面白かった方はブクマや、評価、感想をくださると嬉しいです。



特に評価はランキングに上がりやすくなるのでムチャクチャ嬉しいです。

お時間に余裕があれば、ポチッと下の星を入れてもらえると幸いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ