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第六話:月下

 異世界。そこは地球と次元の壁によって隔たれたもう一つの世界。それぞれの世界は交わり合うことはなく、どこまでも平行線な存在。


 しかし、自然現象———それを神の悪戯という方が正しいのかな? 理由はどうであれ、次元の壁を超え、異世界の扉を開ける存在が時折現れる。その者たちを、異世界人は転移者と呼ぶ。


 異世界へ迷い込んだものは、特殊な能力に目覚める事がある。それは次元を越えたからなのか、はたまた神の悪戯なのか、それとも———。


 特殊な能力は多岐にわたる。転移した世界に応じた能力に目覚める事が多く、それは職業なのか、スキルなのか、超能力なのか、時と場合によって様々。


 想像して欲しい。もし君が、ある日異世界に転移してしまったら? なんの戦闘経験もなく、なんの準備もなく、なんの能力もなく、異世界に転移してしまったら?


 君は生き残れるだろうか? 何かを守る事ができるだろうか?


 さて、昔話をしよう。


 ある日、異世界に迷い込んだ少年がいた。


 少年には何もなかった。特段、恵まれた身体能力があったわけでもなく、優れた知恵を持っていたわけでもない。


 しかし、彼は生き残りたかった。死にたくなかった。明日が想像できないほど、今日で精一杯だった。死ぬ物狂いで生き続けた。そんな時、彼にも守りたいものが少しずつ増えていった。


 気がつくと「何も失いたくない」と考えていた。元々、何もなかった彼には、何かを失う辛さに耐える事ができなかった。


 だから彼は、自分から奪うもの全てを殺した。


 殺して、殺して、殺して————。気が遠くなるほどの殺戮の記憶。世界の色が『赤』しか存在しない、とすら思えるほど殺し続けた。


 そして———(ルール)をも殺した。


 しかし、そんな簡単に世界は変わらない。


 どれだけ自分が頑張ろうと、必ず取り溢すものがあることを知った。どれだけ殺そうと、どれだけルールを変えようと、手に入らないものを知った。

 

 足掻いて、あがいて、アガイテ————。


 そして、(ルール)を失った世界は次第に崩壊に近づいていく。


 昔話はここでおしまい。


 神を失った世界は崩壊する。これはどの世界でも当たり前の結末。神とは、それ自身がルールであり、法則を定め、施行するモノでもある。


 そうだね、君たちに分かりやすく説明すると……。スポーツで言うとルールブックと審判。国で言うところの憲法と政府。取り締まるものがなくなれば、どんなものでも無秩序(カオス)になる。崩壊は目の前さ。


 さて、ある少年によって崩壊目前の世界はどうなったのか。今はまだ知る必要はない。


 だけど。これは喜劇でも悲劇でもない。そうこれは————単純明快な『英雄譚』さ。


 彼が救われるかどうかは関係ない。英雄とは万人に明日(ひかり)を与えるもの。きっとその話の結末には何かしらの救いがあるはずなのさ。


----------------------


「————はぁっ」


 蹂躙された住宅街。人類の生活空間は瞬く間に四大元素に彩られた。


 燃え上がる。吹き荒れる。打ち上げる。砕け散る。最も簡易的な魔法にして、原初の自然現象を操る人外の者たち。


 息を吐く。心臓の音がいつもよりも煩い。ドクンドクンと嫌と言うほど脈動し、自分が生きていることを知らせてくる。死に近い状況だからこそ、生を感じるこの感覚がなんとも言えない。


「■■■■■■■■————」


 半魔たちによる魔法の発動。とても詠唱とは言えないナニカによって、急速に魔法陣が組み上がっていく。この言葉に思考はなく、ただ魔法を形成するためだけに機能している音の羅列。


 半魔たちの体内から強大な魔力が湧き上がる。際限のない魔力生成。命を燃やし、生命としての限界を代償に引き出す超常の力。明らかに一般的な人間の出力を超えた魔力の行使によって、奴らの体の一部が燃え上がる。


「————■■■」


「………今、解放してやるから。少しだけ待ててくれ」


 一年ぶり。この一年、誰かと喧嘩することなく穏やかに過ごしていた。ましてや命のやり取りなんて、久しく経験していない。


 しかし、不思議と不安はない。この程度の脅威。これまで何度も超えてきた。あの世界で経験したことは俺の中に確実に息づいている。


 息を一気に吸い込み、駆け出す。


 考えるべきは生存、打つべき手は最善手、手繰り寄せるは勝利。全ての余計な思考を排除し、深く、深く潜る。


「■■■—■■■■」


 僅かに音塊(えいしょう)が変調したかと思った時、眼前の魔法陣が煌めく。


「来る————っ」


 瞬間、視界を覆うほどの数多の魔法が射出される。空気を切り裂き、轟音を奏でる超常の力。四大元素に応じた魔法が俺の命を消し去ろうと迫り来る。


 時速80kmほどだろうか。以前一人で行ったバッティングセンターを思い出した。日常であれば見慣れない速度。一方で、確実に視線で捉える事ができる速度の限界値。


 一つであれば躱すことは容易。しかし、それが十数発になれば対処することは困難を極める。


 視界を覆う魔法の群れを前に、思考する。


 対処方法は限られている。以前であれば『壊して』いた。しかし、現在は武器もなければ、体も鈍っている。『壊す』は悪手だろう。それなら————。


 力強く地面を蹴り上げ、さらに奴らとの距離を詰める。


 魔法との距離は————無い。視界を覆う巨大な炎の球。その熱が前髪を焦がした瞬間、さらに斜め前方に踏み込む。


 紙一重。前髪を焦がした熱が、僅かに側頭部を撫で後方へと消えていく。


 さらに複数の魔法が飛来する。先方するは視界を縦に割るように走る稲妻。白く煌めく電雷が一瞬にして、眼前に迫り来る。


 左足を軸に雷が体に触れる瞬間に、体を回転させ受け流す。三手、四手と水魔法、風魔法が迫るが、(ことご)くを掻い潜っていく。


「————調子は悪くない。一人目だ」


 背中に悪魔を思わせる翼を持った半魔の懐に入る。半魔は膨大な魔力を有している反面、その動きは緩慢だ。目の前で起きた事象を瞬時に脳内に信号として送り、その情報を体に片影させる動きがひどく鈍い。


 その半魔の側頭部に蹴りを叩き込む。左足を軸足に、右からの回し蹴り。首を視点に半魔の頭と首がくの字に曲がり————肉が潰れ、骨が砕ける音が木霊する。


 奴が突っ込んだ民家外壁は凄まじい音を立てて、砕け散り、半魔はその瓦礫に埋もれた去った。


 体を反転させ、後方のもう一体に拳を放り込む。顔面、顎、鳩尾、心臓の四箇所に打撃を食らった半魔の動きが一瞬固まる。


 半魔といえど、元は人間。どうやら急所は同じようだ。


「————二匹目」


 後方に回り込み、一匹目同様に首をへし折る。


 首を折れば流石の半魔といえど死亡するはず。仮に死なないとしても詠唱もできず、魔法による狙撃は不可能になる。

 

 触れて気がついたが、半魔の体は冷たい。異世界で何度も知った死んでいる生物の体温。俺が行うのは、死んでもなお拘束されている彼らの魂を解放してやること。


「————っ」


 正確には人殺しでは無いにしろ、自分の手で生命の活動を停止させている状況にどうしようもない不快感を覚えてしまう。


 どうやら、異世界で磨耗したと思っていた、俺の死生観はこの一年で正常に戻りつつあったらしい。


「………引っ込んでおけ。今はそれどころじゃない」


 自分の本能的な部分での忌避感。抗いようのない感情を奥深くに押しやりながら、体の駆動を続ける。


 半魔たちは目の前で同胞が殺されていると言うのに、奴らの反応は変わらない。


「仲間としての認識すらないのか」


 通常、生物であれば自分の仲間が殺されれば、何らかの感情が表出する。しかし半魔たちに変化はない。生物としてズレた行動。


 しかし、俺にとっては好都合だ。余計な要素を考慮せずに、殺すことができる。


「6人目だ」


 次々と半魔を狩っていく。繰り出すは必殺。狙うは必中。全ての攻撃に意味があり、全ての動きには結果が求められる。奴らの拳を砕くことも、腕を折ることも、両足を砕くことも。全ては奴らの命を刈り取るためにある。


「■■■■■■■■————」


 これまでで一番の魔力の奔流。荒れ狂う魔力の波を耐え、発生源を視認する。


「ぐっ———流石に、自分の命の危険を感じたってか?」


 強大な体躯。高さ二メートルは超える男の半魔。ガッチリとしたその体を見るに、素体となった人間は何かしらの武道を行っていたことがわかる。


 その半魔は他と異なり、迸る魔力によって焼かれている部分が少なく、その瞳には僅かな意志を感じる。恐らく半魔化と言うのは、素体となった者の素養によって成果が大きく異なるのだろう。


「■■■■————!!」


 奴の背後から暴風が吹き荒れる。凄まじい風に僅かに体が浮き上がるのを、地面を踏み締め耐え凌ぐ。


 奴の背中にある巨大な翼が広がったかと思えば、そこに魔法陣が刻印されていることに気がつく。


「んなっ————刻印術式かよ!」


 慌ててその場から飛び退く。瞬間、奴の翼から暴風の渦が吐き出された。


 まるで生き物のように動く風の渦は、地面からコンクリートを抉り取り、民家の外壁を砕き、電柱をあっという間に飲み込んでいく。どれだけ堅牢に作ろうと、研ぎ澄まされた自然の力には、人工物は勝てないことを思い知らされる。


「あっぶねぇ……流石にあれは一溜まりもないぞ……」


 その風の渦は他の半魔すらも飲み込み、あっという間に一掃していく。どうやら奴も形振(なりふ)り構っていられないらしい。


「味方ごとか…………。流石に、あれを倒すのは骨が折れるぞ」


 現状、素手のみでしか戦えない俺は、あの風の渦を超えて、奴の息の根を止める必要がある。先程までの半魔と異なり明らかに意志を感じさせるあの個体。懐に入ったタイミングに何かしらの抵抗は予測できる。


 どうしたものか、と思案を開始したその時、背後に凄まじい魔力を感じた。


「————っ!?」


 慌てて振り向くと、月下(そこ)にアリスはいた。


 白銀の髪を(なび)かせ、髪色と同じ魔力光が天高く昇っていく。その整った相貌と闇を照らす光はまるで、神か天使を思わせる。空に広がった夜を彼女の魔力が塗り替えていく様は正に神の御技だ。


「あいつ、あんな魔力持っていたのかよっ」


 想定外のアリスの能力に驚きを隠せない。半魔たちの魔力が100だとしたら、彼女の魔力は3000……いや5000は下らない。それほどまでに規格外の出力に驚きを通り越して、呆れてしまう。


「そんな力があるなら俺に任せるなよ………」


 しかし、これほどまでに力強い存在はない。


『私の魔力じゃこの結界を突き抜けちゃう。トドメは旅人(たびと)がお願い!』


 突然の念話に驚きながら、彼女を見る。力強い瞳と思わず視線が合う。そう言えばアイツもあんな目をしていた。………本当、我ながら重症だ。


「わかった。………でも、トドメを刺すには俺じゃ火力不足だぞ」


 巨体な上に他の半魔よりも知性があり俊敏なあの個体を倒すとなると、俺一人だと厳しいものがある。


『大丈夫! 策は考えてあるから! 旅人は安心して突っ込んで!』


「そんな簡単に言うなよ………。ま、お前が後ろにいるなら大丈夫か」


『————っ!? も、もうっ! いきなり恥ずかしいこと言わないでよ!』


「何が恥ずかしいんだ? 俺はお前を信用して————」


『———来たわよ、旅人!』


「わーってる!」


 風の渦が轟音を上げて迫る。半魔もアリスの規格外の魔力量で実力差を把握したのか、彼女には目も暮れず、俺だけを狙い続ける。


 地面を蹴り上げ民家の外壁、壁、屋根を縦横無尽に駆ける。


『旅人って壁も走れるのね!』


「いきなり話しかけてくるな! さっさと援護しろ!」


『ぶぅー、折角カッコいいところ見たかったのに』


 そうこう言っているうちにアリスの援護が始まる。


 圧倒的物量による掃射。先程の半魔たちの魔法攻撃が児戯に感じるほどの、魔法の雨。狙いもクソもない。俺が全てを躱す前提で、このエリア一体に魔法の一斉掃射が始まった。


「————完全に俺が躱すと思って攻撃してやがる」


 アリスからの念話はない。言葉を聞く必要も、表情を見る必要もない。なぜかアイツの思考が手に取るようにわかる。


「■■■■■■■■————」


 これほどの手数となっては半魔も躱すことは不可能だ。風の渦で最低限の防御を行うがそれ以上の物量に押されていく。


 しかし、トドメにはなり得ない。アリスの魔法が直撃し焼け落ちた部分から急速な回復が始まる。やはり一撃の元に命を狩る必要がある。


 魔法の雨を掻い潜りながら機会を待つ。俺が奴の懐に飛び込み、反撃の隙を与えず勝利できる最高の一瞬を。


 その時、アリスの魔法によって奴の翼が破壊された。翼の刻印から放出されていた風の渦が一瞬消える。


 ———来た。待っていた勝機。


 嫌な予感が脳裏をよぎる。俺の手には奴への決め手がない。この機に突っ込んでも、勝利できる可能性が低い。しかし————。


『策は考えてあるから!』


 アリスの言葉がはっきりと聞こえた。自然と体が動く。


「—————っ」


 一気に体重を移動させ、駆けていた民家の壁を蹴る。地面に着地し獲物を視界に入れる。やつまでの距離は10m。俺なら三歩で殺せる。


 一歩目。4mを殺した。奴はまだ死角の俺に気がついていない。


 翼の再構築が始まる。奴も命の危機を感じてか、先程の倍以上の速度で翼の再生が行われる。


 二歩目。8mを殺した。ようやく奴も俺の存在に気がついた。


 お得意の魔法は間に合わない。そう悟ったのか、凄まじい勢いで腕が振われる。殴るわけでもなく、ただ俺を遠ざけるための本能的な行動。それほどまでに、目の前の半魔は俺を脅威と捉えている。


 その時、背後から何かが凄まじい勢いで飛んでくることを感じとる。魔法ではない。何か質量のあるもの。無意識に、ナニカへ手をかざす。


 三歩目。10mを殺した。半魔へ完全に肉薄する。


「■■■■■————」


 巨大な肉塊が轟音をあげる。本能が怯える音塊。理性を超えて聴覚から直接、本能に恐怖が叩きつけられる。


 コンマ数秒、体の動きが硬直する。ほんの僅かな隙。かつての俺では発生し得なかった隙を半魔(やつ)は見逃さない。


 振り払われる巨腕。風を切り暴力の化身が俺に直撃した—————。


「—————っ!」


 直撃する数コンマ前。いや、もはやこれは同時だったのかもしれない。


 右手が————小刀を握った。


 まるでその小刀が切り裂いたように、体を縛っていた恐怖が一瞬で消え去る。


 見てもいない。確認もしていない。しかし、その握り、重さ、重心の位置で、それが小刀であることを本能が理解する。


「———あぁぁああああ!!」


 巨腕を切り落とす。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 半魔にも痛覚があるのか。それとも確信した勝利が零れ落ちたことが悔しいのか。意味を為さない咆哮が天を衝く。


 もう奴に恐怖を感じない。


 何度も繰り返した。人を解体する所作を行う。まるで体がこうなることを知っていたかのように、スムーズに動いていく。


 心臓を、胴を、足を切り飛ばす。


 そして————。眼前の首を跳ね飛ばし、半魔は完全に沈黙した。

初の戦闘シーンでした。

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