第3話:転校生
「………はぁ、昨日のあの女は一体なんだったんだ」
教室の自席に突っ伏す。あれから何度も記憶と感情の整理を試みたが、昨晩の出来事を思い出すたびに、混乱していることは言うまでもない。
異世界の魔王に似た、アリスと名乗る少女。彼女は自分の名前だけ名乗ると、何かに気がついた様子で、消え去ってしまった。
異世界にいた時の俺なら、十分に追跡可能だったが、1年間で鈍った体は彼女との追いかけっこで随分と疲弊していた。
両足が鉛のように重く、思うように初動に入れなかったことが、彼女の正体を暴けなかった要因であることは間違いない。
「まずは、アイツの正体を突き詰めないとな……」
イリスに似ていることは大前提として、異世界の魔族がこの世界にいることが大問題だ。
この地球と異世界の通路については諸説はあるが、大方の見方としては3通りある。
1. 自然現象による発生
2. 神為的な行為による発生
3. 人為的な行為による発生
一つ目であれば、予測はほぼ不可能だ。地震や台風に似たものであり、ある種の天災と言える。
二つ目は、いわゆる『神の御心』と言うやつ。地球や異世界にいる神によって、その扉が開かれ、神の気分次第て閉じられる。
三つ目は、異世界の扉を管理している人間が存在するパターン。
俺としては異世界で散々神って奴を見ているわけで、嘘みたいな話だが、二つ目の説が有力だと見ている。
「となると、向こうの神が、あの女をこっちに送り込んだってことになるのか?」
地球と異世界が繋がっていることが判明した時。確かもう100年近く前の話になるが、異世界から魔物や人外の生物が地球に雪崩れ込んだ来たことが起因している。
超常の生物の出現によって、地球以外の世界。別時空に存在する別の世界の存在に地球が気がついた時、同時に異世界帰還者が公にされ、地球に存在していた超常の存在にも説明が可能となった。
「この魔法高校も、その異世界からの侵入者の対抗策として、作られたわけだしな……」
「おいおい、今日も相変わらず、間抜け面浮かべてやがんな!」
———ドンっ!
何者かによって、机が蹴られる。机がズレると直すのが面倒なので、力ずくで机を押さえ、全く動かないように固定する。
「……二条か」
「二条か、じゃねぇよ! 俺は十大家系の一つ、二条家の司様だろうが!」
金髪に鋭い目つき、耳まで伸びた髪をヘアピンで止めた、いかにもな半グレ。着崩した制服に、高圧的な態度。彼こそが俺のクラスメイトにして、毎日のように俺に嫌がらせを行う、張本人。二条司くん、だ。
「あぁ、そうだった。毎日君を見てると、本当に十大家系は程度が低いことを思い知るよ」
「………テメェ。今日こそはぶっ殺してやるよ」
二条に胸ぐらを掴み上げられ、壁に追いやられる。
「『無能者』のくせに、どうして毎回お前は、俺の癇に障るようなことを言うんだぁ? 雑魚は雑魚らしく、教室の隅で震えてろや」
それはお前が俺の癪に触るから、とは言えない。
「———オラァ、一発目!」
二条の拳が魔力で強化され、赤黒く輝く。どうやら、いつも通り、俺を教育してくれるらしい。よくもまぁ、飽きないものだ。
「————」
右頬に拳が入る。
「二発目!三発目!四発目!」
左右の頬、交互に拳が入れられる。魔力で強化された拳は、プロボクサー………いや、もはやこれは交通事故だな。
二条家は、日本の異能世界を古くから管理していた十大家系の一家であり、優れた魔法資質をもった大家だ。そんな一族の子供である二条司から繰り出される拳は、魔力を使えない学生なら即死、もしくは何かしらの障害を追う可能性が高い。
———ま、俺は例外だがな。
「九発目!十発目ぇ!!!」
大人しく拳を受けてやる。流石に殴られた箇所の皮膚程度は撓むが、それ以上のことはない。首や体が動く事もなければ、ダメージを受ける事もない。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
思う存分、俺を殴ったのか肩で息をする二条を眺める。こいつの殴り方は無駄が多すぎる。魔法の資質はずば抜けていると言うのに、対人戦闘経験がほぼないのだろう。
————朝礼を告げるチャイム。
「———今日は特に念入りに教育してやらぁ! 放課後、校舎裏だ!」
掴み上げた制服を力任せに振るって、壁に叩きつけようとするが、そんな事で俺は動かない。思い通りに俺を動かすことができず、二条は吐き捨てるように言って、教室を出て行った。
今日は朝礼をサボるのだろう。十大家系は魔法高校設立に大きく寄与していると言われている。そのため、二条家出身のやつは、校内でもある程度の自由が認められている。
本当に魔法高校は教育機関として、どうかと思う。
気がつくと、担任も教室にいた。俺が殴られていると言うのに、止めようともせず、何食わぬ顔で朝礼を始める。
「はぁ……。早く転校したい」
引き続き無能を晒し続ければ、いつかこの学校から転校できるはず。国は魔力を持った子供や異世界帰還者を管理下に置くため、この学校を設立した。が、魔力を持っていても、一切使えないのであれば、管理する必要もなくなる。
心の底から気乗りしないが、力で脅せば退学できるかと思ったが、その程度で逃がしてくれるほどこの国は甘くない。
自分の力を制御できないやつは、強制的に排除される可能性もある。今は大人しく無能を装って、この学校から消えるのが一番だ。
もう、力を使わないと決めたのだから。
「————」
担任のどうでもいい連絡事項が続く。この学校に興味がないのだから、真剣に話を聞けと言うのも無理な話だ。
いつも通り、窓から東京の街を眺める。
この学校の異能者たちは、基本的にセンスで力を行使するものが殆どだ。そのため、魔法の体系や仕組み、さまざまな種族のあり方を知らなさすぎる。だからこそ、ここの授業は必要なのだろう。
俺は異世界で生き残るために、全部頭の中に叩き込んである。むしろ遺伝子レベルまで書き込まれているとすら言える。魔力が扱えない俺は、そうするしか生き残る方法はなかったからだ。
初めは復習だと持って聞いていたが、もう力を使わないと決めた俺にとっては無用の長物だ。大人しく一般大学への受験勉強をしているほうが有意義だと言える。
———歓声。
ぼーっとしていると、突然、クラス中で響めきが起きた。
「うるさいぞ、お前たち! それじゃ自己紹介を」
「皆さん初めまして。一ノ瀬 有朱と申します。気軽にアリスと呼んでください」
———ひっくり返る。
文字通り、椅子から転げ落ちた。二条の拳ですら、微動だにしなかった俺が、突然現れた転校生の姿を見て、この有様だ。
「ち、無能者が。アリス様、あいつには———」
担任の言葉を最後まで聞かずに、奴はこちらへと歩いてくる。
輝くような白銀の髪。何もかもが完璧な配置と大きさの相貌。凛としたその姿にクラス中の視線が集まる。
そして彼女は、転げ落ちた俺の目の前で立ち止まり。
「これからよろしくね。旅人!」
満面の笑みを浮かべて、俺に抱きついた。
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「ねぇ、旅人。次はあっちに行ってみましょう!」
無邪気な姿。見るもの全てが初めての様子で、はしゃぐ彼女。そんな彼女に手を引かれて、俺は校舎内を案内していた。
「これが食堂というやつなのね! 私、いつも食事は一人きりだったから、こんなに人がいっぱいの場所で食べるのは初めて!」
「………」
いるだけで目立つとは彼女のことを言うのだろう。美しい髪、整った顔、無邪気で人を幸せにするような雰囲気。
昼休み。誰も彼もが友達と話したり、趣味に没頭する時間、というのに、この女が歩くだけで、皆が顔を上げ、一度は彼女を見てしまう。
「ねぇねぇ、旅人。どうやって食事を受け取るのかしら? みんなチケットのようなものを持っているわ。もしかして、どこかでアレを買う必要があるのかしら?」
そこまで分かっているのなら、もう一人で買ってくれ……。と言いたいところだが、アリスの有無を言わせない態度に、ここまで付いてきてしまった。
「あれは食券って言うんだ。ほら、そこの機械で買うんだ」
販売機を指さすと、アリスは目を輝かせて、小走りで駆け寄る。
「すごい! これが自動販売機ってやつなのね! 私、いつか買ってみたかったの!」
一般的な自動販売機とは異なるが、食券機も講義の意味では、それに類するのだろう。
「どうやって買うの?」
「ほら、値段が書いてあるだろ? 欲しいものを選んでここにお金を入れるんだ」
先ほどから頓珍漢なことを連呼しているアリスに、説明してやる。色々と聞きたいことはあるが、まずはこいつの興奮を収めないことには話が進まない。
「お金ってこういう所で使うのね。私、これがいいわ」
『5000円|チャレンジ食券!』と書いてあるボタンを指さす彼女。食券機横のポスターに『チャレンジ食券は30分以内に食べ切れば、全額返金』と記載されている。
大食漢でも食べ切れないと言われている恐怖のメニュー。学校設立以来、時間制限内に食べ切れたものは歴代でただ一人と言われている。というか、そもそも学生相手にこんなものを売っているこの食堂は何かがおかしい。
「………どうしてそれなんだ?」
「だって、一番大きな数字が書いてあるもの! きっと一番美味しいはずよ!」
一度、こいつには常識を教える必要がありそうだ。
気がつくと、俺たちの後ろに何名か並んでいることに気がついた。モタモタしていると他の学生に迷惑がかかるので、適当に2枚食券を選んで、購入する。
「ぶぅー。私、あれが良かったのにぃ」
厨房に並びながら、文句を垂れるアリス。あんな物買っても食べ切れるわけがないし、そもそも5000円なんて持ち合わせていない。
「ブーブー言うな。お前、スパゲティ好きだろ?」
「うん! 大好き!」
「—————っ」
俺は何を言っているんだ。こいつはイリスじゃない。確かにイリスの好物はスパゲッティだったが………。ただの別人で顔が似ているだけ。確かに振る舞いや言動も似ている部分もある。だけど、魔王は俺が————。
「旅人ったら、また怖い顔してる。ほら、笑って!」
アリスが俺の頬を引っ張り、無理矢理笑わせようとしてくる。これはまるで———。
『旅人はいつも深刻な顔をするね。私といる時くらいは、笑って!』
かつての記憶が呼び戻される。
あいつと同じ顔。あいつと同じ仕草。
「お前はいったい————」
「わぁ! 美味しそう! 早く食べましょう、旅人!」
俺の気持ちも知らないで、アリスは無邪気に笑って俺の手を引く。彼女の姿を見て、うだうだ考えている自分がバカらしくなってきた。
「深刻な顔、か………」
いつもイリスに注意されていたこと。
「そう……だよな。今くらいは」
彼女に注意されたことを思い出して、とにかく今は昼飯を楽しむことにした。
第三話にてようやくヒロイン登場です。
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