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第2話:無能者

 教室に入ると、すでに朝礼は始まっていた。教室中の視線がこちらへと集まる。


「……おはようございまーす」


 下手に注目されることが嫌いな俺にとって、最悪の登校だ。今朝の加納との会話をもっと早めに切り上げるべきだったと後悔する。


「ちっ———早く座れ無能者が」


 担任教師による舌打ち。いつものことだ。


 この担任に何かした覚えはないが、転校当初から目の敵にされている。魔法が使えないというのに、皆の手本に指定されたり、実技演習ではサンドバックにされることもしばしば。


 普通なら血祭りに上げるか、ぶっ殺してやるんだが………。ダメージは無いから、無視することにしている。あの程度で痛みを感じていたら、彼女に怒られる。加えて、下手に抵抗して面倒なことになる可能性も避けたかった。


 クラス中からクスクスと嗤い声が起きる。これも、いつものことだ。


 この学校は異世界帰還者や異能力者しかいない。誰も彼もが特殊な環境や経験で生きて来た人間ばかりだ。そのため、力こそが全てとされ、弱いものは淘汰される学校環境となっている。


 教育機関としてはいかがなものかと思うが、これも仕方のない事と諦めた。


 様々なバックグラウンドがある異能力者達を管理するには、力で序列を付けさせるのが最も効率的だろう。


 『魔法が使えない』とされている俺は、彼らにとっては最弱。ただの一般人と何ら変わりない。無能の代名詞がこの俺ってわけだ。


 それで付いたあだ名が『無能者』。言い得て妙かもしれない。確かに俺は魔法が使えない無能であるし、クラスメイト達のように、手からビームを出したり、焔の剣を振るったりもできない。


 できることは————ただ一つだけだ。


「ふぅ……」


 自席について息を吐く。騒々しい朝だった。


 この学校で唯一、嬉しいことは俺の席が窓際であることだ。それも俺の教室は校舎の最上階に位置しており、そこから見える東京の街並みが何ともいえないほど心地いい。


 外を眺めていると、朝礼が終わったようだ。そして学校が授業へとシフトしていく。


-----------------------


 今日も今日とて、級友たちと担任からの嫌がらせを掻い潜り、帰路に着く。体へのダメージは一切無いが、やはり周りから嫌がらせを受けるというのは、心に来るものがある。


 毎日のこの下校時間を楽しみに学校生活を送っていることは言うまでもない。


 僅かに傾いた太陽の元、自宅への道を進む。自宅は魔法学校から徒歩30分の距離にあり、十分に徒歩通学が可能な立地だ。初めは自転車通学を検討したのだが、思いの外、この徒歩通学を気に入っている。


 発展した東京の街並みを眺めながら、平和な日常の何でもない時間の中を過ごす。この時間が俺は堪らなく好きだ。


 面倒臭い大人も、鬱陶しい同級生も、陰湿な担任も、————(うるさ)い魔王もいない。


 俺だけの時間。俺だけの空気。誰にも邪魔されず、誰からも干渉されない、この30分を俺は愛している。


「………しかし、いつになったらあの学校辞められるのかね」


 今朝の加納の言葉を思い出す。


 『カマトトぶっても、お前さんは魔法高校を辞める事はできねーよ。さっさと尻尾見せるんだな』


 俺は早く、魔法高校を辞めたい。


 魔王(かのじょ)を殺したあの時、もう力は使わないと決めた。


 神から奪った権能。何もなかった俺が手に入れた唯一の力。この力によって生き残り、異世界に平穏をもたらすことができた。しかし、俺はこの力を憎んでいる。この力がなければ、魔王(かのじょ)を殺すこともなかった。この力がなければ———。


 いや、それは嘘だ。この力がなければ魔王(かのじょ)を殺すことはできなかった。すなわち、あの世界の人々に平穏をもたらすことはできなかったことを意味する。


 だから、だから、だから———。


 この力を恨むことも、この結果を悔いることもできないし、お門違いなことは理解している。


 だから、俺はもう力を使わないことに決めた。


 自分の力を証明するためや、誰かの声に応えるために、何かを傷つけることが嫌になった。もう、何も傷つけたくなかった。もう、何も殺したくなかった。


「だめだ。また嫌な思考に陥ってる」


 自分を気付けるように、つぶやく。魔王(かのじょ)を殺してから、何度も陥った思考。何度も何度も自己嫌悪、後悔の念に包まれる。そんな事をしても、魔王(かのじょ)は戻ってこないことは知っている。


「さっさとこの高校(せかい)から離れないとな……。普通科に転校して、友達作って、のんびり過ごすのが一番だ」


 壊滅的にひどい現在の学校生活を脱して、一般高校生として過ごすことを夢見て、はや一年。一体、いつになったら俺は転校できるのか。


「今日は駅前に買い物でもいくか………」


 そういえば、冷蔵庫の中が空っぽだった事を思い出した。自炊は全くしない俺ではあるが、流石に牛乳くらいは買い足しておこう。もしくは駅前で食べて帰ってもいいかもしれない。


 幸いなことに実家から十分な仕送りはある。


「ま、これも手切金ってことだろうな。大学に行く気もないし、就職してさっさとあの家とも縁を切ろう」


 俺の実家は歴史の長い家系で、俺という不良債権をさっさと手放したいらしい。産んだ者の義務として、高校まで面倒を見るが、それ以降は自分で自分の面倒を見ろとのことだ。


 実家にいる妹が気にかからない事もないが、あれはあれでしっかりしている。むしろ心配されているのは、俺の方だろう。


 そんな事を考えながら、いつもの通学路を外れて駅前へ歩みを進める。


 住んでいる地域は山手線に属する駅から、一本別の路線に乗り換えた場所にあり、割と交通の弁はいい。加えて、その路線の中でも割と大きめの駅であるため、駅前には十分な商業施設がある。欲しいものや、食べ物に困った際はここに来れば、基本的にはなんでも揃ってしまう。


「相変わらず、すごい人だな……」


 時刻は17時過ぎ。帰宅する学生やサラリーマンがごった返している。中にはうちの制服を着た者もいるため、俺一人ここを歩いていても何ら違和感はないだろう。


 行きつけのスーパーに入り、牛乳・炭酸飲料・ポテチ・インスタントラーメンを購入する。何だか今日はスナック菓子を食べたい気分だった。家に帰って映画を見てもいいかもしれない。


 有料の袋代を支払い、レジ袋を片手にスーパーを出る。


 先ほどよりも太陽が傾き、夕日と言える光度へと変化していた。淡いオレンジ色が駅前の広場を照らし、何ともいえない平凡な日常を感じさせる。


「晩飯は何に—————っ」


 突如。全身が総毛立つ。


 明らかな異物。平凡な風景に混じってはイケナイ、強烈な違和感。


「なん、だ———これ」


 久々の感覚に、思考が混乱する。無理もない。この感覚は異世界で嫌と言うほど、感じ取り、この世界に戻ってきてからは初めての感覚。


 ———魔族。


 人間の天敵であり、神が定めた仇敵。互いが互いの存在を否定し合い、お互いの命を散らし合う。認め合うことはなく、受け入れ合うことはなく、どこまでも平行線な生物。


 魔族が存在していないこの世界で、その存在を感じ取れるのは俺だけなのだろう。


 目の前を何気ない様子で通り過ぎる人々。彼らの日常はいつも通り運営される。一方で、俺だけ、この世界での日常は、今、この瞬間崩れ去った。


 数十、数百という通行人の波の向こう、その向こうに魔王(かのじょ)はいた。


「い、りす————?」


 輝くような長髪。超越的に整った美貌。抜群のスタイル。そして、見つめるだけで引き込まれるような灼眼。


 魔王———イリス・フォン・アイデンベール。俺が異世界で殺したはずの彼女と瓜二つの女性が、人並みの向こうに歩いていた。


「————」


 気がつくと、駆け出していた。無軌道に流れる人流を、何の障害ともせずに躱して行く。直近5mの人の動きが手に取るように分かり、次の行動を(つぶさ)に予測し、最善の一歩を決める。


 ————見失うな!


 止まっていた俺の1年間が動き出したかのような感覚。


 他人の空似でもいい。気のせいでもいい。もう一度、一眼だけでも魔王(イリス)に会いたい。あの時の後悔を、あの時の行動を————。そしてもう一度、自分の想いを伝えたい。


「はぁ————っ!」


 久しく使っていなかった筋肉が駆動する。両眼が彼女を補足し、最善手を打ち続ける。しかし————、たった一年だが、されど一年。存分に鈍ってしまっている俺の体は、思考通りに動いてはくれない。


 何とも歯痒い気持ちを押し殺し、魔王(かのじょ)を追いかける。


 イリスは俺に気がついているのか、気がついていないのか、全く思考を予測させない足取りで、徐々に駅前から離れていく。


「はぁ……はぁ……。あいつ、どこまで行く気なんだ!」


 追跡を始めて15分ほど。いつの間にか駅前を抜けて、住宅街へと入った。俺は全力で駆けていると言うのに、一向に距離が縮まらない。彼女がどこに向かっているのかすら解明できない。


 曲がり角に差し掛かるたびに、彼女の後ろ姿が都合よく視界に捉えられる。


「————くそっ!」


 いつの間にか、通学バッグとレジ袋は無くなっていた。学ランの前ボタンを外し、全力で駆ける。異世界にいた頃と比べると半分程度の速度、しかし原付バイク程度の速度は出ている。


 ———が、一行距離は縮まらない。


 そして、角を曲がると、見知らぬ路地裏に出た。


「はぁ……はぁ……アイツはっ!?」


 行き止まり。絶え絶えな息を整えるまでもなく、顔をあげる。目の前は巨大なビルの背中。左右も無機質なコンクリートの壁。


「い、ない……いや、でも————」


 イリスは間違いなく、手前の角を曲がった。一瞬、ビルの屋上を超えたのかと思ったが、一瞬で超えられる高さのビルではない。この場にいなければおかしい。


(まぼろし)……だった、のか?」


 通学路に陥ったいつもの思考。それが見せた魔王(かのじょ)の幻覚。我ながら、めでたい頭をしている。


「そうか……そうだよな。魔王(あいつ)は死んだんだ。———俺がこの手で殺したんだ。生きているわけが———」


 そこまで言って、自分の浅はかさに気がついた。イリスの存在は幻覚だったのかもしれない。しかし、駅前で感じた魔族の感覚は『本物』だ。


「———っ。いったい、何なんだよ!」


 背後からの凶刃を間一髪のところで回避する。剣圧が後ろ髪を撫でる。


「へぇ………これ、躱すんだ」


 音もなく、気配もなく、何の前触れもなく、魔王(かのじょ)はそこにいた。路地への唯一の光源を背後に、笑みを浮かべる。


「————イリスっ」


 やっぱり、やっぱりイリスだった。込み上げてくる感情、伝えたい言葉。今すぐ彼女に近づいて抱きしめたい。


 ———だが、それ以上に異世界での経験が警鐘を鳴らす。


 目の前の女は———偽物だ。

 目の前の女は———魔族だ。

 目の前の女は———魔王(かのじょ)じゃない。


「いや、お前、イリスじゃないな……? ———何者だ」


 俺の知っているイリスと瓜二つの顔、背丈、スタイル。しかし、イリスの髪は何処にいてもすぐに見つけられるような紅色。


 一方で、目の前の女は———輝くような銀髪。太陽も沈み夜となった路地の唯一の光源とすら思えるほどの、神々しい銀髪。


「それが、私の、前の名前?」


 イリスに似たナニカは、彼女にそっくりな笑みを浮かべる。


「私は、アリス。————殺し返しに来たわよ。暗殺者さん?」

二話目です

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