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第14話:屋敷

 重々しく開いた扉を抜けて屋敷に踏み入る。


 屋敷のエントランスは想像よりも広い。眼前には二階まで伸びる巨大な階段。左右にも廊下があり、屋敷の奥まで広がっている。庭の広さにも驚嘆したが、屋敷の内部構造も複雑のようだ。


 灯りはなく、窓から差し込む月明かりが唯一の光源となり、内部を照らし出す。床には埃を被った、高そうな真っ赤な絨毯が敷かれている。


「誰もいないね………」


「気を抜くなよ。外はアレだったんだ。内部には誰もいませんとはいかないだろ」


 アリスと共に一歩一歩歩みを進める。


 俺たちが歩くだけで絨毯から埃が舞う。本当に長い年月を放置されていたことが理解できる。


「一体ここは何なんだ………? 外の半魔の数といい、明らかに異常だ」


「恐らくここで半魔を生み出していたのでしょうね。どうやって人間を調達したのかは分からないけれど、何らかの方法で人間を確保して、魔石を埋め込んだ」


「………初めの動きはそう言うことか」


「どういうこと?」


「俺たちがこの敷地に入った時、半魔たちは俺たちを殺そうとせず捕らえようとしただろ? あれは迷い込んだ人間を捕まえて、次の半魔の素体にするつもりだったんだよ」


「なるほどね………奴らも最後は魔法を行使した。ってことは————」


「捕縛ではなく殺害。どうやらここの主は俺たちを半魔にする気はないってことだ」


「捕まえて暴れるくらいなら殺すってことかしら?」


「さぁな。それはアイツらに聞くのがいいんじゃないか」


 二階へと伸びる大きな階段。その階段の中腹。踊り場、1.5階、と言えばいいのだろうか。そこに二つの人影が現れた。しかしその姿、表情には影が差し正体を窺い知ることはできない。


「あれは………」


 月光が差し込み、闇の中から奴らの姿が浮き彫りとなっていく。


 青白い皮膚。闇の中でも鈍く光る朱色の瞳。縦長い瞳孔が人間のそれとは大きく異なる。背中には翼を携え、獰猛な爪が攻撃性を感じさせる。


「———魔族」


 異世界の住人。この世ならざる存在。人間と相対する存在であり、根源的な天敵。姿形は似ていても、そのあり方、生物としての性能は大きく異なる人外のモノ。


「————」


 無言で小刀を構える。


 アリスに渡されたこの小刀は思いの外使いやすく、好んで使っている。異世界出使用していたものと比べ、僅かに小ぶりだが、俺の雑な運用にも耐える程度の強度を評価している。


 臨戦体制を整えた俺を彼女は手で制す。瞬間、アリスの雰囲気が激変した。


「———なっ」


 コインで言えば表から裏へ。色で言えば白から黒へ。それほどに劇的な変化。ナイフのように鋭く研ぎ澄まされた魔力が皮膚を刺激する。


 彼女(アリス)であると知らなければ、彼女であると気が付かないほど。いや、もはや人間であるか疑わしい。人間というよりは半魔。半魔というよりは魔族。むしろ俺にとっては眼前の魔族よりも、彼女(アリス)の方が魔族として認知してしまう。


『答えよ変異(まざ)りモノ共————』


 彼女の朱い瞳が輝く。


 発せられる強烈なプレッシャーと魔力。一体アリスに何があったのか、見当もつかないが、俺はこのプレッシャーを知っている。異世界で何度も感じたこの圧力を。


 俺ですら冷や汗を掻くほどの重圧に、眼前の魔族達は微動だにしない。焦りも動揺もなく、ただそこから俺たちを見下ろし続ける。


「—————」


 沈黙が続く。漂う埃と差し込む月光だけが時間の経過を感じさせる。アリスも魔族達も一言も発せず互いに睨み合う。


 俺の知らないところで何かあったのか。それとも何もなかったのか。とにかく、アリスは自身の中に眠っている強大な魔力を起動させる。


「ちっ………何が何だか分かんねぇが————()るってんだな!」


 俺の言葉にアリスが頷き肯定を返す。そうなれば、俺のやることは決まっている。


 声も、音も、感情すらも殺して地面を強く蹴り上げる。


 二歩目に衝撃はない。これでも異世界では暗殺者として慣らしていた身だ。気配を感じさせない歩法程度は身につけている。静かに絨毯に足跡だけが残っていく。


 右手に握られた小刀が月明かりに煌めく。


「————っ!」


 階段下から魔族へと刃を振るう。足元は階段という不安定な位置だが、十分に命を断ち切れる速度と威力を誇った一撃。空気を切り裂く音だけが鼓膜に響く。


 小刀が一匹の魔族の喉元に届く。しかし、その瞬間まで、奴らは一歩も動かず、一言も発しない。


 小刀が皮膚に埋まっていくその一瞬、魔族と目があったような気がした。


 次の瞬間、魔族の首が宙を舞った。


 スパンと竹を割ったように滑らかな断面図。胴に残った首の一部から骨と筋肉が垣間見える。そしてその上にあったはずの(もの)は、小刀によって切り飛ばされた衝撃によって、クルクルと小気味良く回転しながら、一階へと落ちていく。


「————シッ」


 切り飛ばした勢いを利用し、中空で反転。自重を利用してもう一体を首元から腰まで斬り落とす。そして心臓をひと突き。


「————」


 魔族は何も発さない。しかし身体反応は正常に作動する。コポっと体内から逆流した血液が魔族の口から零れ落ちる。


 心臓から小刀を引き抜き、勢いのまま後方へ跳躍する。一階のアリスの元へと着地し、切り捨てた対象達を視認した。


「………私の出番………」


 全身から迸らせる魔力を持て余した様子のアリス。先程のまでの雰囲気とは打って変わりいつも通りの彼女に安堵する。


 しかし、それ以上に、切りつけた魔族達の違和感が残る。


「何だこれ————。手応えが無さすぎる」


 右手の小刀に視線を落とす。確かにこの武器は切れ味はいいが、今の手応えはそれを加味しても違和感しかない。


 やたらとキレやすい首。反応のない魔族。


 思考を巡らそうとしてその時————。本能が働いた。


「————っ! アリス! 今すぐ防御結界を張れ!!!」


 突然の俺の言葉に驚くアリスだが、俺を一つも疑うこと無く、持て余した魔力を使用し、防御魔法を展開する。


 アリスによって展開された半透明の膜が俺たちを覆った瞬間————。


 魔族が、爆ぜた。


 おおよそ生身では耐えようの無い強大な爆発。半透明の結界の向こうを膨大な熱と風が暴れ狂い、押し寄せる。


「な、なんなのっ!?」


「今は結界の維持にだけ集中しろ! もう一発来るぞ!!!」


「—————っ!」


 二爆目。先ほど以上の爆発が結界を襲う。鼓膜がおかしくなってしまう爆発音と、結界を超えて感じるほどの熱量。原理は理解できないが、一度の爆発だけでなく、何発もの爆発音が鼓膜を揺さぶる。


 視界が白と赤に染まっていく。膨大な炎と強烈な光。吹き飛んでくる屋敷の破片が結界に衝突し、内部まで衝撃が及ぶ。


「ぐっ————。わ、私、防御魔法得意じゃない、のに!」


 アリスはそう言うが、これだけの爆発に彼女の結界は耐えている。多少の熱や衝撃は感じるが、これほどの爆発なら十分な成果と言える。


 (あらかじ)め魔力を準備していたことが功を奏した。気を抜いた状態でこの爆発を受けていたら、俺たちも一溜まりもなかっただろう。


 次第に衝撃は弱まってきた。爆発による光量も収まり、徐々に視界が晴れていく。


「終わったのかしら………」


「みたいだな……。もう結界解いて大丈夫だぞ」


 ホッと彼女は息を吐くと結界を解く。


「なに、この匂い………火薬?」


 俺たちを外界から守護していた壁がなくなった瞬間に、白い(もや)と共に異様な臭いが鼻腔を刺激する。知っているようで知らない臭い。


「———血だ。さっきの爆発で蒸発した血がこの辺りに漂ってるんだろ」


 加えて魔力を大量に持った魔族の血だ。蒸発したとは言え、多分な魔力が含まれる。一般人が吸えば数秒で卒倒するレベルと言えばイメージが付くだろうか。


 ———そう言えば。


「アリス、お前大丈夫なのか?」


「へ? 何が?」


 キョトンとした表情を浮かべる相棒に、心配した俺が馬鹿だったと思い知る。


「何でもねーよ。元気そうで何よりだ」


「ブゥー。何よ、それ! 私のこともっと心配してもいいんだからね!」


 どう言う文句だよそれ……。と突っ込みたいところだが、そう上手くいかない。


 次第に爆発によって生まれた(もや)が晴れていく。


「おいおい………冗談だろ………なんで、そこにいるんだよ……っ!」


 白い(もや)の向こう。見知った二人の魔族が立っている。先ほど俺が切りつけ、爆発したあの二人の魔族は、何もなかったかのようにそこにいる。


 傷も、爆発による破損も、何もかも無かったことになっている。


「旅人………さっきあの二人爆発したよね?」


「それに俺が切った傷も無くなってる。再生した………いやそれだと屋敷にも説明がつかない」


 魔族二人が健在なことに驚き見落としていたが、爆発によって破壊された屋敷も何故か元通(もとどお)りになっている。


「————血がない」


 俺に切られた魔族による血痕。あの時、確実に奴の血は足元の絨毯に落ちていたはずだ。しかし、爆発による破損だけでなく、血痕すらも無くなっている。


「アリス! お前、魔力は戻っているか?」


 俺の言葉を待っていたかのように、アリスは首を横に振るう。


「うんうん………。まだ余裕はあるけど、さっきの結界で使った分はごっそり無くなっているわ」


「屋敷………いや、俺たちだけ時間が進んでいるのか?」


「落ちたモノだな—————『最上の』」


 重たく響く声が聞こえた。


 ————コツン—————コツン。声の主は階段を降りる。まるで奴だけが時間が進んでいるかのように。男は何も発せず階段を下っていく。


 先ほどと同じように月光が差し込む。


 しかしその照らし出す先は変異(まざ)りモノではない。真の、純血種の魔族を照らし出す。


 その魔族はまるで演劇の舞台のように、一歩一歩ゆっくりと歩を進める。燻んだ金髪。瞳を隠すように伸びた前髪。その向こうにある瞳は閉じられている。しかし、まるで外界の全ての情報を把握しているように、自然に歩いている。


「………それはこっちのセリフだ。魔王軍最強の騎士様が、人間を魔族にして暗躍か? 格が下がったな」


 一瞬、見知った男の出現に情報が処理しきれないが、すぐ様に考えることを放棄し、目の前の状況をただ受けれることを考える。


「何を言う。貴様に奪われた全てを取り戻すための、必要な犠牲だ」


 奴は盲目。視線が合うことはない。しかし、奴は俺を見ていた(・・・・)。視線はないが、それ以上に奴の体の動きや魔力が物語っている。


「必要な犠牲だと………っ? お前、それをイリスに言えんのかよ」


 異世界での、俺の、俺たちがやったこと全て否定するその言葉に、少なからず苛立ちを覚える。


「もちろんだ。私は魔王軍の再興のため、この場にいるのだ。————それを回収しにな」


 盲目の騎士は一階へと降り立った。そして奴の視線(・・)は俺の隣、アリスへと向けられる。


 そして、男は膝を着き(こうべ)を垂れた。


「お迎えに上がりました、陛下。このヴィエルジュ・アインザムが、その忌まわしき鎖から御身を救い出してみせます」

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