第12話:帰宅
「————5人目!」
半魔の捜査を開始して、すでに3日が経った。
アリスに渡された小刀を振るう。展開されていた魔法陣が霧散すると同時に、五人目の半魔も魔力へと帰る。
「さっすがね、旅人。あっと言う間に戦闘感を取り戻してるじゃない」
「うるさい———。お前もさっさと魔法で援護しろ!」
背後から振われた巨腕をギリギリのところで回避する。頭上の通り過ぎた風圧から、直撃すれば自分の命がないことを本能的に理解する。
息も絶え絶えな俺の言葉に、アリスは間延びした返事をする。次の瞬間、呑気な態度とは正反対の巨大な魔力が迸る。
「ちょ、おま————!?」
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「俺のことを殺す気か!!」
「だ、だってぇ……。一人ずつ、ちまちま倒すのって手間でしょ?だから、一気にヤっちゃおうかなぁって」
「俺のことはまだいい。あれくらいなら躱してやる」
「た、旅人ぉ〜〜!」
「お黙り! ここは公園だからよかったものの。見てみろこれを!」
ピシャッとアリスの言葉を遮って、公園に開いた巨大なクレーターを指さす。街を代表する自然公園の広場が見るも無惨な光景になってしまった。
次の日に遊びに来た子供たちの絶望した顔が目に浮かぶ。きっとお気に入りの遊具の一つはあったはずだ。
「仕方ないじゃない! 魔力の調整がうまくできないんだもん! 旅人が援護しろって言ったんだからね!」
「まぁ…………確かにそうだな………」
言われてみれば俺に非が無いわけでもない。
アリスはその身に秘めた膨大な魔力を扱いきれていない。
一般的な魔法士の十数倍、半魔の十倍はあろう巨大な魔力。本来はダムのように必要時に合わせて使用する分量を調節できれば理想なのだが、彼女の場合はもっとピーキーだ。
0か100。おそらくこの程度しか出力を調整できない。先程の強大な魔力も彼女なりに絞ってせいぜい70%というところだろう。
「それに、このくらいの損傷だったら管理局が1日程度で直してくれるわよ。何もできない無能集団なんだから、これくらいはして貰わないと困るわ」
「前から気になっていたんだけど、お前ってえらく『異能管理局』を敵視するよな」
「当然よ! あいつらには昔から煮湯を飲まされてきたわ! 何をするにしても、ちくちく文句を言ってくるし。そのくせ弱っちいし。文句があるなら私くらい強くなってから言ってほしいわ!」
「いや………全力のお前と同等になれって相当難しいぞ………」
「だから言ってるのよ! それにアイツらは、国に被害を及ぼす異能に対してはとんでもない程の執念を持っているんだから!」
それは俺も聞いたことがある。
自分の能力を使いこなせない、もしくは悪用しようとする異能者が現れた時が『異能管理局』の本当の出番だと。
「特に『剪定者』は化け物じみた執念なんだから。一度目をつけられたら、身柄と異能を封印/消去するまで永遠に追いかけてくるわ」
「『剪定者』って確か、管理局の戦闘員だっけ?」
「うーん、半分正解かな。そもそも管理局の奴らは全員が戦闘員よ。その中でも特に戦闘に特化した局員が『剪定者』と呼ばれるわ。中には『魔女』を単騎で討伐するような化け物だっているんだから」
「『魔女』を、単騎で………」
四条に魔女と呼ばれたアリス。しかし、俺の見立てではアリスは『魔女』と呼べるほどの力は有していない。おそらく十大家系の中で畏怖の念を込めて、そう呼ばれていただけだろう。
「ってことは、アリスも負ける可能性があるってことか」
「そうね………。周囲の被害を気にせず魔力を使っても厳しいと思うわ。とは言っても『剪定者』もピンキリだから。大半の『剪定者』には勝てちゃうんだから!」
何故か強がるアリスを横目に思案に耽る。
『剪定者』————。
異能社会の異物を『剪定』するという意味を込めてそう呼ばれる。異能が浸透したこの社会の秩序を保ち、風通し良くする者たち。
中には『魔女』を倒すほどの実力者がいることは、心に留めておく必要がある。
「『剪定者』の大半がこの世界古来の異能の家系か、異世界帰還者だと言われているわ。それぞれがかなり特殊な能力を持っているの」
この世界古来の異能の家系か、異世界帰還者で特殊な能力————。お生憎様、全部当てはまってしまっている。
「さすがに旅人ほど、特殊な能力って言うのは無いでしょうけど………。本気の貴方でも危うい可能性もあるわ。ま、管理局が敵対するような事はしてない訳だし、『剪定者』と戦う事はないはずよ」
「確かにそうだよな。半魔を倒して治安維持に一躍買っているわけだし」
「そうよ! 褒められこそすれ、責められる道理はないんだから!」
「でも、どうして半魔の調査を管理局に任せないんだ? 普通に考えて管理局に任せた方がいいと思うんだが」
「嫌よ! どうして私たち一ノ瀬がアイツらに借りを作らないといけないの!」
凄まじい形相で俺の提案を拒否するアリス。これだけ管理局を嫌うなんて、何かあったのだろう。
「それにこの件は私たちの世界の魔族が関わっているわ。奴らの生態を一番把握しているのは私たちでしょ?」
「そりゃそうだな。数多の異世界があると言っても、魔族の存在が統一されているわけでもない」
無数に存在する異世界。もちろん、その世界の一つ一つに人間以外の種族も存在する。有名どころでいうと魔人、獣人、妖精、エルフと言ったところか。
それぞれの世界は外見は似ているが、種族としてのあり方やバックボーンは大きく異なる。だからこそ、侵入元の異世界ごとに対策を講じる必要がある。
「異世界の魔族だって、人間から派生したモノ、魔物から派生したモノ、自然発生したモノでいくつもあるもんな」
「だからこそ、魔族の特徴を理解している私たちが動いた方が確実に被害も少なくなるわ。管理局に相談しても行動を管理されるだけだから、こんな感じで秘密裏に動いているってわけ」
感情と理屈。どちらの意味でも管理局を頼る理由がないってことか。
アリスに協力すると決めたのだから、もちろん俺は彼女の決定に従うつもりだ。さすがに公的機関とコトを構えるのなら考える必要があるが、今回の場合は引き続き調査を進めても問題はないだろう。
「さぁて、今日の半魔は十分に倒せたわ。家に帰りましょうか。疲れたしあの狭いお風呂にゆっくり浸かりたいわ」
アリスはグーっと両腕を伸ばす。連日の活動でかなり疲労が溜まっているようだ。
「狭くて悪かったな。あれでも一般的な一人暮らしの部屋にしては広い方だぞ?」
物件探しの時に水回りは特に拘ったからな。独立洗面台で、風呂には自動湯沸かし器がついているのが、こだわりポイントだ。
「へぇ、そうなんだ。あのお風呂も好きよ? 全部近くにあって便利だもの!」
確かに大浴場になると、浴槽から上がって移動するのが面倒臭いってのは理解できる話だ。それに彼女ほどに効率を重視するタイプなら、むしろ狭い方が性に合っているのかもしれない。
「むしろ俺は大浴場とか好きだから、銭湯とか良く行くなぁ。うちの近くにいい風呂屋があるんだよ」
「………せんとう? それはお金を払ってお風呂に入るってこと?」
「え゛っ!? お前、銭湯知らないの? そっか、そうだよな………。さすがに一ノ瀬の人間なら知らないってのも無理ないよな」
入り口から男女別れているあの佇まい。壁に描かれた富士山。入り口横に綺麗に積まれた黄色いケロリンの桶。それに加えてワンコインあれば楽しめるってのもスーパー銭湯と違う点だ。
「今日は銭湯に行ってみるか? あそこなら番頭さんも女性だし、お前も気兼ねなく使えるだろ」
「ばんとう……さん? なんだか分からないけど、面白そう! 行きましょう旅人!」
嬉しそうに飛び跳ねるアリスを見て、僅かに頬が緩む。
「そう焦るなって。今日は誰かさんのお陰で早めに終わったコトだし、焦らず行こう」
「ブゥーー。またそうやって意地悪言うんだから! 旅人なんて知らないもん! 私1人でせんとうに行くんだから!」
「あはは! 1人で、ってお前場所知らないだろ? ごめんごめん。ちゃんと案内するからさ」
俺がそう言うと、アリスはキョトンとした目で俺を見つめる。
「な、なんだよ………」
「旅人ってそんな風に笑うんだね」
「あっ—————」
言われてみればそうだ。こんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。無意識のうちに自分の頬に触れていた。
「絶対に笑っている旅人の方が素敵だよ! 私はそっちの方が好き!」
花が咲いたような笑顔。気恥ずかしくなって慌てて視線を逸らす。
「もう。どうして顔を逸らすのよ。ほら行きましょう? ————エスコートしてくれないと許さないんだから」
「………しっかりエスコートさせて頂きますよ。お姫様」
俺の言葉に満足そうに頷くアリス。
先程のアリスの言葉で、いつの間にか彼女のペースに巻き込まれている自分に初めて気がついた。
異世界から帰ってきてから、初めて心の底から笑ったのかもしれない。そう思い夜を見上げる。
————あぁ、こういうのも悪くない。
久しく忘れていた自分の感情に僅かに笑みを溢して、アリスの後に続いた。
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「何をカッコつけているんですか、あの人は」
高層ビル屋上。夜間にその存在を示す航空障害灯が赤く点滅を繰り返す。この街一番の巨大建造物。そこからの街の風景は見知った物/者まで隠すコトなく全ての情報を与えてくれる。
見渡す限りの夜景に溶け込むように彼女はいた。
屋上の縁に立ち、眼科の自然公園に視線を落としている。その先には見たことのある男女ペアが仲睦まじ気に歩いている。
この距離でそれを視認できることから、彼女の超人的な身体能力を窺わせる。200mはあろうかビルの屋上には、常に叩きつけるような強風が吹く。しかし彼女の表情は涼しく、綺麗な黒髪も一歳揺れ動かない。
「これで三日目ですか………。まさかとは思っていましたが、本当に半魔狩りに力を貸しているとは……どこまでお人好しなんですか」
白銀の髪の女性に手を引かれる眼下の少年を見据える。
「ちっ………あんなに鼻の下伸ばして。私と会う時はいつも無反応なのに」
一瞬、周囲の気温が下がった。屋上に設置されたが室外機からこぼれ落ちていた水滴が瞬く間に凍りつく。
「………まぁ、一時的な関係でしょうから。これには目を瞑りましょう」
雪那が自分を納得させるように、そう呟くと周囲の気温も元に戻る。水滴はいつも通り一方通行に地面へと落ちていく。
「さて、真の問題はどうして一ノ瀬有朱が、半魔と戦っているのか、ですね。やはり局長の言う通り、一ノ瀬家が半魔の出現に関係していると読んで間違いなさそうですね」
この三日間ほど、彼女は調査を進めた。
半魔を追っている理由は一ノ瀬家が関係している事で納得できるが、その他の点で理解できない部分があった。
まず初めに彼女が感じた違和感は、『朝永旅人』と行動していること。
雪那は管理局の権利を使用し、『一ノ瀬有朱』の経歴を調べた。そこには一ノ瀬家の長女としての履歴はあったが、到底、『朝永旅人』と接点を持つ部分は見受けられなかった。
魔法学校に転校して来たことも不可解だった。
魔法学校に協力者を探しに来たのであれば、学校を代表するような実力者に接触するはず。しかし協力者は『無能者』である旅人。あまりにメリットが無さすぎる。
「先輩が無理言って協力してる……? いや、先輩がお人好しと言っても、何も知らない女性に協力するはずがない」
彼女のこの視点には三つの要素が欠けていた。
一つは、旅人とアリスは異世界で接点を持っていたこと。
一つは、旅人は彼女が想像する以上の実力を持っていること。
一つは、旅人の存在だけでアリスの行動は変わってしまうこと。
「先輩が危険なら助けに入る予定でしたが、思いのほか実家での訓練が体に染み付いているようですね」
幼い頃共に受けた訓練を思い出し、そっと笑みを浮かべる。
「これ以上、調査に介入されては現場も混乱しますが、あの2人のおかげでこちらの手が浮いているのも事実。もう少し泳がすのが手ですね。一ノ瀬有朱の腹の中が知れた時に、先輩を助け出せば良いわけですし」
また風が吹いた。
まるでその風に乗るかのように、彼女の姿は消えてしまった。
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